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ノーマンズ・コード
ノーマンズ・コード
現代ファンタジー異能バトル
2025年05月25日
公開日
9.8万字
連載中
異界と地球の接続により発生したエネルギー体「アストラルギー」。これにより、一部の人間は「異能」と呼ばれる特殊能力を得た。 ――果たしてその力は、人類の進化か、破滅への道か。 国際異能管理機構WHITEは、異能者の監視と管理、平和維持を使命とし、異能犯罪、反乱、そして異界の脅威に対抗するために設立された機関だ。 真田団は、異能を持たないにもかかわらずWHITEの特殊事案対策局にスカウトされた高校一年生の少年である。 正義感に突き動かされる団は、異能を恐れず、時に異能者たち以上の熱量で任務に飛び込む。その姿勢は賞賛と同時に、危うさを孕んでいた。 仲間たちと共に、団は数々の事件を解決していく。だがその裏で、異能による世界の再構築を目論む組織「イマジン」が動き出していた――。 ▷主な登場人物 ・真田 団(さなだ だん) 「悪いやつだから倒す、捕まえる」といった正義感に突き動かされる少年。異能を持たないが、素の身体能力が高く、恐れ知らず。 様々な異能犯罪を通して、正義とはなにか、悪とは何かを学び、やがて葛藤していくことに。 ・渡井 右京(わたらい うきょう) 熱エネルギー操作の異能を持ち、周囲の熱エネルギーを下げたり上げたりして氷や霜を作り出したり、灼熱の熱さを再現する。 性格は冷徹で基本的に他人のことは我関せず。団の強さに対しては興味を抱いている様子。

第1話

 ギイ、と風で誰も乗っていないブランコが揺れた。滑り台とブランコしかないような小さな公園だ。いつもは子どもたちの歓声で溢れるこの場所も、夜の帳が降りた今は静まり返り、ブランコの音だけが虚しく響いていた。

 ただ一人、古びたベンチに背を預け、物憂げに空を見上げる男を除いては。


 真田さなだ だんは、スクールバッグからペットボトルの水を取り出し、ひと口飲んだ。ギイ、と再びブランコが揺れる。

 友人らに捕まり、帰宅が遅くなった旨を母親に連絡しながら、近道であるこの公園を通り抜ける。

 右耳にだけ差し込んだイヤホンからは、数時間前に銀行強盗事件が起きたというラジオニュースが流れていた。

 犯人は依然逃走中、グレーのスウェットに黒のズボン、目出し帽を被った細身で背の高い男――。

 団はすぐさま手を伸ばし、ベンチに座っていた男の腕を掴んだ。咄嗟のことで、ばしゃりとペットボトルが手から滑り落ち、中の水が砂を濡らす。そんなこともお構い無しに、団は男を見つめた。

 目出し帽こそ被ってはいなかったが、その他の特徴は全て当てはまっていた。

「ぁあ!?」

 突然のことに、男は団の腕を振り払おうと藻掻く。しかし掴まれた手首はびくりとも動かず、苛立ったように舌打ちをすると、男は反対の拳を団の顔目掛けて振り上げた。

 団が軽く片手でそれを弾くと、男はさらに激昂した様子を見せる。

「クソッ、離せクソガキ! テメェホワイトの人間か!?」

「……おじさん、悪い人だろ」

 ぎり、と男の手首が軋む。男は痛みと焦りで顔を歪めたが、団は飄々とした態度で「このまま俺と警察に行こ」と腕を引っ張った。

「捕まる訳には……」

 ざらり。微かな音と共に、無数の茶色い粒子が男の手のひらに集まり始める。意志を持つかのような砂の動き。団が不審に眉根を寄せると、男は手のひらを団の目の前に向けた。

「いかねぇんだよ!!」

 男は砂を塊にして勢いよく飛ばす。砂埃だと団が驚く間もなく、砂の塊は途端に飛び散る。団の顔の前で砂粒が容赦なく舞いあがり、視界を真っ白に覆った。咄嗟に目を瞑り、息もままならないほど煙のように降り注ぐ砂嵐の中、団は口元を片方上げる。

「――おじさん、異能力者だったんだ」

 目くらませのつもりだったのだろう。だがしかし、団はお構い無しに掴んだ男の腕を強く引っ張ると、男との距離を無理矢理寄せた。ぐんと前のめりに引っ張られる男に勢いをつけ、そのまま思い切り頭突きをかます。

 しかし、男の額とぶつかる前に、腕に掴む感触と共に霧散した。男の身体が崩れるように砂と化し、その粒子が地面を泳いで逃げていく。その先で、再び人の姿へと戻る。

「!」

 息を飲む団とは対照的に、男は蛇が這うように笑った。

「……俺は捕まらない……捕まらないんだ……お前なんか殺して逃げ切ってやる……」

 男はブツブツとそう零し、右腕を高く掲げる。そうして指を鳴らした瞬間、周囲の砂がうねるように蠢いた。

 やがてそれは形をなし、地面から砂の蛇が立ち上がり団へと一気に襲いかかってきた。

 団は肩にかけたスクールバッグを放り投げて跳び退り、背後の遊具の陰へと飛び込む。

「っわ」

 砂が地面を抉りながら、執拗に団を追う。本物の蛇のようにヌメりとした動きだが、どこか機械的で、男の意思が無理やり形を与えているようだ。

 ――あの動き……アイツが操ってるのか?

 うねり、とどろく蛇は、団への攻撃をやめて男の元へと向かう。そうして男は、砂の流れの中に、消えた。

 襲いかかる砂の蛇の攻撃を避けていれば、「逃げても無駄だぞ」と男の声が風に乗って響く。

 やがて蛇は再び砂に戻り、今度は突然、足元から砂の槍が伸びてきた。団はギリギリでそれを回避し、空中でくるりと回転し身をよじる。なんとか着地すれば、男が砂の中から腹立たしげにこちらを睨んでいた。

「砂を操って、自分も砂になれる……ってとこか」

 あいにくとここは公園だ。砂はたくさんある、団には分が悪い。

 なにかないか、と考えあぐねていると、ふと買ったばかりの水入りペットボトルの存在を思い出した。男の腕を咄嗟に掴むため、ペットボトルの蓋を開けたまま地面に落としてしまったのだったが……。

 団は、先程の場所へと視線を移す。

「……ビンゴ」

 確信に満ちた笑みを浮かべる。

 ペットボトルの転がった地面。その周囲には、こぼれた水を吸い込んだ砂がぐしょりと重たく沈んでいた。

 風に煽られてもその部分の砂だけは飛ばず、沈黙している。――つまり、濡れて固まった土や泥は、奴には操れないということ。

 団は視線を走らせ、公園の奥、砂場の端に設置された水道蛇口を見つけた。あれなら、充分だ。

 男が再び砂に紛れ、砂の蛇が再び這い寄る中、団は身を翻して駆け出した。

 蛇は追いすがるが、団は小柄な体を活かして遊具の上や植え込みをすり抜け、攻撃をかいくぐる。

 男はその様子に苛立ちを募らせていた。

「ちょこまかと逃げやがって!」

 だが団は、にやりと笑いながら言い返す。

「逃げてないよ、おじさん。誘ってんの」

 駆け込んだ先———団は水道の前に立った。手を伸ばし、蛇口を勢いよくひねる。

 途端に、勢いよく水があふれ出す。そのまま蛇口を全開にし、その出口を手で覆い水の流れを操る。

「なっ、」

 そして団は、辺り一面の砂を水で濡らして行く。不規則に飛び散る水が、砂の蛇にもかかった。

 砂の身体が一部、ぐしょりと固まる。乾いた粒子が濡れて粘り、重く沈み、意図した形に変形できないようだ。

「んっだコレは! クソっ」

「さらさらの乾いた砂しか操れないみたいだね、おじさん」

 団はそう言いながら、水を四方八方に撒き散らす。

 地面の砂はすでにびしゃびしゃに濡れていて、男は濡れたそばから人間の身体へと戻っていた。どういう原理か団には分からないが、濡れた砂とは一体化出来ないようだ。そして、男自身も濡れた状態だと砂にはなれない。

 団は好機だと、男へと目掛けて飛び込んだ。その勢いのまま、ご、と頭突きをかます。先程は効かなかったが、今度こそおでこに衝撃が走った。

「ぐっ……!」

 男がよろめき、団はそのまま腕を掴んで背負い投げる。地面に勢いよく落とされた男は、情けなく悲鳴をあげた。

 濡れた地面と身体を繋げられ、もう砂化できないようだ。

 粒子は結合して粘りを帯び、自由な広がりを許さない。

「くそっ……この、ガキ……」

「ガキじゃない、もう高校生だ」

 団はきっぱりと言い放つと、腕を引き、完全に動きを封じた。



 ――今から約百年前、突如として異界と地球が共鳴し合い、双方の世界を自由に行き来できるようになった。

 混乱は瞬く間に広がり、両界はそのまま戦争状態へと突入した。

 数年にわたる戦いの果て、地球各国の首脳と、異界の最高幹部による会談が実現。

 こうして、両世界の均衡を保つための新たな秩序――『異時空間大平和条約』が制定された。

 後に転遷てんせい戦争と呼ばれるその争いは、甚大な犠牲を伴いながらも、ようやく終結を迎えた。

 条約締結後、両世界は互いに技術や知識を交換しながら交流を深め、著しく発展していった。

 破壊の爪痕が色濃く残っていた土地も、次第に再建され、すっかり凄惨さを潜めていく。

 そしてあくる年、産声を上げた幼子たちの半ばが、異能をその身に宿しているという衝撃的な報告が、電光石火の如く世界中を駆け巡った。

 突如として目覚めた未知の力。子どもだけではなく、徐々に大人にも発現し始める異能の力。

 驚きと混乱の中、異能を悪用した犯罪が急増し、再び両界は緊急会談を開くに至る。両世界で協力し、異能にまつわる研究が行われた。その結果、未知のエネルギー体を触媒として異能が発現することを発見。これをアストラルギーと名付け、経過を見ていくことになった。

 やがて異能犯罪の増加に伴い、大平和条約の条項を改訂、犯罪を犯した異能力者への対応を強化。

 そして、人間の中に潜む反乱因子の監視・排除を目的とした新たな組織である国際異能対策機関『WHITEホワイト』が創設されたのである。



真田さなだ だん、十五歳、男。

 和睦高等学校わぼくこうとうがっこうに通う一年生。

 和睦第二公園にて、午後八時半頃に被疑者と遭遇。異能による攻撃を受けるも、全身が濡れていた程度で目立った外傷はなく、頭突きひとつで被疑者を気絶させた模様。

 その後、最寄りの交番に被疑者を引渡し、無事帰宅』

 宙に浮かんだ電子パネルに目を通しながら、国際異能管理機構WHITEホワイトの特殊事案対策局局長である犬飼いぬかい 武蔵むさしは、缶コーヒーを啜る。その険しい顔をさらに強ばらせた。

「あれ、犬飼さんって甘党でした?」

 ソファに腰掛ける犬飼の斜め後ろから声を掛けたのは、時親ときちか かなめだ。隊服のポケットに手を突っ込んで顔をのぞかせるその表情は、にこにこと人の良い笑みを浮かべている。

 彼も、ホワイトに所属する隊員の一人である。ただし所属は犬飼の局とは違い、情報局である。

 筋骨隆々な胸板の厚い犬飼がカフェラテを嗜む姿に、時親が「意外だなぁ」と零せば、ふるふると首を振って犬飼が答えた。

「いや、甘いのは苦手だ。……ボタンを押し間違えてな」

 犬飼が肩を竦めて答えたので、時親はなるほどと返す。もし時親がボタンを押し間違えた場合、その時は誰かに譲ったりするが、犬飼本人が処理をするあたりが彼の性格を良く表している。

 時親は、それから犬飼の見ていた報告調書へと視線を移した。

「あー、何を渋い顔で見ているかと思えば……彼のでしたか」

 真田団の噂はホワイト内部でも噂になっている。もちろん、情報局である時親の耳にも、その噂は届いていた。

「今年に入って三回目かぁ、凄いですよね」

 文字の羅列を流し読みし、時親は顎に手を添えて感心したように呟いた。その目は、内容に興味津々の様子だ。

「ああ。異能力者による犯罪を、異能を持たない民間人が解決……それも、まだ十代の少年が、だ」

 浮かぶ顔写真には、まだ幼さの残る少年が緊張気味に写っている。一番最初にこの写真を撮ったのは、四ヶ月ほど前の一月の事だった。

 初詣の人混みを狙った傷害事件で、犯人は口から火を噴く異能力者だった。無差別に周囲の人々へと襲いかかっていた男だったが、そこに居合わせた団が火炎を軽々と避けながら、相手を一撃殴っただけで気絶させた。少し火が掠っただけです、と腕を擦りながら、駆けつけた隊員に笑顔で答えていた姿が印象的だった。

 二回目は三月の半ば、身体の造形が殆ど蟷螂かまきりという異形系の異能力者が、己の腕の鎌を振り回し高架下のホームレスを襲っていた。通報を受けすぐさま向かった隊員が見たのは、両鎌を折られ呆然とする犯人と、こんこんと犯人に説教をする団の姿だった。呆気に取られた隊員が団の胸ポケットに添えられた桜のコサージュに気が付くと「今日、中学の卒業だったんです」と照れくさそうに笑ったそうだ。

 異能力を使用した犯罪の場合、周囲にいる者は命の危険が著しく跳ね上がる。そのため状況に拠っては過剰防衛が認められる事案の方が多い。この時も、例に漏れず署で少し話を聞いて、そのまま帰宅してもらった。

 そうして三度目となった今回の異能力者の逮捕劇に、団の噂は瞬く間にホワイト内部でも広まった。

「正義感か、それとも単なる好奇心か……。どっちにしろ危険ですね、彼」

 時親の呟きに、同感だと犬飼は返す。少年のあどけない笑顔の裏に潜む、底知れない力。それは、自分たちホワイトの力不足を露呈しているようでもあり、犬飼は団の存在を複雑に感じていた。

 苦々しい顔をする犬飼に気付き、時親は「肩でも揉みます?」とおどけてみせる。それに首を振り、犬飼は「それよりも」と眉を顰めた。

「要、お前なんでここに?」

 ふと零した犬飼の疑問に、時親はあ、と口を開けた。

「そうだそうだ、忘れてました」

 ごそごそと隊服のポケットからタブレットを取り出す。画面にはゼロが複数並んだ請求書が映し出されていた。

「この間の馬鹿二人の損壊分、経費どこに付けときます?」

「………………特局で」

「了解ッス!」

 頭を抱える犬飼に「ご苦労さまです」と肩を竦め、犬飼は曖昧に笑う。

 それから思い出したように、犬飼はスーツのポケットからタブレットを取り出す。

「ボスに連絡するよ」

「了解でーす。じゃ、俺は戻りますね」

 ひらひらと手を振りながら要が立ち去るのを見届けた犬飼は、無言でタブレットを操作した。軽やかな振動音と共に、空間に幾何学的な光の粒が浮かび上がる。粒子が静かに回転を始め、まるで空気そのものが編み直されるかのように人影が徐々に像を結ぶ。

 出現したのは、銀髪の男だった。白いスーツを纏い、少しシワの深い涼しげな微笑を湛えたまま、まっすぐにこちらを見据えている。

「やあ、犬飼くん。今日の日本の天気はどう?」

「曇りです、ボス。本題に入りましょう」

「君は本当に風情がないねぇ」

 肩を竦めて笑う男、ヘルマン・ビスクヴィート。

 ホワイトの本部を司る統括官であり、全支部の意思決定を握る存在である。現在はドイツの本部に居ながら、こうして即時にやり取りできるのも、条約以後の技術革新の賜物だった。

 ヘルマンは手を組み、すっと目を細める。

「で、例の少年……真田団くん、だった? すごいねぇ彼、三回目?」

「はい。……そろそろ、監視対象から扱いを一段階引き上げるべきかと」

「うーん、武蔵君はどう思う?」

 ヘルマンの問に、犬飼は少し考え、ゆっくり口を開いた。

「身体能力は驚異的ですね。敵の攻撃を『見てから避ける』……異能ではなく、純粋な反射と判断力だと。しかし――……」

「危険すぎる?」

 言い淀んだ犬飼に変わり、ヘルマンが微笑んだ。犬飼は苦々しく零す。

「……もしに目をつけられると、厄介極まりないかと」

 ホログラム越しに、一瞬だけヘルマンの微笑が翳った。だがすぐに戻り、彼は軽く指を鳴らす。

「じゃあ、先回りして囲い込んじゃうのはどうかな」

「……と、いうと?」

「スカウトしちゃおう」

 飄々と言い切る ヘルマンに、犬飼は思わず声をあげた。

「まさか、特局にですか?」

「そのまさかさ」

 はくはくと口を開け、犬飼は次の言葉を探す。しかしそれよりも早く、ヘルマンはにこりと微笑んだ。穏やかで、人好きのする笑み。しかし、今の犬飼にとっては、不幸を呼ぶ嫌な笑みだ。

「強さは彼自身が証明しているじゃないか」

 犬飼はしぶしぶため息を零した。

「…………誰を、向かわせますか」

「そうだね」

 ひと呼吸置いて、ヘルマンは穏やかに笑う。

「右京くんに任せちゃおうか。彼、そういうの得意そうじゃない?」

「……むしろ悪手では……」

「案外うまくいくかもよ?」

 ドイツから気楽に構える男の言葉に、犬飼の胃が痛む。この男の決定は、ホワイト全体の意思として扱われる。拒否権は存在しない。

「……はあ……了解しました。右京を派遣します」

「あはは、頑張れ、犬飼くん」

 ヘルマンの笑みが残像となって消えていくと、光の粒子も静かに空へとほどけていった。

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