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ー記憶ー99

 望が記憶を失ってしまった今、かつて一緒に仕事をした日々が懐かしく感じられる。笑いあったり、喧嘩もしたり、時折食事を共にしたりしていたはずの望が、今はまるで他人のように感じられる。


 和也の目の前にいる望は、以前の望ではない。全ての記憶を失ってしまったためだ。雄介のことも分からないだろうし、当然和也のことも知らないだろう。


 そんなことを考えながら、和也は奥歯を噛みしめ、さっき考えていた友達として接するべきか、看護師として接するべきかという問いに答えを見出そうとする。


 医者が言っていたように、記憶喪失は徐々に思い出すことがあるらしい。答えはもう見えていた。今まで通り望との関係を友達として続ければ、望の記憶が早く戻るかもしれない。


 和也は点滴を付けた望の近くに座り、目を開けている望に話しかける。


「今日はどこに行ってたんだ?」


 ごく普通の質問。もしも記憶のある望なら、顔を赤らめて雄介と言ってくれるはずだが、答えは出ず、


「……分からない」

「そっか……なら、いいんだけどさ。あ、そうそう! 俺のこと自己紹介忘れてたな! 俺は梅沢和也! ここで看護師をやってるんだぜ」


 何年も前に自己紹介を終えていたが、今はもう一度、記憶のない望に語りかける。


 和也は笑顔で言うが、望の質問によって再び自分が誰であるかを認識することとなった。


「梅沢……かずやさん……か……ってさ、何でここの看護師さんが俺に対してタメ口なんだ? ってか、普通は敬語じゃねぇのか?」


 和也はため息をつく。そのため息は自分を落ち着かせるためか、やはり? という意味だったのかもしれない。


 自分のことさえ覚えていてくれればという期待が打ち砕かれ、望の質問によって確信が生まれた。雄介を信じていたが、半信半疑だった感情は確信に変わった瞬間だった。

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