(チギリ ノ サカズキ……?)
この数年間、長期休みの時に訪れて初めて知った言葉だった。
内容を、もっと知りたかった俺は、聴覚を鋭くし聞く耳を立てる。
この言葉に、会話していた相手が「佐藤さん、ダメですよ。ここで話すのは。禁忌として……」と慌てて止めに入る。そんな相手に佐藤は「かまいやしねぇよ。この大音量の曲じゃ誰も聞こえていねぇよ」とケラケラと笑いだした。
「そ、それに、神龍時さんのご長男には分家に〈許嫁〉がいますからね、佐藤さん」
(………………イイナズケ?)
この言葉に、この単語に、俺の頭の中が真っ白になった。
先ほど初めて知った、チギリ ノ サカズキの存在よりも衝撃的な内容だったからだ。
今日まで一緒に住んでいて、知らなかった事実に胸の奥から吐き気が込みあげてきた。これから、海里を手に入れようと矢先に知った情報に腹を殴られたような感覚、というべきか━━…
その上、先ほど思い出した、初恋という感情。
その相手は同性。しかも、血の分けた兄弟に対してにだ。
「……ん?そうだっけか??分家……分家だと………」
「ほら、分家に竜泉寺さんがいらっしゃるでしょう?そこのお嬢さんですよ」
「あ、あ~、いたな!確か、年三つ離れた娘が」
「そうです、そのお嬢さんですよ。確か……トモエさんという名前だったような……」
「あ、あぁ~、はいはい。思い出した!十年前に神龍時の本家で長男と顔合わせしたあの娘かっ!!」
「ええ、そのお嬢さんですよ。今は、神奈川にご両親と住んでいるみたいですが」
(トモエ。……リュウセンジ トモエって女がきっかけだろうな。だから、あの人は俺の記憶の一部を消したってことか………)
記憶操作された理由も分かった今、無性にやるせない気持ちに縛られる。
ましてや、俺が信頼していた相手には特に。さて、これからどうするか……と策を練ろうと気持ちを切り替えようとしている中でも、隣にいるおっさん達の会話は続いた。
「へぇ~、」と興味なさげに相槌する佐藤という小太りのおっさん。そして何を思ったのか、
「それじゃ、数年後に許嫁同士で此処で式を挙げるってことだな。そうなると、この神社で古くから伝わる伝説の儀式、〈契りの盃〉を交わすってことだな」
「まぁ……そうなりますね。佐藤さん、この公共でその話は……」
「だから、大丈夫だって!ほら、見てみろ。周りは、目の前の舞いに夢中だ。それよりよ………この本殿に納められている〈盃〉に神酒を入れて二人で飲み干すんだろ?確か、その後に━━……」
陽気に話を続ける佐藤。その内容を聞くと、隠された禁忌のモノだった。最後に、
「その儀式を最後までした二人は、どんな呪術でも、邪魔されても、永遠に結ばれるって話だろ?同性でも、な」
この言葉に、口元がにやけてしまった。
周りに気づかれないように咄嗟に片手で覆う。それは、胸の奥にふつふつと湧いてきた欲を周りに悟られないように。
海里を手に入れる希望が見えた今。昔、記憶消去したヤツなんか、もうどうでも良くなった……。思い出したなら、こっちのモノだからな。
相手がその気なら、どんな手を使ってもアイツを手に入れるまでのことだ。
「海里は、━━━俺のモノだ」
〈蜜毒の愛 ~今宵も、弟は俺と禁忌を犯す~ 嵐の過去前編より〉