「凛花っ! そっちに行ったぞ!」
「分かってるっ!
凛花は
「ビギャャャャャッ!!!」
敵は、白い羽を広げて大きな声で鳴いた。
頬っぺたオレンジのオカメインコを巨大化したような可愛らしい見た目をしているが、異世界ゲートをくぐって出てきたヤツだ。
ろくなもんではない。
(飛んで行っちゃうと面倒だから、縛るか?)
凛花は空中を移動しながら、オカメインコのような異世界の化け物と向き合った。
小さなオレンジ色のホッペは可愛いが、直径1メートルほどのサイズになられたら迫力のほうが勝るというものだ。
凛花と龍治に挟まれた化け物は、白い羽を空にばら撒きながら逃げまどっている。
ここは現代。
季節は夏に近い春。
異世界ゲート管理会社アトラスの敷地内だ。
いまより50年ほど前、突然開いてしまった異世界と現代とを繋ぐ異世界ゲートにより世界は混乱した。
しかも開いた異世界ゲートは、1つや2つではない。
全世界で複数のどこに繋がっているか分からない異世界への扉が開いてしまったのだ。
しかも安定していないため、突然開いたり閉じたりと忙しい。
異世界ゲートのせいで世界の地理的な繋がりも混乱し、日本の日帰り温泉施設とアメリカニューヨーク州が繋がったりする。
しかも一時的に開くだけですぐ閉じたり、繋がり先が変わったりしてしまうので始末が悪い。
日本の日帰り温泉施設からゲートをくぐってアメリカニューヨーク州に移動してしまった人が、同じ扉を戻ったらその先は雪国だった、などということが起きてしまうのだ。
命に関わる。
異世界ゲートをくぐるのは人間やエルフ、ドワーフといった対話できそうな知的生命体ばかりではない。
ドラゴンだろうと、魔物だろうと、魔獣だろうと生き物の種類問わずにくぐって移動してくる。
魔獣のスタンピードだってゲートをくぐってきてしまうのだ。
大変始末が悪い。
そこで始まったのが異世界ゲートの管理会社だ。
異世界ゲート管理会社は、基本的には現代社会の地球人だけでなく異世界から移住してきた神やエルフ、勇者などが在籍している。
また異世界ゲートが開いて50年ほどが過ぎているため、移住してきた第一世代の子孫が活躍する時代となった。
上空で長い髪とワンピースの裾をはためかせている凛花も、第一世代の子孫だ。
「お前は神と勇者の子どもだろ? いくら子ども部屋オバサンだとしても、仕事はしっかりしてくれよ、凛花!」
「うっさい、龍治っ! 誰が子ども部屋オバサンじゃっ!」
手から気を放ち敵を翻弄している龍治はニヤニヤしながら言う。
「だって、そうじゃないか。まだ実家から出てないんだろ?」
「会社まで徒歩一分の好立地の上に、嫁入り前の娘なんだから実家にいたって問題ないでしょっ! そもそもアンタには関係ないっ!」
凛花は
(縛るとしたら規模は……)
巨大なオカメインコのような敵は、龍治の放った気が作る滅茶苦茶な気流に巻き込まれてクルクル回っている。
デカくて白い羽根が辺りに舞い散って、少々視界が悪い。
(なのに龍治がニヤニヤしてこっちをみているのが、クリアによく見えるのは何故?)
銀縁眼鏡の奥の黒い瞳が、面白そうに凛花を見ている。
黒い短髪をオールバックに決め、グレーのスーツを着ている龍治はシゴデキクールな大人男性のような見た目に反して、凛花に対する態度は幼い頃から変わらない。
「子ども部屋オバサンであることは事実だろ。今日も花柄のワンピースだし。知ってるか? 大きな花柄のワンピース着ていると、ロマンティックおばさんとか言われちゃうらしいぞ」
「花柄ワンピを着ている理由は、龍治だって知ってるでしょ!」
凛花は、薄茶の瞳がはまった少しきつめのアーモンド形の大きな目を閉じて集中する。
するとワンピースに散る大きな花柄が、シュルシュルと音を立てて実体化していった。
「あ、今日はバラじゃないんだ」
「そうなのよ。今日はポピーよ。ポピー爆弾っ!」
「なぜ爆弾」
龍治が幅の広い肩を揺らしてクックックッと笑う前で、巨大なポピーが幾つも弾けながら咲いて、巨大なオカメインコのような魔獣を包むようにして襲い掛かる。
ポピーに絡みつかれて翼を広げていられなくなった魔獣は、鳴きながら暴れた。
「ビギャャャャャ!」
「あーうるさい。体が大きい分、鳴き声も大きすぎる」
凛花が魔獣の口元にむかって右手の人差し指をペンッと動かすと、シュッと一本の巨大なポピーが飛んで行く。
オレンジ色の花には太い茎も繋がっていて、緑の茎がクルクルと魔獣のクチバシに巻き付いて、オレンジ色のクチバシをペチンと叩いた。
「ピッ……」
魔獣は抵抗しようとしたが、茎が丈夫でクチバシを開くことができない。
クチバシはもちろん体も、カラフルで大きなポピーに巻き取られてしまった魔獣は、空中でぷかぷかと浮いている。
「ふんっ」
凛花は魔獣を見下ろして、得意げに胸を張った。
淡い茶色の髪と瞳に整った顔立ちの凛花は、身長168センチの出るべきところがしっかり出ていて締まるべきところはしっかり締まっているスタイル抜群な色白美人だ。
綺麗に整えた前髪に、オレンジ色のカチューシャ、淡いベージュのロングワンピースには一面に大きなポピーの柄が散っている。
ワンピースの裾が上空の風に煽られてパタパタと揺れているが、凛花は下着を絶対に見せない派だ。
スニーカーに白のソックスを合わせた足元には、見事な花畑が出来ている。
龍治がパチパチと手を叩いて凛花を称えた。
「おー。お見事。さすがロマンティックおばさん」
「私はまだピチピチの29歳っ! 32歳の龍治にオバサン呼ばわりされる覚えはないっ!」
凛花はキッと表情をきつくして、年上の幼馴染を睨んだ。
「へへへっ、男と女は違うんですぅ~」
「うっさいよ、オッサンッ!」
「イケオジと呼んでくれたまえ」
「誰がイケオジじゃい」
キーキー言っている凛花を見て、龍治は肩をすくめると両手の平を天に向けて嫌味臭く言う。
「ごめん、ごめん。凛花はロマンティック子ども部屋オバサンだったよな」
「違うと言うとるだろーがぁ!!!」
凛花たちは空中で口喧嘩を繰り広げながら、花の蔓でぐるぐる巻きにされた巨大な白いオカメインコみたいな魔獣を引き連れて、異世界ゲート管理会社アトラスの本社ビル屋上へと降り立ったのだった。