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if……(2)

 その後、夜が明けても二人は足を止める事ができなかった。息も切れて、足が棒になってもどうにか行こうとすると前から人がきて、二人を見つけて驚いて助けてくれた。

 助けてくれたのはこの山に修行にきていた山伏だった。彼は自分が拠点としている場所に二人を連れていくと水や食べ物を分けてくれて、何があったのかを聞いてくる。これに二人は正直に全てを答えた。


「なんとも恐ろしい話だ」


 全てを聞いた山伏は腕を組んで唸るが否定はしない。それというのもこの山では仲間が消えるという話があるそうだ。


「それが本当であれば、我等の仲間が犠牲になったかもしれない。一度様子を見てこよう。二人はこのままここにいなさい。明日には町まで送ろう」


 そう言って山伏は拠点を出ていった。


「……助かったんですよね?」

「あぁ」


 まだどこか実感がない。あの悪夢はそれ程に恐ろしく、後味の悪いものだった。

 それでも徐々に落ち着いてくるとジワジワと現実が馴染んでくる。逃れられた事実を感じられて、伊助は泣きながら雪隆に抱きついた。そして雪隆もそんな伊助を抱きしめて僅かに震えていた。


 その日の夕刻、戻ってきた山伏は他にも数人同じような人を連れていた。この近くで同じく修行している人だという。

 皆一様に青ざめ、一人は背負の籠を持っている。その中身は無数の人骨だった。

 話によると、例の祠のあった場所から無数の人骨……しかも頭蓋骨が見つかったらしい。とても古いものから、比較的新しいものまで。それらを回収したそうだ。

 その後村にも行ったが、そこに人の姿はなかった。ただ村の家々は存在し、人も生活していただろう。があったそうだ。

 人の姿はなく、敷きっぱなしの布団や何かを食べたままの食器が不気味だったという。

 そして全員が口を揃えて「あそこは禁足地にすべきだ」と言った。


 伊助と雪隆はここで一晩お世話になり、翌日山伏達に町まで送られた。

 どうやらこの町と山伏達には少なからず縁があるらしく、顔役だという者に紹介されて無事に定住を許された。

 小さな家を借りそこで二人で暮らしている。

 力のある雪隆は家を建てたり荷を運んだりという力仕事をしている。すっかり馴染んだ様子だ。

 伊助は仕立ての仕事を紹介されて働いている。元々手先は器用だし、みっちりと奉公で技量を磨いてきた。加えて我慢強く仕事は丁寧なので皆に喜ばれた。


 新しく興った町でもあり、人も新しく入ってくる。二人が恋仲であると最初に言っているからか余計なちょっかいを掛ける者も少ないし、何より顔役の家族と親しくなってからは居心地は良くなった。


 それでも時折思い出す。あの村での異常な生活と村人の身勝手な罪の数々。それについては何も哀れみはないが、犠牲になり……おそらく最後に助けてくれたのだろう人々には感謝の思いがある。

 真面目に働いて数年、多少懐に余裕が出来た所で伊助と雪隆は保護してくれた山伏を見つけてこの思いを伝えると、村にはやはり近付かない方がいいと言う。

 そのかわり、犠牲となった者を弔う祠を建ててはどうかと言われ、山伏の案内であの人骨を弔った場所へと案内され、そこに祠を建立し、可能な限り参ったという。


 今もその祠は山中にあり、謂われは消えても道行く人の安全を見守っているという。

 だが時折、好奇心から山に踏み入り無礼を働く者がいると突如霧が立ち、迷い込むのだという。緩やかな小川と林の先にある、古めかしい小さな村へ。

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