夕日に映える茶髪が金色に光っている。
あいかわらず
西日が差す二年一組の教室で、三組の女子美月ちゃんと一組の男子ヒロくん、僕こと
いつもつるんでいる、幼馴染の高校生三人組。
美月ちゃんは友人からのメッセに返事を書きながら、僕とヒロくんの話を聞くとはなしに聞いている。
「薫さ、ラブコメとか読む?」
ラブコメとは、ヒロくんにしては珍しい。
「アニメは見るけどラノベは読まないかな」
「でさ、美人の女教師に男子生徒がぐいぐい行って旨くいくみたいなのあるだろ?」
「あるね。それが?」
「不公平だろー」
いったい、何の前振りなんだ?
美月ちゃんがスマホを見たまま、話に絡んできた。
「あー、男教師に女生徒だとダメとか、そういう意味?」
「そう! それなんよー。男教師から女生徒にだと、もっと許されないてのもさ」
「確かに。女教師に迫られる男子とかは、許されてる感あるわー」
「実際やると、どれもダメだと思うけどね」
「バカか薫、創作と現実いっしょにすんな」
「ま、普通の人のほうがよっぽど現実に創作見ちゃってるけどねえ」
「美月って、そういうとこ結構クールに見てるよな」
「で、
話の本筋じゃないって美月ちゃんも察したのだろう。焦れてずばりとヒロくんに聞いてきた。姉御肌の美月ちゃんらしい。
ヒロくんは美月ちゃんに気圧されたのか、言い淀んで俯いた。
あれ? 耳が赤い。
「
「ここ告ぅ……は?」
あんまりな話に、僕はすっかりどもってしまう。
「ラブコメみたいにさ……ぐいぐい行ってみたわけよ……」
「浩史……マジ?」
美月ちゃんの言葉がクールに突き刺さる。
「マジ……いや、普通にフラれたけど……あーっ、きちい……」
あ、フラれたんだ……ヒロくんには悪いけど、僕はホっとした。
美月ちゃんは……すごく不機嫌そうにヒロくんを睨んでる。
「……カつく」
「え?」と、ヒロくんは美月ちゃんの豹変に驚いた。
ヒロくん、鈍いからなあ。
「ムカつくって言ってんの! あたし……帰るっ」
差し込む西日が美月ちゃんの横顔を照らしだす。
バンっと机に手のひらを叩きつけ、美月ちゃんは立ちあがった。
金色に光る後ろ髪がふわりとなびく。
鞄をひっつかみ逃げ出すようにして、美月ちゃんは教室を出ていった。
憂えた目元で、夕日を弾く悲しい宝石が儚く光った。
ヒロくんは呆然として、美月ちゃんが消えた教室の扉を眺めている。
「美月ちゃん、泣いてたね」
「え? マジで? いや、でも、なんで?」
やれやれ、ヒロくんの鈍さは筋金入りだ。
「ほらヒロくん、追いかけようよ」
「追いかけるって、どこへ?」
「いつものとこ」
僕らは急いで帰り支度を済ませると、美月ちゃんを追って校舎を飛び出した。
§
薄暗い店内、赤い壁に小部屋が並ぶ廊下を歩いて、僕らは受付で教えて貰った六十九号室を目指していた。僕らはなじみの客だから、怪しまれることもなくすぐに美月ちゃんのいる部屋を教えて貰えた。
今頃、ヒトカラしながら美月ちゃんはストレス発散に励んでいるに違いない。
六十九号室に着く手前から、やけくそな歌声が漏れ聴こえた。
涙交じりの声だけど、美月ちゃんは相変わらず歌がうまい。
「ほら、ヒロくん先に入って」
「え? やだよ、薫が開けてくれよ」
「ヒロくんが悪いんだから、ちゃんと謝るんだよ」
渋い顔をしながら、ヒロくんがカラオケボックスの扉を開けた。表情からして、まだ自分が何をやらかしたのかを、分かっていないらしい。
「やっぱ、ここにいたか」
「発散するっていったら、とりあえず僕たちここばっかりだからね」
僕らに気がついた美月ちゃんが、マイクを握ったまま扉の方に振り向いた。
涙で化粧が流れて無残なことになっている。
「うわっ、ひでえ顔」
ヒロくん、火に油だよ……。
「見んなっ馬鹿クソっ帰れ、独りにしろっ!」
あーあ……怒っちゃった。
「どうしたんだよ美月、急に出て行っちまうから心配しただろ」
美月ちゃんはマイクを握り締めたまま、大音量で声をぶつけた。
「お前のせいだろ、だろ、ろぅ……!」
たっぷりエコーを含ませて、怒りの声が木霊する。
「え、あ、俺? いや意味わかんねえし」
「あたしがお前のこと好きなの知ってて、なんであんな女に告ってんだよっ! バカしねくそアホっうんこ浩史っ」
いくらなんでも下品すぎるよ美月ちゃん……仕方ないけど。
「あーあ、ヒロくん、鈍いからなあ」
僕は目を細めて、じろりとヒロくんの顔を覗き込んだ。
さすがのヒロくんも、ようやく事情を察したらしい。そうだよヒロくん、これは全部キミのせいなんだ。
「いや、だって、美月、俺のこと男として見てないというか……え、ん、えぇ?」
「ヒロくんて、ホントに女心が分からないんだねえ」
とはいえ、ヒロくんの鈍さはもちろんだけど、美月ちゃんのツンデレぶりもよろしくない。ちゃんと言わないと、ヒロくんには伝わらないよ美月ちゃん。
「もう、しょうがないって諦めてたとこなのに、よりにもよって……」
キーンとスピーカーからハウリングの音が響いた。
美月ちゃんはマイクをソファに投げ捨てると、ヒロくんの胸に飛び込んで、大泣きしだした。
両腕を垂直にピンと張ったまま、ヒロくんはぼっくいみたいに固まって、美月ちゃんの身体を受け止めている。
でも、顔はどうやらまんざらでもないといった風だった。
おずおずと、ヒロくんは謝罪の言葉を口にする。
「いや、マジでごめん……よく考えれば、いろいろ脈はあったと思うけど……」
「じゃあさ、ちゃんと、あたしのこと、好きになってよ」
「いや、でも、なんか乗り換えるみたいで、そういうの、良くないって」
「あたしはそんなの気にしない。浩史のことずっと大好きだったから」
「……いい……のか?」
なーんかすっかり、いい雰囲気になっちゃった。
ふたりとも、瞳を潤ませちゃって、見つめあってる。
「僕、飲み物取ってくるねー」
なんだかいたたまれなくなったから、二人を残して僕は部屋を出ていった。
§
「はぁ……」
ドリンクバーの列を待ちながら、大きくため息をついた。
僕の前でドリンクを注いでいた男の子がいなくなる。
グラスを三つ用意した。
このグラスが、とうとう一つになる日が来たのかな?
ウーロン茶とオレンジジュースとミネラルウォーターを注ぎながら……僕の手は、震えていた。
ちょっと、目頭が熱くなっている。
まあ、いつかこういう日が来るとは思ってたけどさ……男二人、女一人の仲良し三人組じゃ、誰か余っちゃうもん……。
飲み物の入ったグラスをトレイにのせて、とぼとぼと六十九号室に戻った。
気が重いったら、ありゃしない。
§
明るい歌声が、扉の奥から聞こえてきた。
デュエット曲らしい。
昭和歌謡の三年目に浮気がどうとかいうやつだ。
僕らが生まれるずっと前の流行歌。
これから付き合おうっていうのに、それでいいの? ま、いいか。
気を取り直して、明るい顔を作り、僕は扉を開けた。
ヒロくんと美月ちゃんは、肩寄せ合って一つのマイクで一つの曲を歌っていた。
もうすっかり、仲睦まじい恋人同士って感じだ。
僕はどうやら、お邪魔だね。
「ごめん、僕、用事あるんだ。先に帰るね」
千円札を一枚置いて、部屋を出た。
ヒロくんと美月ちゃんは、ろくに僕を見もしなかった。
§
カラオケボックスに二人を残してから、僕の足は鉛みたいに重いまま。
繁華街のビルの奥、コンクリートの谷間に沈んだ夕日の名残が目に痛い。
東の空はすっかり闇に溶けていた。今の気分にぴったりだ。
「はあ……お幸せに、か。僕の恋も、終っちゃったかあ」
スマホを取り出して写真アプリのアルバムを開いた。
『ヒロくん』て名前の大切なアルバム。
たくさんあるヒロくんの写真を少しだけ確かめた。
スマホのガラスに塩水がぱたぱたと落ちていく。
アルバムのアイコンを、長押しした。
削除のボタンを見つめる。
押した。
「削除しますか?」と、余計なことを聞いてくる。
「はい」と呟きながら、数百枚あるヒロくんの写真にお別れした。
立ち直れるのは、いつになるかな……。
立ち直れたら、またちゃんと友だちになろう。
なれると、いいな。
空を見上げた。きらりと星が輝いている。
ひときわ光る星に届けとばかりに力を込めて叫んだ。
「あーっもうっ、僕も彼氏が欲しいーっ!」
街行く雑踏の中に僕の願いが消えてゆく。
幾人かの人たちが振り向いた。
「おお少年! がんばれよーぅ」
どこからともなく、酔っ払いの声援が聴こえてきた。
<了>