ヴーーー
昼食をとっているさなか、テーブルの上のスマホが震えた。一度もログインを欠かしたことがない、ソシャゲからの通知だ。
『緊急速報! 本日13時〜 Skip & Familyコラボ開催!!』
う、うそだろ……俺が今、一番大好きなアニメとのコラボじゃないか。しかも、事前告知なしのサプライズ開催ときてる。
普段の俺なら、間違いなく飛び跳ねて喜んでいたはずだ。だが、今日に限っては違う。
なぜなら俺は今、留年の危機に直面しているのだ。明日の追試を落とせば、留年は確実。土曜、日曜と時間は十分にあったのに、残すは日曜日の午後だけとなっていた。
にも関わらず……
「い、1ステージだけ……1ステージだけやったら終わるから」
そう自分に言い聞かせて始めたものの、気付けばスマホを握ったまま、ベッドで寝落ちしていた。
時刻は、午前4時。
詰んだ。完全に詰んだ。
勉強机の上には、すっかり冷めてしまった夕食が置いてある。試験勉強を頑張っているだろうと、母が部屋まで持ってきてくれたものだ。すまん、母さん……
コン、コン、コン。
こんな時間にノック……? 母さんだろうか……?
「——まだ起きてるよ、入って」
そう答えると、見ず知らずの年老いた男が入ってきた。
「だっ、誰だよ、お前!!」
「まっ、待て待て! 大声を出すな! 困ってるだろ? 留年するかもって、困ってるだろ!?」
その老人は、「シー」っと口に手を当てながらそう言った。
何故だ……何故、この老人は俺が留年の危機である事を知っているんだ。
実は母さんにも、今回の試験が追試だとは言っていない。
「お……落ち着いてくれたか……? 君の名前は、
俺は無言で頷く事しかできなかった。俺のスペックは何一つ間違っていない。
それにしても、どんな手を使ってこの部屋に入ってきたのだろうか。危害を与えてくる感じが無いのが、逆に不気味でもある。
「驚いて声も出ないみたいだな……あまり時間が無いから、さっさと話を進めるぞ。俺は君と取引をするためにやってきた。是非、続きも聞いてくれないだろうか」
「わ、分かった……でもその前に、おま……アンタは誰なんだ?」
「俺は……俺は君自身だよ、60年後の椎木弦だ」
俺は「えええっ!!」と声を上げて、ベッドの上で後ずさった。
ろ、60年後の俺……?
老人の足元から頭まで、スクロールして凝視する。
た、確かに、どことなく俺のような感じはする……身長も同じくらいだし、体つきもよく似ている。特に、切れ長で奥二重の目なんかはそっくりかもしれない……
「——って! こんな話、信じるわけ無いだろ!!」
「だから、大声を出すな! お前の留年を回避するため、わざわざ未来からやってきたんだ! 留年しないよう、お前に勉強する時間を与えてやる。その代わり、俺の要求にも応えてくれればいい」
「……よ……要求? 要求ってどんな……?」
「俺の要求は……俺と一緒に、過去に飛んで欲しいんだ。
その老人……いや、自称60年後の俺は、不敵な笑みを浮かべてそう言った。
***
「も、もう少し、その……アンタが俺だって言う証拠が欲しい」
「まあ、そう言うだろうと思って、いくつか用意はしてある。とりあえず、今好きな子は、同じクラスの
「わ、分かった!! 信じる、いや、信じます!!」
田伏の事を好きだっていうのは、誰にも言ったことが無い。クラスでも地味目な彼女を好きな奴は、クラスでも俺くらいだろう。
って言うか、プライベートモードのブックマークって、アダルトサイトのブックマークじゃないか……なんてところ突いて来やがる……
「あと、身体でいうとココな。5歳の時に転倒して、割れたガラスで切った場所だ」
60年後の俺は、右肘に出来た古傷を指さした。確かに、俺も同じ場所に同じ傷がある。
「分かった……とりあえずは信じる……その前に、何て呼んだらいい? アンタってのもちょっと違うし」
「安心しろ、それも考えてきた。俺はお前を、本名の
確かに……ゲンと呼ばれる事は、俺も何度か同じ経験をしていた。
「じゃ……ゲン。要求の件を詳しく聞かせて欲しい」
ゲンは「あまり時間は無いが」と言うと、勉強机の椅子に腰を掛けた。
「ユヅルがいるこの時代ではまだ発見されていないが、大昔にドーバ島という島があってな。ムー大陸やアトランティス大陸なんかとは違って、実際に存在した島だ。かれこれ、沈んでしまって9千年になる」
ムー大陸やアトランティス大陸……確か、伝説上の大陸だっけ……聞いたことくらいはある。
「さっき、『救世主として』って言ったけど、もしかしてその島が沈むのを防ぐとか?」
「ハハハ、まさか! 俺の時代の技術でもそれは無理だ」
ゲンは声を上げて笑った。
「俺がやりたい事は、ドーバ島で魔物をやっつけて、島の救世主になる事なんだよ。まあ、ちょっとしたアトラクションみたいなもんだな。——それより、そろそろ出発しないといけない。行くか行かないか、どっちだ?」
「ドーバ島の事は、ギリギリ信じていいとして……ま、魔物を信じろってのは、いくらなんでも……」
「……ああ、それは後で説明する。そろそろ、タイムマシンの待機時間が限界なんだ。俺の要求を飲んでくれたら、土曜日の朝に戻してやる。——どうだ?」
しばし悩んだ後、俺はゲンと共に外に出た。