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第15話

数日後、鎮守村は不思議な静けさに包まれていた。


シラヌイ様っちゅう呪縛から解放された村は、しかし同時に異常な繁栄の源も失った。これからは厳しい現実と向き合わなあかん。


それでも村人たちの表情には、深い安堵とわずかな希望が見て取れた。


耀は崩落に巻き込まれて、懸命な捜索にもかかわらず発見されへんかった。彼が最後に何を言おうとしてたんか、もう誰にも分からへん。


ただ、彼もまた哀れな犠牲者やったっちゅうことだけは確かやった。


「あの…七瀬さん…ありがとうございました…」


あの村娘が頭を下げる。若い子やのに、もう年寄りみたいな疲れた顔しとる。


「私たち、ずっと間違ってました…」 

「ええんよ」深冬は微笑む。


「あんたらも苦しかったんでしょう。これからはみんなで、この村を立て直しましょう」


深冬は村人たちに高杉教授の研究資料と調査結果を託した。過去の過ちと正面から向き合うことでしか、真の再生はありえへん。


村を去る日。深冬の顔には戦いの傷跡と疲労、癒えぬ悲しみが刻まれとった。


しかし瞳の奥には、何か巨大なもんを乗り越えた者だけが持つ静かな強さが宿っとる。


首には妹の形見のロケットペンダント。その隣に、密かに拾ったシラヌイ様の石化した小さな欠片。


科学では説明できへんもん。そのおぞましくも哀しい存在を忘れず、重みを背負って生きていく。それが深冬の新たな覚悟やった。


黒猫ミドリがいつの間にか足元に寄り添って、翡翠色の瞳で深冬を見上げる。言葉はないけど、その瞳は多くを語ってるようやった。


深冬がそっと手を伸ばすと、ミドリは一度だけ、その手に頬を摺り寄せ、そしてまるで風のようにふっと姿を消した。その翡翠色の瞳の輝きだけが、いつまでも深冬の記憶に残った。


「ありがとう、ミドリ」


深冬は小さくつぶやいた。


※※※


数年後。考古学者として「忘れられた伝承」を研究し続ける深冬の元に、一通の手紙が届く。


差出人不明。懐かしい匂い…線香の匂いや。


震える手で開封すると、鎮守村の復興を伝える短い文面と、一枚の写真。ミドリの子孫と思われる子猫たちが陽だまりでじゃれ合ってる。


手紙の最後は、ただ一言。


『あなたは、まだ監視されているのかもしれません』


あるいは——


『新たな"芽"が、またどこかで見つかりました』


深冬は手紙を机に置いて、雨上がりの青空を見上げる。コーヒーカップを両手で包んで、温かさを確かめる。


彼女の戦いは、まだ終わってへん。


いや、これからが本当の始まりなんかもしれへん。


でも、もう一人やない。小春の記憶と、恩師の教え、そして村で出会った人たちの想いが、いつも心の中にある。


「今度こそ、誰も失わせへん」


深冬は窓の外を見つめながら、静かにつぶやいた。



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