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囚われの村
囚われの村
凪瀬夜霧
ホラー怪談
2025年05月20日
公開日
2.6万字
完結済
封印された祠に眠る、哀しき愛と果てなき怨念――。 禁じられた恋と村人の狂気が招いた惨劇の果て、青年の魂は血の涙を流し続ける。 祠を壊したその時、再び目覚めるのは……。 ※「幸せなエンデヴィングも見たかった」とのお声を受け、本エンディングの後にifとしてハピエンも追加しました。 どちらのエンディングを真実とするかは皆さん次第! お好きな方をお楽しみください。

第1話 旅人

 暗い獣道を必死に逃げた。

 荒くなる呼吸で胸も喉も痛くなる。それでも足を止める事は出来ない。


「頑張れ伊助!」

「雪隆様」


 少し先を行く凛々しい方を信じ、もつれる足を前へと進める。草履の足に夜露に濡れた草が絡まり、泥が袴に跳ねるのも気にする余裕はない。

 赤々とした松明の炎と男たちの怒号は直ぐ側まで迫っている。


 走って走って、いつしか体に小さな傷が増えた頃、追い立てられた二人は川原へと出た。流れも穏やかな小川に草花が揺れるそこは確か、村人が蛍の原と言っていた場所だ。

 小川を超えた先には洞穴と、そこに作られた小さな祠がある。『外神様』と言ったか。

 でも二人にとっては絶望が広がる。開けたここに隠れる場所はなく、前方は崖。小川に沿って逃げることも出来なくはないがそちらからも松明の明かりが見える。後方は言わずもがなだ。


 伊助を引き寄せ、雪隆は辺りを睨みつける。その背に庇われながら、伊助は悲しみに涙をこぼした。


 そんなに、いけない事をしたのか。この想いはこれ程の罪なのか。ただ、好いた人と添い遂げたい。それだけなのに。


◆◇◆


 伊助は都の大店、畠野屋の奉公人だった。

 気立も良く勤労で明るいので、店の者や客にも可愛がられていた。

 だからといって驕った態度は見られず、親切で心根の優しい子だった。

 見目も良く、男にしてはくりっとした目元に少年特有のふっくらとした頬の愛らしい顔立ちが、小柄な彼にはよく似合った。

 「うちの娘の婿に」なんて、買い物に来る客からも度々声が掛かるほどだった。


 だが伊助は笑いながら「滅相もありません」と断っている。

 親がなく、店の主人が拾って育ててくれたという恩もある。

 学も後ろ盾もないのもある。

 だが一番の理由はこの店の息子、雪隆にあった。


 雪隆は背が高く役者のように見目のいい若者だった。

 涼しげな双眸に柳眉のキリリとした顔。通った鼻梁に薄い唇。背が高く引き締まった体で、刀を握る手は容姿の美しさのわりに無骨であった。

 だが伊助はその手が好きだ。大きく温かな手が優しく頭を撫でてくれる、それが好きなのだ。


 彼は店の次男で商いの護衛として付き従って行く。師について学び、免許も皆伝した若者であった。

 その為月の半分は店にいない。それが寂しくもあるのだ。


 この日は雪隆が帰ってくるとあって、伊助は朝からソワソワとして落ち着かず、そんな様子を女将さんに見られて笑われてしまった。


「伊助は本当に雪隆が好きね」

「っ! はい!」


 早く会いたい。声を聞きたい。そんな想いに胸が躍るのだ。


 その日の夕刻に荷車が到着して、店の若い衆が買い付けた物を運んでいく。それらを横目に店へと入ってきた青年に、伊助は満面の笑みを見せた。


「お帰りなさいませ、雪隆様!」

「あぁ、ただいま伊助。変わりないか?」


 そんな風に笑って言って頭を撫でられると胸の中がくすぐったい。温かくて幸せでなんだか落ち着かない。失礼でなければ抱きつきたい気持ちもある。幼い時分にはしていた。


「どれ」

「え? わぁ!」


 スッと脇の下に手を差し込まれ高く持ち上げられ、伊助は思わず声をあげた。子供の「たかいたかい」みたいになって流石に恥ずかしい。顔を赤くすると雪隆は楽しそうに笑っている。


「あらあら、雪隆。伊助はもう子供ではありませんよ」

「そうです! もう十六になります!」


 困った様子の女将さんに頷き、伊助も反論する。顔から火が出そうなくらい熱い。


「もうそんなになったか? そのわりに背が」

「もっ、もう! 雪隆様意地悪です!」

「あははっ、すまんすまん」


 楽しそうに笑って地面に下ろされた伊助はぷっと頬を膨らませてそっぽを向く。一応不満は伝えてみた。すると頭を大きな手が優しく撫で、今度は温かい目で微笑まれる。その目を見ていたら心臓が早鐘を打ち始める。


「拗ねるな。土産に羊羹を買ってきたんだ。俺の部屋で食べるか?」

「え? あ……」


 嬉しい、甘い物は好きだ。それを知っているから、雪隆は時々甘い物を買ってきてくれる。嬉しい半面、戸惑いもある。伊助は奉公人なんだ、こんなに良くしてもらっていいのだろうか。

 でも女将さんは気にした様子はなかった。


「あら、いいじゃない。伊助も沢山働いてくれたし、店ももう少しで閉めますしね。休憩もしていないもの、今日はそのまま上がりなさいな」

「そうなのか? 駄目だぞ伊助、ちゃんと休みもいれないと」

「あっ、いえ、その……では、お言葉に甘えさせて頂きます。女将さん、ありがとうございます」


 伝え、雪隆に連れられて中へと入る。少々の戸惑いはまだ胸の中だ。胸の鼓動は、未だに少し痛いくらいに鳴っている。

 この想いはなんなのか、その答えは未だ出ないまま伊助は早くに上がらせてもらう事となった。

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