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ep16:アウル村の歓迎会

 歓迎会の準備が出来たとのことで、俺たちは村の集会所に移動した。


 大きな屋根こそアトリたちの村と同じ仕様だが、こちらの集会所は三方が壁で囲われている。集会所は入りきらない程の村民で溢れていた。


「アウル村のみなさん、本日はこんな素敵な席をもうけていただき、本当にありがとうございます。突然お邪魔したのに、こんな沢山のお料理も用意していただいて。——こうやって今、私たちの命があるのは、隣にいらっしゃいますゲン様とユヅル様のお陰なんです。このお二方が雨を降らせてくださったから、私たちは生け贄から解放されました」


 村人たちから返ってきたのは、まばらな拍手だった。その上、「偶然じゃないのか」とか「生け贄になっていたアトリたちのおかげじゃないのか」なんていう声も聞こえてくる。


「おい! 誰だ、いま偶然とか言ったのは! ゲンたちに話すなと言われたから、言わなかったが、ゲンとユヅルは神の使いだぞ!!」


「クイナ! 呼び捨てにするあなたが言っても、説得力がありません!」


 俺とゲンは顔を見合わせて苦笑いをした。セッカおばさんのように土下座をされても困るからと、黙っているように言ったのだ。実際に雨を降らせた所を見たクイナたちと、アウル村の人たちでは反応が違って当然だろう。


「ゲン、いま雨を降らせてみたら?」


「……うーん、悪趣味じゃ無いか?」


「でも、雨を降らせたことを信じて貰えないのは、ちょっと悔しいかも」


 ゲンは少し悩んだ後、前に出て村人たちに話しかけた。


「では少しだけ、この村でも雨を降らせてみようと思う。そこの壁が無い場所に居る人。 濡れるかもしれないので、もう少し中に。——では数えるぞ。5……4……3……2……1……」


 村人たち全員が、壁の無い方に視線を向けた。


「ゼロ!!」


 ゲンが言い終わると、『ボッ、ボッ、ボッ、ボッ』と木製の屋根を叩く音が耳に入ってきた。そして次の瞬間、バケツをひっくり返したような雨が落ちてきた。


 村人たちは、一斉にその場にひれ伏した。



***



 村人たちは、入れ替わり立ち替わり、アトリとクイナに話しかけている。彼女たちは自分の村だけでなく、この村の人たちにも愛されているようだ。


「アトリ姉様、クイナ姉様、本当にご無事で良かった……一昨日の雨が降った日、ソビは二度とお姉様たちと会えないと思いました……でも、こうやってまた会えて……本当に、本当に嬉しいです……」


 ソビという少女は、アトリの胸でシクシクと泣いた。アトリとクイナは、ソビの頭を優しくなでている。


「ソビ……そういや兄貴はどこにいるんだ? 今日はまだ見てないぞ」


 クイナが言うと、ソビはアトリの胸から顔を離し、プルプルと唇を震わせた。すると、後ろにいたソビの母親らしき女性が答えた。


「兄のソニは先日、ホウク様の奉公で家を出ました。ちょうど、クイナ様たちの儀式の話を伝えに来られた時のことです」


 母親の口もともワナワナと震えている。本当は『様』なんて付けたくもないのだろう。ソニという青年も優秀だったが故に、ホウクに連れて行かれたに違いない。


「あ、あんな奴に、『様』なんて付けなくていいよ……」


 震える声でクイナが言った。


「待てクイナ、落ち着け。今は言うな、我慢しろ」


 ゲンはクイナの肩に手を掛けると、静かにそう言った。



***



「村のみんな! すまないが、少しばかり俺に時間をくれないか。魔物について何か知っていたら、些細な事でも教えて欲しい」


 集会所の真ん中で、皆に通る声でゲンが言った。先ほど、魔法のような豪雨を見せたからか、皆が一瞬で静かになった。


「俺からいいでしょうか? ドラゴンについて話があります」


 ドラゴン……きっと、クイナが仕留めたドラゴンの事だろう。ゲンは話の続きを促した。


「最初に現れたのは、一ヶ月ほど前でしょうか。村人たちは、それはもう驚きました……あんな巨体に、どう足掻いても勝てるわけがないと。——でも、絶対に勝てないと思ったことが、逆に良かったのでしょう。私たちは一切、攻撃を仕掛けませんでした。いや、仕掛けられなかったと言った方がいいかもしれません」


 他の村人たちは「そうそう」と相づちを打っている。


「すると、そのドラゴンも一切攻撃をして来なかったのです。一週間経っても、二週間経経っても。そう、今日の今日まで何もしてきていないのです」


 この話だけを聞くと、ちゃんとプログラムは稼働しているようだ。本来なら、プレイヤー以外には、攻撃されようがされまいが、攻撃はしてこない設計だからだ。


 だが、制御サーバーとの通信不可能な状況下ゆえ、誤作動を起こす可能性がある。そのトリガーとなるのが『魔物への攻撃』なのかもしれない。もしそうであれば、魔物の被害にあった村人は、先に手を出してしまったのだろう。


「そうか、貴重な情報をありがとう。俺たちが魔物を一掃するまで、ドラゴン以外の魔物が現れても手を出さないで欲しい。けが人は出ていなかったようで、ホッとしている。——他にはないだろうか?」


「私もいいでしょうか?」


 長身で色白の男性が手を上げた。ゲンは「どうぞ」と手を向けた。


「この村に用時があって、北部からやってきた者です。北部では最近、魔物とのトラブルをよく耳にします。——あと、カイゼ様のお城で、魔物討伐のために人を集めている、という噂も聞きました」


 それを聞いたゲンは、動揺しているよう見えた。南部に比べ、北部の方が深刻な状況なのだろうか。


「そ、そうか……北部の貴重な情報、ありがとう。他にはないだろうか?」


 これ以上、村人から魔物の情報が出てくる事は無く、再び賑やかな歓迎会に戻った。

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