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「でもさ……今日のアイツは怪我でも火傷でもなかったんだよな。それだと火事場での怪我じゃねぇような気がする。それと、腹部から出血してたようだし、それに、私服姿だったからな」

「え? え? それって、どういう事だ!?」


 和也は望が戻って来ると、今度は窓際にある棚の上へと腰を下ろし、望のその言葉に気持ち興奮気味に問うのだ。


「知らねぇよ……理由を聞く前に処置室の方へ行ってしまったからな」

「そっか……じゃあ、後で聞いてみるしかなさそうだな」

「まぁ、そういう事だよな」


 和也は棚の上からひょいと降りると、


「もうすぐ、お昼だし、飯にしようぜ!」


 少し暗い望に対して和也の方は明るく振る舞う。


「ああ、そうだな……」


 望の方も椅子から立ち上がると和也と一緒に一階にある食堂の方へと向かうのだ。


 そこへと向かう途中、処置室の前を通るのだが未だに処置室のランプは点いたままだった。


 確かにまだ雄介がその処置室に入って三十分位しか経ってない。だが今の望にはその三十分さえ長く感じる。やはりそこは手術を待つ家族と同じ気持ちだという事なのであろう。


「なぁ、望……お前さぁ、今はアイツの事が心配で仕方ないんだろ?」

「え? あ、まぁな……だけどさ、俺、医者だからさ、アイツだけを贔屓するなんて事出来ないだろ? ま、今は俺がそこの処置室に入って俺が治療してやりたい位なんだけどな」


 そう言い終えると望は今日何度目かのため息を吐く。


「だろうな……望の腕は凄いって聞くからな」


 食事を終わらせると今日は午後からも外来があるからなのか再び診察室の方へと戻って行く二人。


 その途中にある処置室。そこは未だにランプが点いたままだった。


「まだなのかー……」

「確かに時間はかかり過ぎだよな?」

「今日の救急、担当誰だったっけ?」

「確か……まだ、新人さんだったような?」

「え? え!? ちょ、傷口塞ぐっていうだけで、どれだけ時間掛かってるんだよー……」


 しかし望がここまで患者さんに思い入れするなんて今までなかった事だ。それほど、今の望からしてみたら相当気になってきている人物だという事だろう。


「大丈夫だって! ほら! 行くぞ! 患者さんはアイツ一人じゃねぇんだからな」


 和也は望の腕を引っ張ると診察室の方へと入るのだ。


 その時、和也が感じたのは望の鼓動。その鼓動は走っていないのにいつも以上に早い。そうだ、今の出来事できっと望は動揺してしまっているという事だ。

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