ボロボロの状態で地面に膝をつくあたし。
ダークネスドラゴンは、まるで勝利を確信したかのように、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
その巨体から放たれるプレッシャーだけで、呼吸が苦しくなるほどだ。
「くっ……ここまでなの……?」
弱音が口をついて出そうになった、その時だった。
ピコン!
脳内に、再びあの電子音。そして、目の前のホログラムウィンドウに新たな通知が表示された。
【緊急アナウンス:視聴者の皆様の熱い声援(と期待)により、スペリオルチャット機能が一時的にアンロックされました!】
【集まったスペチャの総額に応じて、配信者に奇跡の力が付与されます!】
「……っ! きたきたきたー!!」
あたしは思わず叫んでいた。これよ! これを待っていたのよ!
あたしは最後の力を振り絞って立ち上がり、カメラ(まだ機能してるのね、優秀だわ)に向かって叫んだ。
「あんたたち! 聞こえてるんでしょ、ましもべ共! 見てなさい、あたしはまだ終わらないわよ! でもそのためには、あんたたちの力が必要なの!」
ボロボロの姿で、しかし瞳だけは爛々と輝かせながら、あたしはいつもの毒舌天使スマイルを浮かべた。
「ありったけのお金、いいえ、もはや紙切れ同然のその旧日本円、全財産をこのあたしにスペチャしなさいッ! どうせこんな世界じゃ持ってても使い道ないでしょ!? あたしに貢ぐのが、唯一にして最高の有効活用よ!」
一瞬、コメント欄が静まり返った。
『え!?』
『スペチャ!? この状況で!?』
『でも、確かに金なんて今更……』
『いや、でも全財産って……』
視聴者たちが動揺しているのが伝わってくる。そりゃそうよね、いきなり全財産よこせなんて、普通の神経じゃ言えないわ。でも、あたしは普通じゃないから!
沈黙を破ったのは、一人の勇気ある(あるいはヤケクソな)ましもべだった。
画面に、虹色のエフェクトと共に、見たこともないような高額スペチャがデカデカと表示される。
『どうせお金なんて価値無くなっちゃうんだから俺は投げるぜ! ましろんに託した! 俺の全財産、受け取ってくれえええ!』
その一言が、堰を切ったように他のましもべたちの心を動かした。
『俺も! ましろんが希望なら、それに賭ける!』
『そうだ! この金で未来が買えるなら安いもんだ!』
『うおおお! いけー! ましろん!』
『私のへそくりも全部だ!』
赤、青、黄色、緑、紫……色とりどりのスペチャが、まるで流星群のように画面を埋め尽くしていく。その総額は、あっという間に100万円、500万円と跳ね上がり……ついに1000万円を突破した。
「きったあああああああああ!! さすがはあたしのましもべ共! やる時はやるじゃないの!」
スペチャの奔流と共に、あたしの身体から眩いばかりの虹色のオーラが立ち上り始めた。破れていたドレスは修復され、傷ついた身体には力がみなぎってくる。これよ、この全能感!
「あんたたちの想い(という名の札束)、確かに受け取ったわ! これが愛の力(という名の金の力)よ!」
あたしは天高く右手を掲げ、虹色の魔力を凝縮させる。それは、かつてないほどの巨大なエネルギーの塊となった。
「食らいなさあああああいッ! これがVTube界の最終兵器! 【レインボースペチャストリーム】ッ!!」
放たれたのは、七色の光が渦巻く極太のビーム。それはダークネスドラゴンの巨体を真正面から捉え、その漆黒の鱗を焼き尽くし、抵抗する間も与えずに貫いた。
ギュオオオオオオオオオオオオッ!!!
ダークネスドラゴンは、今までで一番けたたましい断末魔の叫びを上げ、その巨体が内側からまばゆい光を発し始めた。そして、次の瞬間には、光の粒子となって霧散し、跡形もなく消え去った。
「ふぅ……当然の結果よ。あたしを誰だと思ってるの?」
あたしは肩で息をしながらも、勝利のVサインをカメラに向けた。
「でもまあ、あんたたちのスペチャがなかったら、ちょっと……いや、かなり危なかったかもね。感謝してあげるわ、ましもべ共! あんたたちは最高のATMよ!」
『うおおおおおおおおおおお!!!』
『やったああああああああ!!!』
『ましろん最強! ましろん最強!』
『愛してるううううう!!!』
『俺たちの金がああああ! でも悔いはない!』
コメント欄は歓喜の渦に包まれ、お祭り騒ぎが続いている。渋谷の空には、戦いの痕跡である黒煙と、そしてなぜか虹が架かっていた。
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一方、その頃。
都内某所、警視庁の地下に設けられた臨時災害対策本部の一室。大型モニターには、ましろの配信の一部始終が映し出されていた。
「信じられん……あの少女が、たった一人で……あの化け物を……」
作戦司令官らしき初老の男が、呆然と呟く。
「データ照合急げ! あの姿、見覚えがあるぞ!」
別のスタッフ(多分ヲタク)が声を張り上げる。
「出ました! 彼女は『毒舌天使ましろ』というVTuberです!!」
「VTuberだと?一体なぜVTuberが現実に...」
「数年前に発生した、一部VTuberの集団異世界失踪事件があったと聞くが、何か関係があるのだろうか?」
司令官は厳しい表情でモニターのましろを見据えた。
「……至急、この『毒舌天使ましろ』と名乗る人物との接触を試みろ。あらゆる手段を使ってだ。彼女は、この世界の切り札になるかもしれん……あるいは、新たな脅威に」
現場に、緊張と共に新たな指令が飛んだ。あたしの知らぬところで、また新たな物語が動き出そうとしていた。