義兄の怪我が治って少し経った頃、屋敷に再び銘座がやって来た。
さやかが銘座の来訪を聞いたのは庭で畑仕事をしていたときで、さやかは戸惑いながら家人に返す。
「今日はお兄ちゃんが不在だから、そう伝えて」
「「知っている」と仰いました……。お嬢様にお会いしたいと」
家人の言葉に、さやかの戸惑いはますます濃くなった。
長い間、さやかも銘座も互いを避けていた。さやかは銘座が恐ろしかったし、銘座も義兄を絶対視してさやかに近寄ろうとしなかった。
ただ、銘座はさやかを虐めたことはなく、兄妹という意味では義兄と同じだ。銘座がさやかに会いたいと言ったら、さやかが拒絶するのは銘座に悪かった。
さやかが着替えて客間に入ると、銘座は窓辺に立って庭を見ていた。
警護人としての訓練も積んでいる銘座は、その屈強な体躯がさやかには怖かった。顔立ちは義兄にそっくりで端正な作りをしているのに、その目つきはまるで猛禽類で、身にまとう空気も只人とは違う。
銘座は入ってきたさやかをちらと見て、無表情のまま言う。
「庭仕事をしているのが見えた。土いじりが好きだと聞いてる」
「……うん」
答えるさやかの声は、消え入りそうに小さかった。兄妹とはいえ、ほとんど話したこともないのだ。
さやかは銘座の向かいのソファーに座ろうとして、銘座に制される。
「外で話そう。庭が好きなんだろ」
そう言って、銘座は先に立って歩き出す。さやかもそろそろと後に続いた。
天気は薄曇りで、雨までは降っていなかったが、どこか閉塞的な昼下がりだった。隣を歩く、長い間疎遠だった兄妹の存在もあって、さやかには息苦しかった。
銘座はさほどの感情をこめずに、さらりとさやかに言葉を投げかけた。
「兄さんに訊かれた。「さやかに触れたか?」と」
さやかは息を呑んで、首を横に振る。
「ご、ごめんなさ……! お兄ちゃんに、すぐ、違うって言う……!」
「必要ない。俺は「子どもの頃に抱きしめた」と言って、兄さんも「そうだったか」と」
さやかはそれを聞いて少し安心したものの、自分の不用意な一言が迷惑をかけたかもしれないと反省する。
「ごめんなさい……」
謝罪の言葉を繰り返したさやかに、銘座は足を止めた。
自然とさやかも足を止めることになる。めいざ、とさやかがつぶやく直前、彼はその大きな手でさやかの肩を掴んで顔を近づけた。
「……お前はどうしたら俺のものになる?」
さやかは一瞬、首を絞められたかと思った。それくらい、銘座がさやかを掴んだ力は強かった。
「砂糖がけのように甘やかせば俺が好きになるか? ……どうだ、さやか」
さやかは首を横に振って後ずさろうとした。けれど庭の生垣に背中をぶつけて、退路を塞がれたことに気づく。
さやかはせり上がって来る恐怖のままに、銘座に訴える。
「めいざ、どうした……の? 私なんて情けない妹、視界に入れるのだって嫌がってた……でしょう? お願い、放って……」
もうだめと思ったとき、さやかは失禁していた。さやかはしゃがみこもうとして、それを銘座は抱え上げる。
「さやか。……さやか、かわいいな、お前」
銘座はさやかの頬に口づけて、まるで悪事を打ち明けるようにささやいた。
「どうしようもなく弱くて、みっともなくて……たまらなくそそる。ここが兄さんの屋敷でなければ、濡れた股を今すぐ見てやるのに」
さやかは銘座の脅迫と抱擁を受けながら、一番身近にいた加虐者の存在に戦慄していた。
逃げたいと思うのに、体は恐怖で凍り付いて動かない。その理由は薄々気づいていて、銘座がそれを口にしたことで確かなものになった。
「兄さんは俺を黙認するよ。……危険の多い業界だ。自分に何かあったときに、俺にお前を任せる可能性を考えているんだろう」
さやかは体をひきつらせてつぶやく。
「そん、な……」
「事実だよ。現に、こうして二人で会っていても兄さんは何も言わないだろう?」
銘座はふと艶やかに笑って、愛の言葉に似た脅迫をさやかの耳に吹き込む。
「逃げようなんて思わないことだ。……お前が泣くと、もっと虐めてやりたくなる。なあ……さっちゃん?」
最後にさやかにささやいた声は義兄とあまりにそっくりで、さやかの全身が凍り付いた。
いつか……お兄ちゃんは自分を銘座に譲る? その想像が、さやかの視界を真っ黒に塗りつぶしていく。
さやかの体からふいに力が抜けて、崩れ落ちる。
「……かわいいのな、さやか」
銘座は意識を失ったさやかを抱き寄せて、お気に入りの人形にするように頬を寄せた。