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☗2四横行《おうぎょう》(あるいは、トライ for/out △アングラー)

 目的地の聖徳記念絵画館の前辺りは、やっぱり大勢の人たちで賑わっていた。観光バスも何台かつけられていたりで、もうどう考えてもこの群れなす沢山の人達をこの場から遠ざけるなんてことは出来そうも無かった。


 残り四分。フウカと合流した私とナヤは、呼吸を落ち着けて「変身」のタイミングを計っている状態なんだけれど。


「……この三人での任務は初めてやんなぁ?」


 努めて軽い感じでそう言ってくるフウカは、何でか分かんないけど何か非常に背徳感をこちらに突きつけてくるようなオリーブ色を基調とした制服セーラー姿ではあって、見た感じなんかはいつも通りの余裕かましなわけだけど、身に纏ってる空気は、やっぱり隠しようもなくピリピリしてる。この女がこれほどまでに平常を失うってことは、今回、相当やばめの案件なのでは……と、不安が否応増すのだけど。


「うん、三人いるから、結構戦略の幅は広がるとは思う。でもこの規模……この周りの人たちを巻き込んでしまうのは仕方ないこととして……一直線で相手玉を仕留める感じでいいよね?」


 そう冷静に作戦を立ててくれるナヤの顔も極度の緊張からなのか青を通り越して白くなってる……さっきから胸の前で両手を揉みほぐすように組み合わせているけど、その仕草、詰めろかけられた最終局面でも見せるやつだよね……各々言葉には出さないけれど、不安と緊張で、どうにかなってしまいそうなテンションに陥らされている。


「『異質な』……とか博士が言ってたのが気にはなるけど、それ気にして手を縮めるなんてことがあったら、その方がまずい。だから二人共……私を存分にサポートするのだ……」


 かくいう私も顔の強張りを先ほどから抑えられないほどなんだけど、それを「変身後」の佐官じみた口調でごまかしながら、二人の肩に手を置いてみる。無理やり感はバレてはいるんだろうけど、二人共がそれぞれベクトルは異なる微笑みを返してくれた。そうだよ、もうここまで来たらやるしかない。それに私たちならきっと出来るはずだから。


「……」


 決意新たに、私はブレザーの内ポケットから「鳳凰」の駒を抜き出して、二人に向けて腕を伸ばして突き出してみる。それに倣って二人も駒同士を突き合わせるようにして黒い金属質の五角形を差し出してくれた。優等生的笑顔と、人を食った感の妖しい笑み。よーしよし、だいぶ平常心を取り戻すことが出来てきてる。私も気合いは乗って来ていた。思う存分やってやろうっつうの。「鳳凰ほうおう」「猛豹もうひょう」、そして「反車へんしゃ」。三つの黒い五角形が私たちの円のその中心辺りで突き合わされる。それにしてもフウカの奴って何がモチーフなのかいまいちはっきりしないけど、何か字面から持ち主に似合わず地味だなあ……とか、そんなことを思ってた、その瞬間だった。


「!!」


 上空。石造りの、横に張り出した堂々たる居住まいの、歴史と趣きと議事堂みのある建物をバックに、直径10mくらいの漆黒の球体……「イド」が、音も立てずに現出していた。浮いている、というよりはそこにぱつんと穴を開けました的な異質な存在感が見ているだけで気持ちが悪くなってくる。そしてどんどんじりじりとその直径を伸ばし始めていってるよね……やっぱり何か、いやな予感がする……


「ナヤ、フウカ!!」


 それでも私は臆さない。落ち着くんだ、今はそれが最善の一手。私の呼応に、二人共が、そして一瞬遅れて私も、それぞれ手につかんだ「黒駒」を高々と天に向かって掲げて。それぞれがそれぞれの顔を見合わせ頷くと、


「「「『ダイショウギチェンジ』っ!!」」」


 三つの声が一分のズレも無くシンクロした。途端に眩く放射していく緋色・黄色・緑色の光のきらめき。瞬間、それに呼応したのかどうかは知らないけど、「イド」の方も破裂するかのようにその「黒」を拡散させていく……まだ不安なとこはあるけど、みんな一緒だ。やってやるぅ……


「……」


剣が峰の戦いのゴングが、いま正に鳴らされた瞬間だった。


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