【Flashback】
ジクサーが所定の位置につくと、指定の持ち場につくべくホーク、エリミネーター、γの順にジクサーから飛び出した。
ケイトとライノは地面スレスレをゆっくりホバリングし、左右に分かれて離れていった。
俺はいったんγを上昇させていた。
密売人のライナーは最大望遠でやっと捉えられるといった距離だ。
おそらく相手に気づかれることは無いだろうが、万が一ということがある。
慎重に低速で高度をあげていく。
インター・ヴァーチュアでの飛行はスラスターやブースターなどの推進装置でおこなわれるものではない。
CFやライナーでの飛行は、この不自由極まる仮想現実世界の中でも数少ない、人間が制御できるデジタルの恩恵というやつだ。
このインター・ヴァーチュアの乗り物の移動は仮想現実空間の座標の連続演算で実現されている。
ようするにA地点からB地点の存在位置の固定・更新を繰り返すことで移動しているのだ。
昔ながらの3Dコンピュータゲームのキャラクターの移動を応用したと思えば間違いない。
移動のための座標演算能力はトルクや最大スピードに直結し、これはコード・ベースの出力に依存する。
さらに重力や、その他もろもろ、周囲の環境状況に影響される仕組みで、これが機体へと生じる慣性モーメントに影響する。
正直、小難しい話は俺もよくはわからないが結局、この辺の作用のためにCFの機体制御はわかりやすいという理由で、荷重コントールが最適となったらしい。
で、なぜゆっくりと移動しているかと言えば、処理干渉光を抑えるためだ。
座標演算による移動はデジタルの空間に干渉することで行われる。
そういった処理圧が機体の周囲にオーロラのような発光現象を発生させるのだ。
当然、出力を上げれば、上げるほど強く発光するため、警戒のため最低限の出力とスピードで上昇してるという訳だ。
ありがたいことに、上空には分厚い雲がかかっていた。
雲の上まで出て、密売人のライナーの真上まで伝って移動する。
息を潜めるように、優しくデリケートにだ。
一瞬、『バララッ!』と嫌な音と振動がシートの上のケツにまで伝わった。
「ありゃ……コリャまずいな……終わったら本気でママ・アジアに相談しないとヤバいぞ……」
この中古のγには無理をさせ通しだ。
一度、フルオーバーホールが必要だとは思っていた。
ただ、アジエに言っても、また「乗り換えろ」と言われそうではあるが……。
いや、今は集中だ。
なんにせよ、仕事を終わらせてからにしよう。
仮想の擬似太陽はちょうど真上にこようとしていた。
「ほんと、大したもんだよ。うちのリーダーは」
ここまで太陽が高ければ、それを背にすれば干渉光を隠せるし、光は目眩しもになる。
『攻撃をかける前に有利な情勢を確保せよ。可能な限り太陽を背にすること』と空戦の教科書通りのシチュエーションだ。
リーダーは「あとは楽勝だ」と言ったがあながち嘘ではない。
モニタの右上に表示されているタイマーを見る。
γが仕掛けると同時に、タイマーは動作してジクサーを含め全機と同期される。
俺は『スーっ』と大きく、鼻から大きく吸って、口から長く息を吐き出しながら雲が切れて相手のライナーの姿が見えるのを待った。
γを覆っていた雲が流れ、密売人たちの空母が擬似太陽の光で照らされるの見て、右のスロットを捻り込んだ。
その瞬間から右上のタイマーがカウントされていくのを確認すると、ウェッポンセレクターバーを操作する。
両手のサブマシンガンをフリーモードにした。
急降下していくγのモニタに映る飛行甲板が次第に大きく広がっていく。
ターゲットも明確になっていく。
甲板で明確に動いてい五羊は四機、甲板の縁に左右、計八門の対空機銃。
機銃はライノとケイトがやればいい。
俺の相手は甲板の五羊だ。
まずは左端の一機に狙いをつけ、右のマシンガンを放つ。
「ほーら来た、来た!」
次の瞬間には八問の機銃がγを狙って砲火を浴びせかける。
同時に三機の五羊が甲板から離れるのが見えた。
やはり動きは早い。
狙った一機は当たり所が悪かったらしく、突っ伏したまま動かなくなっている。
五羊は、二連装の分厚い銃身に斧刃が取り付けられた
機銃の砲火を最小の動きで回避しつつ、俺は突出した一機に狙いを定めた。
自然と螺旋を描きながら突っ込むγに明らかに五羊は戸惑っていた。
こちらの足が止まらないことで、逆に味方の砲火が邪魔になっていることが見え見えだった。
両手のマシンガンで集中砲火を浴びせる。
フェイスカバーが砕け、頭部を完全に粉砕された一機はグニャリと力が抜け落ち、落下していく。
残りの二機の足が止まった。
さらに接近するγに焦ったのか、斧を振りかざすが遅い。
そのままっすれ違い様にマシンガンを叩きこみ、γの機体を百八十度回転させ甲板を背中に降下をしながら、今度は空に向かってマシンガンを打ち続けた。
同時に両足のフッドペダルを押し込み、フルで制動をかける。
一気に働いた反作用で、俺の体が空にふわりと押し出されそうになる。
内腿でシートを挟み、ハンドルを強く握って耐えた。
すれ違った五羊のうち一機は武器を握っていた腕がもげて、黒煙を吹いていた。
残りの一機が姿勢を整えようとしていたが、次の瞬間、左手側から赤い光の筋が伸び蜂の巣になるのが見えた。
ライノのエリミネーターのガトリングの砲火だろう。
気づけば、対空機銃はとっくに沈黙しているようだ。
どうやら、ライノとケイトも仕事を終わらせたようだ。
エリミネーターとホークは艦橋に取り付くように、残敵を警戒しているようだった。
俺は減速して甲板目前のところでγを足から着陸させようと姿勢を戻した。
奇襲は大成功のようだ。
この前の
圧勝じゃないか。
ある種の高揚感と快感を全身に感じた次の瞬間、甲高い金属が擦れるような嫌な音が俺の耳を貫いた。
その次に『バモッ!』という音と共に、γの背中のチャンバーエギゾーストから真っ白い煙が吹き上がっていた。
「くそっ……抜けちまった!」
γは足から着地することなく尻餅をつくかのように甲板にドスンと落ちた。
ジクサーが空母の斜め上から甲板をバリバリと
衝撃で投げ出されそうになったγがグイっと引き戻されるのを感じた。
どうやら、異常を察したエリミネーターとホークがγを掴んでくれていた。
【Present Day】
気がつくと俺は、γの足首に触れて機体を見上げていた。
チセを助けたあの日、
剥き出しになったコア・ベースが溶解しなかったのは奇跡だ。
「悠ちゃんよ、そいつ、よく直ったとは思うけどよ。そろそろケジメの付けどころじゃねーの」
「ああ、わかってるって」
俺はライノに神妙な面持ちで返した。
処理限界で一度焼きついたコードは直せない。
いずれは処理が追いつかなかって動かなくなる。
機体の調子に合わせてやればあるいは乗り続けることも可能なのだろう。
むしろチセのメンテナンスは、そのレベルにまでは機体を維持してくれている。
だけど、実際にはそういうわけにもいかない。
γはお世辞にも高性能とは言えない。
コード・ライダーになって、リーダーから戦術を学んでもやってることは、今でもギリギリで相手に食い下がっているだけだ。
γでさえスピードに飲まれているのに、それ以上にパワーがある機体に乗ったからと言ってどうすりゃいいんだ……。
腕と性能……。
結局はいつものジレンマだ……これで俺の考えは止まってしまう。
メンテナンスが終われば調子は戻るが、違和感を覚える間隔は明らかに短くなってきているし、その箇所も確実に増えている。
「俺も、ケイトも、次は手をかせる保証はないぜ」
いつものシュートサインでライノは俺を指さした。
シュートサインをするときのライノの目はいつだって笑ってない。
これはライノなりの本気の警告だ。
舷門に人の気配を感じ、俺とライノはこの会話をやめた。
アジエとチセが連れ立って、帰ってきたようだ。
「おー、お二人さんおはよっす。どこ言ってたんすか?」
ライノはまたいつもの惚けた調子に戻っていた。
「オッス、チセがまた突貫してたんでよ、メシ連れていってた」
アジエの背後からヒョコッとチセが顔を覗かせた。
あの不思議な緑色の瞳と目があった。
「お、おっす」
少し硬い挨拶をした瞬間、その緑色の目がジトっと俺を睨みつけてきた。
「あらら。
「姫いうな、筋肉。お前に用は無い」
軽口を聞いたライノに辛辣な返事を返す。
なんか最近、こういう反応がママ・アジエに似てきてる気がする。
「おー。いつにも増して塩対応じゃん。ライノちゃん、ショック」
そうやって切り返すライノもたいしたもんだと思うが、チセはそれを無視して俺につかつかと近づいてきた。
俺より少し背の低いチセが、近くから怖い顔で見上げてくる。
「な、なんだよ……」
顔が近いし、なんか良い香がする……。
「悠、あんたまた勝手にインジェクションの値いじったでしょ」
ちょっと特した気分になってクラっときていたら、いきなり右ストレートがきた。
「うっ……」
「ダンパーの
「えっと、それは……」
「あと、コード・ベースに変な処理を勝手入れるなって、あたし、あれほど言ったよね。後処理でループしてTEMPに焦げたデータがごっそり滞留してたんだけど」
やばい、全部身に覚えがある。
「と、飛ばしてる間にちょっと気になったから俺なりにチューニングをだな……」
俺の苦しい言い訳にチセの目が釣り上がる。
「悠、あんた、あたしの調整にケチつけるわけ」
「……いや、そういうわけじゃ……」
「あんたのはただその場しのぎで弄ってるだけでしょ。動きがついてこないのをあたしのせいにしないで」
「おい!そんなこと言ってないだろ!」
下手に出てりゃ言いたい放題というやつだ、これにはカチンとくる。
「ヘタクソ! 言い訳しないでよ……」
チセがぷいと顔をそむけながら言い放った。
追撃のような、この余計な一言に、俺もさすがに頭に来た。
「いい加減にしろよ、お前!」
ガツンと声を張り上げたその瞬間――。
「STOP! ほーら、そこまで、そこまで!」
アジエの大声が響いた。
彼女は俺とチセの間にぐいと割って入り、それぞれの額を軽く小突いた。
「ったく、どっちもどっちだ。悠!ガキみたいにムキになるな。チセ、お前も言い過ぎ!」
チセは不満げにぷいと顔をそらし、俺も気まずく黙り込む。
そのとき、ハンガーの片隅に設置されているニキシー管時計が、『04:32:07』だった表示を一瞬だけ、――『04:12:36』に変えたように見えた。
「まったく、ガキ共は……」
アジエはため息をつきながら呟いた。
俺たちは、ばつが悪そうに視線をそらした。
――ほんと、調子狂う。
俺はもう一度、ニキシー管時計を見ると『04:32:15』を表示していた。
チセは知らんぷりをしてハンガーの出口へと向かっていた。
アジエは腕組みしながら、ため息をついている。
「おー、うちの女性陣は相変わらず強いよねぇ……って、どうしたの?」
「いや……なんでもない……」
俺はニキシー管時計を睨むように見ながら答えた。
やっぱり気のせいだったか……。
……でも、胸の奥に残ったざらつきだけは、なぜか消えなかった。