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なんぜこわすただ
なんぜこわすただ
四森
ホラー怪談
2025年05月22日
公開日
1万字
完結済
須呂子村。なんの変哲もない道路で、宅配トラックが物損事故を起こした。トラックが撤去されると、そこに滅茶苦茶に壊れた祠が発見される。おじいさん「なんぜこわすただ?」。宅配ドライバー、警察官、ロードサービス作業員、もう日常には戻れない……

『なんぜこわすただ?』(短編全文一挙掲載)

「な〜んで、こんなとこで、道逸れっかね〜?」

 交通事故の通報を受けて○○警察署の地域課・徳山(とくやま)は、三十分かけて須呂子村(すろこむら)まで署のバイクで来ていた。昇任試験を受けるのが面倒で、採用から二十年巡査をやり続けている変人である。しかし、須呂子周辺の住人からは、「とくさん」「とくさん」と慕われている。

 両手を山に挟まれた平地の、なんの変哲もない一本道。大手通販会社ダムゾンの宅配ドライバーだという小島(こじま)は憔悴している。まだ仕事に慣れていない小島は、はやくも運転ミスで迷惑をかけたことに恐縮しきりであった。

「申し訳ありません。ここらへん、土地勘がないものですから」

「これ、なんだ?おたく、何運んでんの?」

「精密機器だと聞いていますが」

「あっそ。大変だね。弁償もんだ」

「すみません」

 徳山のトランシーバーが鳴る。

「こちら、徳山。いや、交通課呼ばなくてええ。自損だぬ。おん。宅配の運ちゃんがね、運んどるものだけ心配みたいだけど、さいわい標識とかガードレールに当たったわけじゃねから、こんなんで交通課呼んだら、長くなるべ。もう、ええよ。うん。こっちでテキドに処理すとくがら」

 小型トラックが、一本道を逸れている。もう廃業したかつて田んぼだったと思しき草むらにトラックが突っ込んだだけの自損事故である。

「あの、刑事さん」

「なんだ?おらあ、巡査だけどね」

「何かに当たったと思います」

「おん?」

「いえ。さっき、標識にもガードレールにも当たってないと電話されてましたけど、何かに当たった衝撃はあったので」

 徳山は道の前後を交互に見る。

「なにかに当たったって。ここ、茂木茂(もぎしげ)さんがもう農家引退すてっから、なんもねえよ。おん。茂木茂の爺さんも、いま、終末期医療受けとるとね」



「ああ。ホントだぬ。何かあんね」

 ロードサービスの今井(いまい)と奥村(おくむら)がトラックをレッカーすると、そこには砕けたいくつかの石が現れた。既に通報から三時間が経過し、日も暮れようとしていた。

「あの。これ、本当に交通事故ということには?」

「知らね。おん。これ、交通課呼んで検証したら、下手すたら午前様ぞ?めんどぐせよ。こっちで適当にやっとぐから。運ちゃんは積荷の心配だけすとけ」

 徳山のトランシーバーが鳴る。

「はい。徳山。もうレッカーも終わって、こら、かんつがいだな、事故でもなんでもね。撤収、撤収よ」

 トランシーバーの向こうが何やら言っている。ガサガサした音で聞き取りづらいが、徳山は理解しているようだ。

「ご家族さんにご愁傷様って言っといでくれ。おん。時間あったら顔出すがらよ」

 トランシーバーでの会話を止める徳山。

「まあ、運ちゃんには関係ねえけど。ここの地主のね、茂木茂の爺さん。亡くなったらしいど。なんか、死ぬ間際はご家族さんも見てられなかったらすうよ。『なんぜこわすただ?』、『なんぜこわすただ?』って断末魔みでえに。なんぞ、この世に未練でもあったぬかね?」

「あの。お話中すみません」今井が話しかける。徳山に話しかけたようにも、小島に話しかけたようにも見える。見ればもう一人のロードサービス、奥村が石を見て一人で首を傾げ唸っている。

 今井が言う。「あの石なんなんでしょうか?」

「いしぃ?なんだよ、レッカーさん。おん?なに?いしぃ?」

「これ、ちょっと見ていただきたくて」

 徳山と小島が奥村のところに行くと、たしかに石がある。

「すみません。おまわりさん。ここの地名って……」

「なに?レッカーさん。そんなことも知らねでよく来れたね」

「いや。カーナビで……」

「ここは、『すろこ』むらよ。気味わるいべ?逆から読んだら『ころす』だもん。子どものときね、ここらで逆立ちする遊びが流行っただよ。『ここで逆立ちしたら、ころすになる』とかバガなこつ言って。今はもう子どもの影も形もねえ死んだ村だけどぬ」

 今井が石の中でも立方体の大きな石を三つ指さす。それぞれ、「須」「呂」「子」とかろうじて読める字体で刻んであるのが分かる。

「おん?こんなんあったっげぬ?いや、なんか石碑みたいなんはどっかにあったはずぞ?これ、なんだろぬ」

 ちょうど日が暮れた。

 すると、それが合図みたいにして、石が震え出した。

「ぬんだ?ぬんだ?」

 たちまち、石の「須」「呂」「子」と刻んである三つの石の立方体が浮かんだかと思えば、ひとところに積み重なって上から読むと「子」「呂」「須」となった。

「なーんば。たぢのわりぃ、夢みてるみたいだね」

 徳山は平気で喋っているけれど、小島と今井と奥村は、言葉を失っている。そして、ここにいてはならないという直感、それだけは確かだった。三人はレッカー車に乗り込む。だが、今井がエンジンをかけようとしても、かからない。レッカー車からガソリンが垂れている。

 徳山、おもむろにタバコを取り出し、ライターを使う。その一連の動作で、道に垂れ流しになっているガソリンにライターで火をつけた。

 小島と今井と奥村は慌ててレッカー車を飛び出す。レッカー車は燃え、宅配のトラックにも火が燃え移り、レッカー車とトラックは爆発した。それから、徳山は自分が乗ってきたバイクも横倒しにし、火をつけている。

 小島が徳山に言う。「な。なにしてるんですか?あなた、警察じゃないんですか?」

「なんぜこわすただ?」

「は、はい?」

「なんぜこわすただ?」

「だから、なんですか?」

「なんぜ、この祠を壊すてしまったのかと聞いている!」

「な、なんでって、こんなところに祠があるなんて」

 今井が割って入る。「これ、祠なんですか?」

「そだよ。あのね、言い伝えがあんの。すろこ村は昔ね、いっとき、赤ちゃんが立て続けに死んだ時期があったらしいのよ。まあ、昔は医療が発達しでねから、赤ちゃんで死んでしまうことは多かったけど、なにやら、異常だど。それでね、当時の長老が、三人の若者をね、生贄にすることにしだっさ。逆さにしたまま柱にくくりつけて、一ヶ月放置。その石にはね、三人それぞれの遺骨を砕いて混ぜっこあるんだとよ。あ〜あ。すっかく、ね。茂木茂さんはそれから後に産まれたのに、お前が寝た子を起ごすから、死ぬ前に苦しんでしまったぞ?」

 徳山は、小島を睨んだ。

 小島、話が通じないとわかり、今井と奥村に目配せする。「逃げましょう」

 奥村がこの現場に来て初めて口を開いた。「無理ですよ。バイク、トラック、レッカー車、全滅です。ここから歩いて人のいるところまでなんて行けませんよ」

 今井も同調する。「そうだよ。さすがに一晩明かせば、私たちか小島さんの会社の人が不思議に思って駆けつけてくるはず」

 小島は恐ろしかった。この状況で、どうして今井と奥村は平気でいられるのだろうか、と。

 銃声が三つ立て続けに。

 徳山が、三人の足首をS&W SAKURA M360Jで撃ち抜いた。三人は片膝をつく。そして、耐えられず地を這う。

「あ〜。よがった。撃ち損ずなぐて。てめら、逃げられるど思うなよ?ちょうどええ、てめら、三人おるがら、ちょうど生贄になればよろしい」



 近くの林で、徳山は、小島と今井と奥村を逆さにし、それぞれ木に縛り付けた。

 徳山は笑っている。

「さ〜で。調子ええど、二時間で死ぬこともあるらしいど」

 小島が必死に今井と奥村に訴えかける。「明日の朝まで、なんとか持ち堪えましょう?」

 今井と奥村は黙っている。

「なんなんだよ、もう!」

「逃げてのはお前だけか?運ちゃん。お前が悪ぃんだど?お前さえ事故起こさねば、この二人もこうしで殺されるこつはながったし、俺も人殺しにならずに済んだのによぉ」

 小島は叫ぶ。「僕たちを殺すことが出来ても、骨を砕いて石に混ぜて、それでもう一回祠を作り直すなんて無理だ!」

「運ちゃん。ずいぶん物わかりがいいじゃないの?おらが、これからやろうとするごろ、ぜんぶわかるんかね?」

「くそっ。狂ってる。だって、生贄なんて、百年以上前のことでしょう?」

「まあ、もう赤ちゃんが死ぬとかどうとか、この村には関係のね話だけどね」

 小島が必死で話に食いつく。「そ、そうですよ。もうこの村で生贄なんかしても、子ども産む人なんかいないんでしょう?」

「運ちゃんの言うとおりだぬ」

 小島は少し気分が落ち着いた。交渉次第で助けてくれるかもしれない。

「まあ、世の中すんなもんよ。やる意味のね、仕事でメシ食って。食う必要のね、メシ食って。べつに、意味がなくでも、やらねばならぬ」

 小島は絶望した。



「おぉ〜い」という声が聞こえる。

 小島は首を横に振った。いけない、いけない。寝てしまったらたぶん終わりだ。頭に血がのぼってきているのもわかる。鈍っているのだ。そんな頭で耳を澄ます。

「ちょっとお〜。ダムゾンさん、まだ来ないの〜?」

 どうやら小島の宅配する予定だった荷物が届かないことに腹を立てたお客さんが、様子を見に来たというところだろうか。

 声の主が小島の前まで来たようだ。視界が逆さまで……いや、目にも血がたまってきてよく見えない。けれど、ようやく助かった。

 徳山は居眠りしているようだ。

「なんか、ウケる〜。動画回そうっと」

 小島は絶望した。



 ○○警察署刑事課の中村(なかむら)と栗山(くりやま)は、書類の束を片付けていた。

 栗山がおもむろにスマホを取り出して、何か動画を再生し始める。

「なに見てんだ?くり。仕事しろ」

「いいじゃないですか。あずっこちゃんの生配信の通知が来たんですよ」

「ニューチューブか?バカバカしい」

 栗山がスマホの音量を上げる。すると、「おい。てめ、なぬ撮ってんだ?おい、おめも生きて返すわけにはいかねど」などという声が流れた。

「うるさい。せめて、音量下げてくれ」

「ちょっと待って」

「なんだ?」

「これ、とくさんじゃないですか?」

「え?」

 中村、栗山のスマホを覗き込む。

「ほんとだ。なにやってるんだ」

 暗くてよく見えないけれど、目を凝らすと、画面には三本の木が映っており、その木々に人が逆さまにくくりつけられているのがわかる。

「あぁ〜。とくさん、ついに事件起こしちゃったか」

「起こしちゃったかじゃないよ、くり。これ、生配信されてるのか?」

 電話が鳴る。あちこちの電話が鳴る。

 中村、電話をとる。

「はい。生配信について。ただいま確認中です」

 栗山が言う。「大変なことになっちゃいましたね」

「言ってる場合じゃない」

「あ。消えた」

 動画がBAN されたようだ。

「場所わかるか?」

「あずっこちゃんの家の近く行ったことありますけど、たしか、須呂子だったと思います」

「行くぞ」



 中村と栗山が、○○署のセダンを降りようとしたが、大勢の人に囲まれて、降りることが出来ない。須呂子に行く途中で渋滞にハマったのだ。どうやら一連の事態につき、あずっこちゃんの生配信を見た視聴者が須呂子に向かおうとして、大挙してきたようだ。

「あずっこちゃんって、そんなに人気なのか?」

「い、いや、○○のアイドルではあるけど」

 さながらセダンの周りにいるのはゾンビのようだ。口々に「産まれる」「産まれる」と言っている。だが、彼ら彼女たちはどう見ても妊婦のようには思えない。

「な。なにが起こっているんだ?」

「なんかの、PRなのかもしれませんね」

「はあ?」

「町おこしってやつです」

 中村の無線が鳴る。

「こちら、刑事課中村。どうぞ」

「地域課の徳山巡査の件ですが」

「どうぞ」

「徳山巡査、意味不明。支離滅裂なことを言っています」

「でも、話は通じてるんですね。どうぞ」

「生贄を捧げなければなどと意味不明。至急、保護されたし」

「須呂子方面に向かっていますが、周りに多くの群衆あり。現場まで近づけません」

「群衆ですか?どうぞ」

「捜査車両、身動きがとれない状態。どうぞ」

「……ぜ…すた…」

「もう一度願います。どうぞ」

「な…ぜこ…すただ」

「聞き取れない。どうぞ」

「なんぜこわすただ」

「こちら刑事課中村。どうぞ」

「なんぜこわすただ」

 無線、混線して壊れる。

「おいおいおい。勘弁してくれ」

 セダンの周り、誰もいない。須呂子への一本道にただポツンとセダンが止まっているだけ。

「あれ。くり。今まで、この車、人に囲まれてたよな?俺が頭おかしくなったのか?」

「いや、あれ見てください」

 栗山が指さしたほうに、先ほどまでの人々が変わらず「産まれる」「産まれる」と言いながら列になって向かっている。

「あっちのほうに、とくさんたちいるのかもしれませんね」

 中村と栗山はセダンを降り、S&W SAKURA M360Jを手に取った。

「慎重にいくぞ。とくさん、おかしくなっちゃったらしい」

「とくさんは元からちょっと変じゃないですか」

「うるさい」



 セダンを囲んでいた群衆が林で木に登り始めている。異様な光景である。

「署は、とくさんを保護しろと?」

「あと、配信で映ってた三人も助けなきゃならんだろう」

 ようやく、二人は三本の木のところまで来た。男性と女性が倒れている。そして、三本の木に逆さでくくりつけられている三人。そして、木に登り続ける人々。

「遅かったか」中村が呟く。

「あずっこちゃん……」栗山も嘆く。

 中村、トランシーバーに手をやる。

「刑事課中村。どうぞ」

「○○署。どうぞ」

「徳山巡査、死亡。どうぞ」

 栗山が遮る。「ちょっと。ちょっと。逆さの三人を助けないと」

「そうだな」



 小島と今井と奥村の三人はのたうち回っている。

 再びトランシーバーの中村。

「こちら刑事課、中村」

「どうぞ」

「徳山巡査、死亡。ニューチューバーのあずっこちゃんを射殺して自殺をはかった模様。生存者を三名保護。救急手配願いたい。どうぞ」

「救急三台送る。どうぞ」

「それから」

 中村は林を見回す。大勢の人々が木に登り続けている。

「はぁ……。群衆が木を登っている状況。なにが起こっているのか、不明です。どうぞ」

「木を登っている?どうぞ」

「その通り。どうぞ」

「……ぜ……すだ」

 中村は溜息をつきながら、「なんぜこわすただですか?どうぞ」

「なんぜこわすただ」と言ったきり、トランシーバーの音消える。

 周りは木を登り続ける大勢の人々。

 その時、小さいのによく通る声が聞こえた。老人だ。

 中村、気づく。「あら。茂木茂さん。どうされました?」

 茂木茂は、90歳はどうやっても超えているであろうヨボヨボの老人である。背中も曲がっていて、しかし声は通るのだ。

「ここば、わしの土地じゃあね。なぬすようど勝手だぬ」

「茂木茂さん。だったら、大変ですよ?だって、これだけの人たちが、勝手に茂木茂さんの土地に来て、木に登ってるわけですから」

「木ぃに登っでる?わしは目ぇ悪いけぇ、よお見えんがのお」

 たしかに、中村が辺りを見回すと、もう木登りをする集団はいない。中村は頭を抱えた。違法薬物でも盛られたのかと己れの正気を疑った。

 近くで栗山に介抱されていた、小島が意識を取り戻す。小島は小島で意識がハッキリとしないものの、体にこびりついた恐怖からか立って逃げようとするので、栗山がそれを制する。

「急に立ち上がるとよくないです」

 中村は茂木茂に向き直る。

「茂木茂さん。すみません。いや、色々とありまして」

 中村、確認すると、徳山巡査とニューチューバーのあずっこちゃんの死体があるのは確かなようだ。

「茂木茂さん。申し訳ないんですが、あなたの土地で、殺人と殺人未遂が起こりまして」

「なんだ?はよ、出ていげ」

 そこで、小島が栗山に言った。「刑事さんですか?」

 栗山が頷く。「ええ」

「いま、あの人、茂木茂さんって言いました?」

「言ってましたね。茂木茂さんですし」

「いや。茂木茂さんって亡くなったって、おまわりさんが……」

「本当に?本当に徳山さんがそう言ったの?」

 小島と栗山の会話が聞こえていた中村。「なんぜこわすただ、とか言わないでくださいね。ああ。頭がおかしくなりそうだ」

「なんぜこわすただ」

「クソっ」

「中村さん。救急まだですか?」と栗山が来る。

 中村、今にもこと切れそうな今井と奥村を視認し、「くり。とりあえず、その男性に肩貸してやれ」と小島だけをとりあえず保護する決断をする。

 中村は、今井と奥村に対して「あなたがたも後で必ず助けに来ますから」

 こうして、中村と栗山と小島は林を離れる。



 もうすっかり燃えきってしまった、バイクと、トラックとレッカー車のところまで来た、中村と栗山と小島。もう夜明けが近いのではないかと思える。

「そ、そうだ!」と小島が大声を出したので隣で肩を貸している栗山は驚く。「びっくりした」

「こ、こ、これ。これ、見てくださいよ」と小島が祠を指さす。

 そして、中村と栗山も「子」「呂」「須」と書かれた重なっている石を認める。

「あれ。ここ、須呂子だろ?逆じゃんか」と中村が不思議がった。

 小島は口から泡を飛ばして言う。

「こ、この祠がすべての元凶です。この祠に僕のトラックが突っ込んだことで、あのおまわりさんとか、それから、なんか、林で蠢いていた人たちがいましたね?気配を感じていたんですよ。この『ころす』と積んじゃってるのを、『すろこ』に戻せば、なんとか、良くないことは終わるんじゃないかな、って、僕そう思うんですけど」

 中村は色々と諦めてこう言った。「小島さん。ちょっと座っててくださいね。くり。動かしてみるぞ」

 中村と栗山は二人で石を持つ。大人二人ならばなんとか持ち上がる程度の重さだ。そのあいだ、小島は、色々と恐怖を感じるので、焼け焦げたトラックの中に身を隠すことにした。

 中村と栗山により、「子」「呂」「須」を上から「須」「呂」「子」と置き直すことに成功した。

 重労働だったので、汗をかく中村と栗山。一息ついていると、もう夜明けをすぎて明るくなり始めた空が一瞬にして暗くなった。たくさんの老若男女の体が空から降ってくる。中村と栗山はたちまち押しつぶされた。

 トラックの中の小島は、トラックの天井に降ってくる肉体がぶつかる、グシャグシャドンドンという音が聴こえないように耳を塞いだ。

 トラックの周りは血の海。トラックの周りだけでない。この一本道を直径として円を描き、その内側を塗り潰したかのように血の海だ。

 林から徳山が出てくる。

 トラックに隠れ続ける小島。

「あんのさぁ。なんぜこわすただ、と思ったら、こんぞは、なんぜもどすただ、だな、こりゃ。こわすだり、もどすたり、そんな何遍もくりがえすものじゃ、ねだろぅ」

 いよいよ怖すぎて、もはや命を落とすことを悟った小島はトラックから出てきて足を引きずりながら、徳山の前に立った。足元は、死体の山と血の海。

「もう、ぜんぶ戻ったのでしょうか?」

「おん?どうだろね。だからよぉ。『すろこ』が『ころす』になったがよ。そいで、須呂子の人たちが木を登って、産まれようとしてだわげ。次のセガイへな。んところが、誰か知らねんけども、『ころす』を『すろこ』に戻したんだっぺよ?したらば、要は文字通りハシゴ外されたようなもんざね。落っこちてきちゃった」

「どの道、須呂子いったいの住人は、次の世界に行ってしまうはずだったと?」

「んまぁ、そうだいね。だけれども、こっちでおっ死んじまったら、もうどのセガイにも行けないやね。がわいそだな。なんまいだぶ、なんまいだぶ」

 そう言いながら徳山は、「須」「呂」「子」の石の前に立った。

「おい。運ちゃん。なにをぼうっとしどるか」

「な、なんですか?」

「もう一度、『ころす』に直すど」

「な、なんで?」

「なんぜってば、こごにごんなにシデイがあったらまずいんじゃないかよぉ」

「あ、ああ。死体を、次の世界へ送る、と?」

「んだね。べずに、つぎのセガイで生きがえるなんでうめえ話すはねえ。ただ、こっぢにこんなぬシデイが転がってっと、まんずいからよぉ」

 徳山と小島は二人で石を持ち、「須」「呂」「子」を上から「子」「呂」「須」に積み直した。

 するとどうだろう、まるでUFOが地上の動物を吸い上げるがごとく、大量の死体が空の彼方へと消えて行った。



 あの出来事から半年後。

 田舎が怖くなった小島は、東京に出て、親からの仕送りで毎晩飲み明かす日々を送っていた。

 居酒屋のテレビがニュース番組を映している。

 アナウンサーが喋っている。「××県○○須呂子村近辺で近隣住民など約500名が消息を立つという不可解な出来事が起こってから、今日で半年が経ちます」

 小島は恐怖がフラッシュバックし、ビール瓶をテレビ画面に投げつける。テレビ画面の液晶にヒビが入る。

 店主が飛び出してくる。徳山の顔をしている。

「なんぜこわすただ?」

 小島は店を飛び出す。

「な。なんなんだよ。もう、俺が死ぬまで、俺が壊れるまで許してはくれない、ってか?」

 路地裏を抜けると茂木茂老人が立っていた。

「なんぜこわすただ?」

 引き返して、地下鉄の駅構内へ。

 立ち止まると目の前に、今井が「なんぜこわすただ?」。

 踵を返しても、奥村が「なんぜこわすただ?」。

 到着した電車に乗ろうとすると、中村が立ち塞がり、「なんぜこわすただ?」。

 電車を降りようとするとホームに栗山が「なんぜこわすただ?」。

 駅改札を突破し、地上に出る。青信号。横断歩道を渡っていると小島、ダムゾンの小型トラックにはねられる。通行人が集まってくる。

「おい。救急車」

「運転手。なんで赤信号なのに突っ込んだんだよ」

 ダムゾンの小型トラックから降りてきて、ドライバーが言った。「飛び出してきたんだ」

「信号無視だろ」

「なんで、なんで?飛び出してきたんだ。信号も青だったんだ!なんで?」



 今井と奥村は病院にいた。

 あの出来事から五ヶ月後に両者意識を取り戻したのである。しかし、記憶が曖昧だった。両者片方の足首を撃たれ、長時間逆さにされていたものだから、心肺停止も寸前だったけれど、血の海だけが残った須呂子に手配された救急車で病院に運ばれたのだった。

 祠のある場所と林から、すべての死体は消えていた。残ったのはバイクとトラックとレッカー車の残骸と、血の海だけ。そして、「子」「呂」「須」の石の祠。令和最大の怪奇現象として、ワイドショーや週刊誌を賑わせた。

 そして事件から半年後に今井と奥村は別々に退院を迎えた。

 病院の玄関で、今井はすぐに奥村に電話した。

 奥村はすぐに出た。

 今井が「わかってるよな?」と言うと、奥村は即座に「はい」と言った。

 そして、今井と奥村は○○の駅で落ち合い、レンタカーを借りて、須呂子へと向かった。

 今井が言う。「『ころす』を『すろこ』にしないと、これは終わらない。そうだよね?」

「はい」と奥村も応じた。

 今井と奥村は、徳山と小島が石を積み替えて死体が降ってきたり、死体を空に送り返したりしているところを見ていないが、とにかく、石を積み戻さなければならないということは分かっていた。

 須呂子のあの一本道にある祠付近へとやって来ることが出来た。

 血の海はだいぶん薄れたけれど、まだ地面にこびりついた血の気配は完全には消えていない。現場にはたくさんの花が捧げられ、そして、行方不明になった者たちの写真が無数に置かれていた。

 祠の周りには、祠と周辺を三角で切り取るように、規制線が張られていたけれど、今井と奥村はツカツカと入ってゆく。

「よし。やろう。終わらせよう」どちらからともなく言う。

 今井と奥村は、二人して一つずつ石を持ち上げ、「子」「呂」「須」を上から「須」「呂」「子」に並べ替えた。

 特に何も起きなかった。

 今井は言う。

「これで、いいんだよな?」

 奥村も応じた。

「これで、この世と、おかしな世界との混線は閉じるはずだと思います」

「あっれぇ〜、なぬやっでんのぅ?ダメだよ〜、こご、いっぱじんたついりきんすだぞぉ〜」

 今井と奥村は身を固めた。徳山の声だった。

 徳山は規制線を持ち上げている。これからリングに上がるボクサーのためにロープを上げるセコンドのように。

「だっめ、だっめぇ〜。ん〜、でもぬ、レッカーさん。あんたたつがぬ、石をもどすてぐれたがら、たすかっただよ」

 規制線の外には大勢の人々。それは、半年前の失踪事件で消えた者たちに他ならない。祠を囲む規制線の内側と、外側でまったく別の世界のようだ。

 規制線の外側の大勢の人々の視線が一斉に祠の今井と奥村に向けられる。約500名から視線を向けられ、1000の瞳が二人に焦点を合わせていることになる。

 老若男女の彼ら彼女らは言った。手を叩いて踊り始める。

「あっりがとぬ〜ありがとぬ〜。われらのためぬ、命(たま)ささげ〜。おぬしらのことわすれはせぬぞ〜。あ〜りがとよ。ありがとよ〜」

 500人が息を合わせて一斉に歌う童歌は実に不気味であった。

 徳山が言う。

「おん。おれがらも礼を言わねど。げっきょくね、あの運ちゃんも死んだんだわ。そんでねえ、須呂子の人たちも全員帰ってごれた。ありがとぬ。刑事の中村と栗山。あれもこっつの人間だから、生かしておがねどね。茂木茂の爺さんはさすがぬ死んだよお。それでさあ、レッカーさん。運ちゃんとレッカーさんは、まあ、よそものだろぉ?だから、死(す)んでもらうごとになるけど、いいかなぁ?」

 今井と奥村、何か気配を感じ頭上を見ると「須」と「呂」と「子」の石が浮かんでいた。そして、それぞれ今井と奥村と徳山に落下し、彼らをグシャリと押し潰す。

 周りの人々は歌い続ける。

「あっりがとぬ〜ありがとぬ〜。われらのためぬ、命(たま)ささげ〜。おぬしらのことわすれはせぬぞ〜。あ〜りがとよ。ありがとよ〜」


【完】

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