囹和6年4月1日。世界は一時期、大混乱に陥った。
囹和元年に発見された新型ウイルスによって、翌年の正月から急速に世界中へと拡散した。これにより世界は未曾有のパンデミックに陥り、人々は移動を制限されることになる。
しかし、現代の科学技術は素晴らしい発展を遂げていたため、すぐにこの新型ウイルスに対するワクチンが開発・製造され、人々の生活はなんとか通常通りに保たれたのだ。
直接的な原因は現在も不明とされている。しかし、間接的な要因の一つとなったものの中に、神藤が龍を殺したことが含まれていた。それが災厄となって襲い掛かってきたのである。
神藤は神に近い存在になった今でも夢を見る。もしあの時、適切に龍を殺すことが出来ていれば。もしあの時、自分が神にならないと決心していたら。もしあの時、皇位継承のタイミングで神無月機関が龍の召喚をしていなかったら。
しかしそれらは、すでに過去の出来事となってしまった。だからせめて、今とこれからの未来は清く正しい世界にしなければならない。
「……私は、神になる代償として、呪いを受けてしまったのだ」
神藤一人しかいない神智戦略対策事務室。彼もまた、悩める子羊の一人でしかないのだろう。
『道也は神となった。その命が果てる時に、八百万の神々の一柱となる未来が確定したのだ。だが本当の神となるまでには、まだ力が足りぬ。これから出現する怪異やそれに関する事件は、道也一人で対処する必要があるのだ』
神藤に導きを与えた永藤は、当時そのように解説した。そして今も神藤のことを導くために時折出現する。
『また悩んでいるのか? そろそろ神としての自覚を持つべきだろう』
「いえ、覚悟はすでに決まっています。しかし、人間としての私が心のどこかで後悔をしているようなのです」
神藤は永藤に伝える。
『問題はない。その気持ちもそのうち消え去ることだろう。数百年近くはかかるだろうが』
そういって永藤は消えた。
神藤は改めて決意する。
「私に出来ることは全てやる。それが神として果たすべき使命なのだから」
そんな神智戦略対策事務室に、一人の男性がやってくる。
「すみません……。こちらに日本歴史学施策推進室があると聞いたんですが……」
その男性を見て、神藤は5年前の自分と姿を重ね合わせる。
そして神藤は、不敵な笑みを浮かべた。
「ようこそ、神智戦略対策事務室へ。私が室長の神藤道也です」
これは、歴史に残らない人々の戦いを描いた(もしくは描く)物語である。