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ep18:いざ北部へ

 アウル村の人々に見送られ、俺たちは北へ向かって歩み出した。ゲンの天候操作で、今朝も雲一つ無い快晴だ。


「なあ、ゲン。どうして、アウル村の人にホウクを呼び捨てるのはダメだって言ったんだ?」


 クイナがゲンに聞いた。ソニという青年が、ホウクに連れ去られたと聞いた時の話だ。


「ああ……アウル村の人たちも、ホウクに不満を募らせているのは見ていて分かった。だが、いま村の人たちを駆り立ててしまっても、彼らにとって良いことは何も無い。今の状況じゃ、例えアウル村とラーク村が一つになっても勝てる見込みは無いだろうからな。時期が来るまで、もう少し待とう」


 クイナは納得したような、していないような顔で「分かった」と言った。


「そして今日からは、島の中央に位置するカイト村へ向かおうと思う。二人は行ったことはあるか、カイト村へは?」


「いいえ、ありません。大きな村で往来することがあるのは、さっきまでいたアウル村くらいです。あとは周辺の小さな村くらいでしょうか」


「ああ、そうだな。でも、なんかワクワクするな、初めての村に行くのは。カイト村は大きくて立派な村って話は聞くしな!」


 カイト村へは、徒歩で二日ほどかかるらしい。バトルが長引けば、もう少し掛かるかもしれない。そうそう、実は昨日今日となかなかの筋肉痛に悩まされている。


「——あ、そうだ。言い忘れていたが『ホウクたちをやっつけたい』と、最初に言ったのはユヅルだからな。俺はそれに賛同しただけだ」


 ゲンが言うと、クイナとアトリは驚いた顔を俺に向けた。そして次の瞬間、両サイドから二人が抱きついてきた。


 クイナはともかく、アトリに抱きつかれたのは初めての事だった。だが、アトリは咄嗟に抱きついてしまったのだろう。頬を赤く染めると、すぐに俺から腕を離した。



***



 北へ向けての初日、誰も大きなダメージを受けることなく、計18体の魔物を退治して終わった。夕食も終え、俺とゲンはベッドで横になっている。今日もゲンは夜間に雨を降らせていた。


「そうそう、ゲンに聞きたい事があったんだ」


 ゲンは眠りに落ちるところだったのだろう、少し遅れて「ん?」と言った。


「あ、寝そうだった? ごめん」


「——構わんよ。何だ?」


「何でさ、俺と一緒に……しかも、60年前の俺と一緒にここに来ようって思ったの?」


 俺が言うと、ゲンはクスッと笑った。


「いつ、それを聞かれるのかと思ってたよ。まず、一人で来るのは流石に心細かった。じゃ、誰と一緒に行こうって事になる。出来れば体力のある、若い奴の方がいい。でも、俺の友人は既にみんな年寄りだ。気兼ねせずに、声を掛けられそうな若い奴……って事でユヅルになった」


 なるほど……まあ、納得出来なくもない。


「60年前のあの日にしたのは? ……俺が留年しそうだったから?」


「そうそう。俺が生涯で、一番後悔した日かもしれん。だからあの日を選んだ」


「——って事は、やっぱり留年したんだね、俺」


 ゲンは俺を見て、またクスッと笑った。


「だから、ユヅルの世界に戻ったときは頑張ってくれ。次は留年しないように」


「あ、あとそれに繋がる大事な事。俺たちの記憶ってどうなるの? 元の世界に戻ったとき、ここでの事は憶えてるの?」


「——残念ながら、記憶を持って帰る事が出来るのは俺だけだ。タイムリープの際にIDを発行するんだが、それを持っていないものはタイムリープ中の記憶は残らない」


 確かに、俺たちの時代の人間が記憶を持ち帰る事が出来たら、それは大変な事になるだろう。ヒーローになれるか、もしくは変人扱いされるかのどちらかだ。そして俺の場合、きっと後者の変人扱いになることだろう。


「だけど……記憶が無くなったら、また同じようにゲームしちゃいそうだな、俺……」


「まあ、ここでは無心で身体と心を鍛えろ。気付いて無いだろうが、来る前よりずっと逞しくなってるぞ、ユヅルは。——明日も早い、今日は寝よう」


 しばらくすると、ゲンの寝息が聞こえてきた。



***



 アウル村から北へ向けて二日目、この島に着いてからは五日目となる。予定よりかなりスムーズに進んでおり、カイト村まではあとしばらくという距離になった。


「それにしても、この『地図』っていうのは凄いですね。私たちの村が海に近いのは知っていましたが、こんな島の端っこに位置していただなんて正直驚きました」


 アトリはリストバンドで地図を表示させている。どの時代でも、若い人は飲み込みが早い。


「ホントホント。ただ、アタシたちの住んでいる島って、こんなに小さかったんだ。延々と大地が広がってると思っていたよ」


 クイナの頃は、地球は平らだと思っていた頃だろうか。いや、地球という概念さえないのかもしれない。


「——なあ、ゲン。クイナたちは、地球とか宇宙とかっていう概念はあるの? 今の会話を聞いてると、俺たちと教養レベル変わらないような気がするんだけど」


 俺はゲンにこっそりと聞いた。


「俺たちの時代に比べて、この時代は極端に語彙が少ない。それを違和感ないよう、翻訳アプリが補完してくれているんだ」


 ああ、なるほど。クイナたちと話しをしても違和感が無いのは、そういうことなのか。俺たちの時代にもある翻訳アプリが、ここまで進化すると思うと胸が熱くなった。


「なあ、ゲン。——ちょっとだけ翻訳ネックレス外してみていい?」


 そう言うと、ゲンは「好きにしろ」と笑った。


「○%×$☆♭#▲□&○%$■☆♭*%△#?%◎&@□」


「*#☆♭*%△#?%△%◎!!!」


 案の定、アトリとクイナの会話は何一つ聞き取れなかった。ただ、二人が楽しそうに会話しているのだけは伝わってきた。




「ゲン様! 前方に魔物がいます!」


 クイナがドラゴンに不意打ちされて以来、リストバンドはマメにチェックしている。その中でも、一番先に気付くことが多いのはアトリだ。アトリとクイナは俺たちと距離をおいて、前方を注視しだした。


「ゲン。リストバンドさ、『魔物近いよ』って通知してくれてもいいのにね」


「ハハハ、もともと遊びでやるものだからな。あえて便利にはしてないんだよ」


 もともとは遊びか……幼い頃にテレビでみた、『神々の遊び』という芸人のネタを思い出した。



「あそこだ! 先に行く!!」


 先を行くクイナがダッシュで駆けていった。


 俺たちもクイナを追うが、何かがおかしい……


 ひ、人と魔物がバトルをしている……!?



「お前たち、下がれ! あとはアタシたちに任せろ!」


 戦っていたのは、男二人だった。年齢に差があるように見える二人は、親子かもしれない。


 敵は何度か戦った、角を生やしたウサギの魔物。ただ、ウサギの魔物といっても図体はデカい。その上、動きは俊敏だ。


 ウサギの魔物は、二人の男を庇うように立ったクイナに跳びかかった。クイナは下がることなく深く屈むと、魔物の土手っ腹に強烈なアッパーを叩き込んだ。


 『グギッ』という鈍い音を立てて、魔物は宙高く浮く。そして、アトリの炎魔法によって、地に戻る事無く灰となって消えていった。

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