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第10話

「でも……」


私はお腹に手を当て、青ざめた顔で有佳を見つめた。


「今あなたにとって一番大事なのは、自分の体を大切にすること。それ以外のことは気にしなくていい」


有佳は私の肩に手を置、深い意味を込めた口調で言った。 私は俯き、自分のお腹を見つめながら、胸が締め付けられるようで、涙がこぼれそうだった。有佳の言う通り、今私が一番しなければならないのは、体をしっかりと休めて、お腹の中の子供を守ること。この子だけは絶対に無事に生まれてもらわないといけない。


午後4時、少し昼寝をして目覚めたとき、麻美子が真っ赤な服を着て私の病室に現れた。

麻美子を見た瞬間、私の体は思わず震えた。


「柳下さん、何かご用ですか?」


恐怖を必死に抑え、布団を握りしめながら麻美子を見上げ、赤くなった目で尋ねた。


麻美子の美しい顔には冷たい表情が浮かんでいた。彼女は新聞紙を私の前に投げつけた。

私は疑問に思いながら新聞を拾い上げた。そしてそこに書かれた内容を見た瞬間、全身が震えた。

【天野グループ社長・誠人、田舎娘を騙し妊娠後に捨てた非道な行為】

【お金持ちの御曹司、妊娠中の妻を見捨て他の人と結婚】

さらに、涙を誘うような記事が添えられ、自分の名前や家族背景などの詳細が書かれていた。


「これをしたのは私ではない……」


新聞をぎゅっと握りしめながら、麻美子を見上げて首を振り、否定した。


「あなたが兄をそそのかしてメディアを集め、誠人の会社の前で横断幕を掲げ、誠人を貶めた」


麻美子の言葉に息が詰まった。


まさか兄がこんなことをするなんて。これは自滅行為にしかならない。天野グループ相手にそんなことをしに行くなんて……


「今すぐ兄を探しに行きます」


歯を食いしばり、ベッドから降りながら麻美子に言った。


麻美子は冷ややかな目で私を見下し、侮蔑の色を帯びた目を向けてきた。


「あなたたちのような生まれの人間は、お金を見ると目がくらむのね。誠人が正体を明かす前でも、あなたの家にかなりの金を送っていたのに、正体を知った途端、こんな手を使うなんて。本当に卑しい人間」


「柳下さん、あなた方が住んでいる豪邸も、あなたが言う卑しい人間が築き上げたものです。その人たちがいなければ、どれだけお金を持っていても家一軒建てられません」

手のひらを強く握りしめながら、私は顎を上げて冷静に言い返した。


「口が達者ね。どこまでその口が利けるか見ものだわ」


麻美子は冷たく言い放つと、私を軽蔑するような目で睨んで、ハイヒールの音を響かせながら病室を後にした。

私は彼女の背中を見送りながら、額の汗を拭き取り、簡単に身支度を整えて兄を探しに行った。




タクシーで天野グループへ向かうと、会社はメディアに囲まれていた。そして中央で拡声器を持ち、大声で騒いでいるのは、紛れもなく兄だった。

私は顔をしかめ、すぐさま前に進み、兄の手から拡声器を取り上げて地面に叩きつけた。


「兄さん、ここで恥を晒すのはいつまで続けるつもり?」


「愛子、お前どうかしてるのか?俺はお前のために正義を訴えてるんだぞ!」


兄は拡声器を奪われたことに怒り、私に声を荒げた。


「これ以上恥を晒さないで。帰りましょう」


怒りを抑えながら兄の腕をつかみ、その場から連れ出そうとした。これ以上ここに留まれば、誠人は絶対許さない。


「お前、あんなにひどい目に遭わされて、何で黙っているんだ?誠人はお前の感情を弄んで、お前を妊娠させておいて子供まで失わせたんだぞ。金持ちだからって好き勝手してる奴らは社会のゴミだ!」


しかし兄は腕を振り払い、怒鳴り声で言い放った。


義憤に駆られた顔をしている兄を見て、私は怒りが込み上げてきた。




そのとき、彼の声が響いた。


「こいつを警察署に連れて行け」


振り返ると、そこには誠人が立っていた。

記者たちは一斉に誠人さんに向かって駆け寄り、私は押しのけられてしまった。兄はそこでなおも誠人に巨額の賠償金を求め、誠人さんを破産させると叫び続けた。

押し合いの中で、私はお腹を守りながらバランスを崩し、後ろに倒れそうになった。


「きゃっ!」


恐怖に叫び、お腹を抱きながら目を閉じたその瞬間、腰を支える腕が私を抱きしめた。

嗅ぎ慣れた香りが鼻をかすめる。

これは……誠人さんの香りだ。

安堵の息をつきながら顔を上げると、そこには誠人さんの冷たく端正な顔が目に入った。


「誠人さん……」


思わず彼の名前を呼ぶと、彼は眉をひそめ、私を抱きかかえていた手を離した。そして冷たい目で言い放った。


「愛子、離婚のときに渡そうとした金を断ったのは、額が少なすぎると思ったからか?それでお前の兄を使って、こんなふざけた茶番をやらせたのか?」


誠人の言葉が胸に刺さった。


彼は私を誤解している。

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