生きる理由なんて高尚なもの、僕たち高校生には全くピンとこない。
将来の夢、とかなんとかって体裁でそれらしいものを抱えようとしたことはあるけれど、すぐにそれは社会の苦しみを乗り越えてきたとか豪語する大人たちから「つまらない」「金にならない」と吐き捨てられるようなものばかりで、つまり、価値のないまやかしだった。
そんな僕たちは今、生き残る理由を押し付けられ、殺し合いをさせられている。
この殺し合いは、生きる理由がわからない僕たちによって行われるデスゲームは、はたしてまやかしと笑われるだけのものなのだろうか。
◇ ◇ ◇
「求、もう少し隠れなきゃ見つかるよ」
僕の悪友、野崎とがりがらしくもなく神妙な声で言う。
深夜の商店街は虫も寄りつかないほど静かだ。昼間からほとんど人の通りはないのだけれど、『サカナ』の力の影響で、今は僕たちを含むこのゲームの参加者、『スケールメイト』の他には誰の姿も見えない。
「おい! そこ、誰か隠れてるんだろ、出てこいよ」
慌てて身を隠したけれど、既に野崎の心配は的中していたらしい。僕たちの隠れている和菓子屋と喫茶店の間にある細い横道に向かって、スケールメイトの一人の声が響く。
いかにも運動部って感じの、エネルギーが有り余った声量だった。
「あれ、誰だろ」
「さあ? クラスメイトの名前も覚えてないの?」
「野崎に言われたくない」
「いい加減名前で呼んだらいいのに」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ」
僕は野崎の横顔を窺う。いつも通り、彼女の顔色は焦りの「あ」の字すら感じさせないほど平熱を保っていた。野崎の顔を見ているとなんだか少し安心してしまう自分がいて悔しい。
「……なんなんだよ、俺のこと馬鹿にしてんのか?」
声の主は憤りを隠せない口ぶりでそう言いながら、僕たちの方に歩み寄る。街灯が彼の顔を照らして、僕はようやく思い出した。
「あれ、佐野だ。サッカー部の、なんか軽そうなやつ」
「へえ、じゃあ運動神経じゃ勝ち目ないね」
「野崎でも勝てない?」
「徒競走じゃ勝てないだろうね。……でも、このゲームはそうじゃないから。スポーツとか勉強とか、そういう加点方式の考え方は通じない」
言うと、野崎は右手の指を広げ、虚空を掴むようなポーズをとる。
「どっちかっていうと、学校じゃ減点されるような方法でしか、勝ち残れないゲームだよ」
そして野崎の右手には、直径五十センチほどの、黒く大きな鉄の塊、『杭』が現れる。その質感に反して、杭は野崎の手の中に軽々と収まっている。
これは『ウロコ』と呼ばれる、スケールメイト一人一人にあてがわれた武器のようなもので、そのかたちも性質も、同じものは存在しない。
彼女の場合、両手の平から長さも太さも自由自在の杭が現れる。杭は彼女の手から離れても物質として存在し、野崎が九本以上の杭を出すと、一本目に出した杭から順番に消えていく。
僕のウロコは、また後で出てくるだろうから省略する。……ろくな武器じゃないことだけは確かだ。
「クソっ、っぜえな、マジで。なんでこんなこと、俺が……俺が! しなきゃいけないんだよ!」
そして佐野も、僕らの詳しい位置までは把握していないようだけど、攻撃の意思は固まったらしい。
彼はサッカーのフリーキックを蹴るようにその場で数歩後ずさり、彼が元いた場所の地面からは、黒いボールのような物体が出現する。あれが佐野のウロコなんだろう。
「もうめんどくせえからこの辺、全部更地にしてやろうか」
「来る」
毎回、戦闘を前にすると背中に悪寒が走る。
だって、このゲームの相手はクラスメイトだ。転校生という身分で思い入れなんてクラスに持っていない僕でさえもこうなのだから、野崎だって本当のところは少しくらい、躊躇いがあるはずだ。
……多分。
「……待って、求」
野崎が言うと同時に、街灯の下に立っていた佐野の、短い呻き声のようなものが響く。
「もう、あいつゲームオーバーだ」
「え……?」
僕の目線の先、夜の商店街の真ん中に、噴水みたいな血飛沫が上がる。
「……先を越されたみたいだね」
ドチャ。
腐った野菜を地面に落としたような音が鼓膜に張りつく。勢いが徐々に落ち着いてきた鮮血は血溜まりとなり、街灯の光で怪しく光りながらコンクリートに広がっていく。
さっきまで佐野だった、人間だったはずの肉塊が、首から下を残してその場に崩れ落ちた。
……また、だ。
また一人、僕らのクラスメイトが死んだ。