雲一つない、澄み切った青の広がる冬日和。
そんな空を見ると、私はいつも泣きたい気持ちに襲われる。
『
『……? それってどういう意味ですか?』
『そのままの意味だよ。菜子はさ、世界で一番不幸になると分かっていても、俺を選んでくれる?』
大好きな先輩に問われた質問。
当時の私は、愛さえあれば何も怖くないと思っていたから、何も疑うことなく頷いて肯定した。
『私は先輩のことが大好きです。何があっても先輩から離れません』
そう告げた私を見て、先輩がどんな顔をしたのか——……私は全く思い出せない。
笑っていたのかな?
それとも、困ったように眉を下げていたかな。
今となってはもう、確認することもできない。
思春期の恋人同士の甘い関係は、砂糖菓子のように容易く崩れ去ってしまうのだ。
それをカチカチと光るキャンディーのように固めていくのが、きっと真実の愛を築き上げた恋人達なのだろう。
窓を開けると、真っ白い息がゆっくりと寒空へと消えていった。
「……先輩。私は今、隣に先輩がいないせいで悲しくて悲しくて、ツラ過ぎます。どうせ不幸になるのなら、先輩の隣で不幸になりたかった」
ほんのりと桃色に染めた頬に落ちて流れた涙。
恋をしたせいでこんな苦しい思いをするならば、恋なんてしたくなかった。
恋なんて……知りたくなかった。
——……★
私が先輩に出会ったのは、中学に入学してから数ヶ月経った頃だった。
セーラー服に身を包んだ私は、浮かれた気持ちを抑えることができなくてソワソワした気持ちで校内を歩いていた。
たった二年、されど二年。
中学時代の年の差は大きくて、先輩達が大人びて見えたものだ。
夕暮れのグランドで声を上げて励む野球部員や、音楽室で管楽器を奏でる吹奏楽部員達。
そんな中、私は誰もいない図書室で一人、ある作家の記した物語の世界へ没頭していた。
一度ページを捲ると、そこには自分の知らない世界と感受性が溢れていて、心が満たされていく感覚に中毒性すら覚えていた。
「ふぅ……っ! 今日も素敵でした。ありがとうございます、
数年前に本屋で見かけた際に表紙買いをした書籍。
冒頭はクセがあって読みにくい作風だと思っていたのだが、主人公が動き出した瞬間から虜になってしまった。
まだ無名。だけどきっと、手に取ってもらえれば多くの人に共感してもらえる作家になると私は信じている。
満足気に本を閉じ、帰る支度を始めた頃合いだった。西の空が群青の闇に染まり始めたにも関わらず、図書室へと入ってきた生徒の姿が視界に映り、思わず隠れるようにしゃがみ込んでしまった。
四つん這いになって、口から出そうなくらいにバクバクと煩い心臓を抑えながら「早く出ていって」と心の中で願い続けていたが、その祈りも虚しく二つの影が図書館に入り込んだ。
「ほら、やっぱり誰もいないよ。早く入ってきてよ、
「んー……面倒臭いな」
端正な顔貌をした、二年生で一番美人だと噂の
一年生の中でも話題の美男美女の登場に、私の緊張感は計り知れないものと化した。
(はわわわわっ! な、なんで宮迫先輩と関根先輩が図書館に⁉︎)
活字に興味のなさそうな二人が図書館にいることに違和感を覚えながらも、私はひたすら息を殺して存在を隠し続けていた。
(もしかしてお二人も隠れ文学人……? どんな書籍を好まれるのだろう……)
好奇心に負けてしまった私は、チラッと顔を覗かせて二人の様子を伺っていた。が、その行為を私は、すぐに後悔することとなる。
「んっ、ふふ。待ってよ。そんなに盛らないでよ」
「こういうことがしたくて空き教室を探していたんだろ? エッチが大好きな関根ちゃん」
「あんなに校外を何周もしたくせに、体力オバケだね、ふふふ♡」
——っ、ななな?
何をしてるの、先輩方⁉︎
先輩達は入ってすぐにあった机をベッドのようにして、徐ろに
肌を露出させて、オレンジ色に教室を染める落陽を背景に。本能に忠実な行為を官能的に、それでいて背徳的に。
そんな光景を目の当たりにしてもなお、どうすることもできなかった私は、黙ったまま身を潜めることしかできなかった。
一通りの行為を済ませ満足したのか、二人は着衣を正してから図書館を後にした。
「今日も激しかったね♡ またシようよ」
「バァーカ。こんなリスキーなこと、もう勘弁だね」
「って言いながら、宮迫くんも満更じゃなかったでしょ?」
キャッキャと喜色を帯びた二人の声がだんだんと小さくなっていく。
初めて目撃した情事に私は呆然として、立ち上がることができなかった。
「……え? 今のって……何?」
あまりにもいつもの自分と縁のない異常事態に、放心状態に陥っていた。
この最低で官能的な出会いが、私と宮迫先輩の一方的な対面だった。二度と這い上がれない蟻地獄のような未来が私を待っているとも知らずに、バクバクと高鳴る心臓を掴むかのように胸ポケットの辺りを握り締めていた。