いつものように、起きる。いつものように、歯を磨く。いつものように、服を着替える。そんないつもの日常は、私の中ではほんの数秒の出来事のようだ。
食べ物の袋やゲームの外装フィルム。散らかった服。新品の洗濯機は使い方がわからない。
私は一つのディスクを手に取る。それは、パソコンに挿入するタイプの、フルダイブゲームソフトだ。
「さて……。今日もバイトっと……」
衣服の海をかき分け、フルダイブゲーム機のダイブギアを手に取るとパソコン台に向かう。電源を入れてセッティングを終わらせると、ベッドに寝転ぶ。
「ゲームログイン」
意識が一気に引き込まれていく。いつも眺める電脳空間の映像。外部からの感覚は消え、ゲームの世界に入ったと自覚する。
今回遊ぶのは『バーチャルワンダーランド』というゲーム。どうやらサービス存続危機真っ只中らしい。その理由を解明すべく依頼された。
視界の中にウィンドウが開く。フルダイブゲームではよく見られるアバター設定画面だ。
私はプレイヤー名に『ルグア』と入力。決定を押してみたが、『既に使用されています』と表示され反映が確定しない。
使い慣れた名前なのに、一体誰が使っているのだろうか? とりあえず私は『ルクス』と入力して他のオプションをつけた。
見た目設定も終わらせてゲームの世界に入る。初期アイテムとしてある鏡。これでいつでも設定を変更できるらしい。
「ここが、問題のゲームか……」
私はステータス画面を開き確認をする。体力もメインステータスにも不思議な点はどこにもない。標準的な数値だった。
ステータス設定は異常なし。では他に問題があるのか? 最初の街を歩いて回る。周辺にはサーカス会場や、アトラクションがあった。
そんな建物にも不審な点はない。固定オブジェクトにも変な部分はない。どこもよくあるようなものばかりだ。
近くに木箱があって、触れると絵柄がブレる。これは壊せそうだ。私は初期装備の剣を左手で握り、切り裂く。木箱はパリンッというポリゴンが弾ける音とともに消えた。
その横には壺があり、これも壊せるのかと剣を振るが、こちらは破壊可能オブジェクトではないらしい。
視線を大通りに移動させた時。そこにはやけに賑やかな人だかり。そちらの方に向かうと、1人の男性プレイヤーがゴブリンと戦闘していた。
男性の容姿はどこかで見たことのあるようなシルエット。頭の上部には『ルグア』と書かれている。コイツが私のプレイヤーネームを……。
「ちょっといいか?」
目の前にいた見物人の群れを両手で払いながら、前へと突き進む。そこにはポールが並んでいて、その先には行けなくなっていた。
プレイヤーの上部には体力ゲージも表示される。彼の体力ゲージは残りわずか。ここでゲームオーバーになったら私の肩書きに汚名がつく。
タイミングを見計らって飛び込む。敵のレベルは万を超えていて、初期装備しかない私は不利。それでも今はコイツを救う。
『おい! あいつ正気か? まだレベル1の新入りが乱入してきたぞ!』
そう誰かが言った。多分私のことを指しているのだろう。剣を構える。敵を見据えて地面を蹴る。簡略化させたコマンドで速度を上げ。斬り込む。
単純な動きなのに、敵のHPゲージは3割ほど削れる。設定されたレベルにしては弱い。それは私だけが思っているのだろうが。
けど何故だ? 他プレイヤーは静かに見ているだけ。まあ、たかがゴブリンではただの雑魚だ。万を超えるレベルでも、雑魚は雑魚だ。
私は後方に回りこむとすれ違ったゴブリンの瞳がギラリと光った。来る! すぐさま剣でガード体勢をとる。
(まだだ。まだ――ここだ!)
敵の攻撃を溜めに溜め。一気に弾き返す。バランスを崩したゴブリンはその場に倒れ、さらに3割ほど削ることに成功した。
『あのルクスってやつの動き。どこかで見たことがあるぞ?』
『もしや、あの人が……、あのプレイヤーが……』
どうやら、みんな気付き始めたらしい。見物者の視線が痛い。だが、ここは切り抜けなければならない場面だ。
そんな中でもゴブリンは仲間を集め、私の行動範囲を狭めていく。これ以上増えたら正直困るが、これも予測済みだ。
広範囲攻撃を行うと、他プレイヤーに被害が出る。まずは敵の数の確認だ。
(10……15か……)
最初は1体しかいなかったが、かなり増やしてしまったらしい。その仲間ゴブリンもレベルが異常に高く。私の後ろにいるプレイヤーは腰を抜かしてる状態だ。
敵の武器は様々。剣は全て鉄製に見え、槍も鋭利に尖っている。弓兵も追加されて、陣営がフルメンバーだ。
「みんな! ここから離れろ!」
私は叫ぶ。しかし私を見守る人は食い付いて離れない。何かがおかしい。ゴブリンの攻撃を避けながら、観戦者を見る。
どこにでもいるようなアバター。だが、一部のプレイヤーは表情を変えず、目に光沢がない。これはもしや……。
(観戦者の大半がNPC?)
人間のような意思を持たず、同じ行動を繰り返すだけをプログラムされた、仮想人物。生身のプレイヤーがいないため、かさ増ししているのかもしれない。
魂のない作り物のキャラクターは、興味を失ったように離れていく。
見物人で残ったのは本物のプレイヤーだけ。後方で倒れる男性含めて5、6人くらいか?
ほんとうに過疎化しているんだなと、運営が藻掻く姿が目に浮かぶ。彼らが販売元の〝ゲーム研究部〟に連絡した理由。それはきっとこのゲームを手放したくないから。
ここは私が――
「ここから本番……。行くぞみんな!」