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15 若頭と小鳥の迷い道

 義兄の怪我が治って少し経った頃、屋敷に再び銘座がやって来た。

 さやかが銘座の来訪を聞いたのは庭で畑仕事をしていたときで、さやかは戸惑いながら家人に返す。

「今日はお兄ちゃんが不在だから、そう伝えて」

「「知っている」と仰いました……。お嬢様にお会いしたいと」

 家人の言葉に、さやかの戸惑いはますます濃くなった。

 長い間、さやかも銘座も互いを避けていた。さやかは銘座が恐ろしかったし、銘座も義兄を絶対視してさやかに近寄ろうとしなかった。

 ただ、銘座はさやかを虐めたことはなく、兄妹という意味では義兄と同じだ。銘座がさやかに会いたいと言ったら、さやかが拒絶するのは銘座に悪かった。

 さやかが着替えて客間に入ると、銘座は窓辺に立って庭を見ていた。

 警護人としての訓練も積んでいる銘座は、その屈強な体躯がさやかには怖かった。顔立ちは義兄にそっくりで端正な作りをしているのに、その目つきはまるで猛禽類で、身にまとう空気も只人とは違う。

 銘座は入ってきたさやかをちらと見て、無表情のまま言う。

「庭仕事をしているのが見えた。土いじりが好きだと聞いてる」

「……うん」

 答えるさやかの声は、消え入りそうに小さかった。兄妹とはいえ、ほとんど話したこともないのだ。

 さやかは銘座の向かいのソファーに座ろうとして、銘座に制される。

「外で話そう。庭が好きなんだろ」

 そう言って、銘座は先に立って歩き出す。さやかもそろそろと後に続いた。

 天気は薄曇りで、雨までは降っていなかったが、どこか閉塞的な昼下がりだった。隣を歩く、長い間疎遠だった兄妹の存在もあって、さやかには息苦しかった。

 銘座はさほどの感情をこめずに、さらりとさやかに言葉を投げかけた。

「兄さんに訊かれた。「さやかに触れたか?」と」

 さやかは息を呑んで、首を横に振る。

「ご、ごめんなさ……! お兄ちゃんに、すぐ、違うって言う……!」

「必要ない。俺は「子どもの頃に抱きしめた」と言って、兄さんも「そうだったか」と」

 さやかはそれを聞いて少し安心したものの、自分の不用意な一言が迷惑をかけたかもしれないと反省する。

「ごめんなさい……」

 謝罪の言葉を繰り返したさやかに、銘座は足を止めた。

 自然とさやかも足を止めることになる。めいざ、とさやかがつぶやく直前、彼はその大きな手でさやかの肩を掴んで顔を近づけた。

「……お前はどうしたら俺のものになる?」

 さやかは一瞬、首を絞められたかと思った。それくらい、銘座がさやかを掴んだ力は強かった。

「砂糖がけのように甘やかせば俺が好きになるか? ……どうだ、さやか」

 さやかは首を横に振って後ずさろうとした。けれど庭の生垣に背中をぶつけて、退路を塞がれたことに気づく。

 さやかはせり上がって来る恐怖のままに、銘座に訴える。

「めいざ、どうした……の? 私なんて情けない妹、視界に入れるのだって嫌がってた……でしょう? お願い、放って……」

 もうだめと思ったとき、さやかは失禁していた。さやかはしゃがみこもうとして、それを銘座は抱え上げる。

「さやか。……さやか、かわいいな、お前」

 銘座はさやかの頬に口づけて、まるで悪事を打ち明けるようにささやいた。

「どうしようもなく弱くて、みっともなくて……たまらなくそそる。ここが兄さんの屋敷でなければ、濡れた股を今すぐ見てやるのに」

 さやかは銘座の脅迫と抱擁を受けながら、一番身近にいた加虐者の存在に戦慄していた。

 逃げたいと思うのに、体は恐怖で凍り付いて動かない。その理由は薄々気づいていて、銘座がそれを口にしたことで確かなものになった。

「兄さんは俺を黙認するよ。……危険の多い業界だ。自分に何かあったときに、俺にお前を任せる可能性を考えているんだろう」

 さやかは体をひきつらせてつぶやく。

「そん、な……」

「事実だよ。現に、こうして二人で会っていても兄さんは何も言わないだろう?」

 銘座はふと艶やかに笑って、愛の言葉に似た脅迫をさやかの耳に吹き込む。

「逃げようなんて思わないことだ。……お前が泣くと、もっと虐めてやりたくなる。なあ……さっちゃん?」

 最後にさやかにささやいた声は義兄とあまりにそっくりで、さやかの全身が凍り付いた。

 いつか……お兄ちゃんは自分を銘座に譲る? その想像が、さやかの視界を真っ黒に塗りつぶしていく。

 さやかの体からふいに力が抜けて、崩れ落ちる。

「……かわいいのな、さやか」

 銘座は意識を失ったさやかを抱き寄せて、お気に入りの人形にするように頬を寄せた。

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