ド田舎にある個人経営のローカルコンビニなど、コンビニという名の便利屋である。
頼まれれば本でもプラモでも取り寄せるし、蜂の巣の駆除だって慣れたものだ。
「でも、これは初だな……」
ローカルコンビニの三代目店主である
瀬良よりも十歳ほど若いアホ坊主は、このド田舎一帯で幅を利かせる地主の一人息子である。甘やかされて育った結果、見た目も中身も立派なアホに育っていた。
そのアホはエヘヘッとはにかんで、金髪に染めてバッシバシに傷んだ髪を撫でている。
「大学の友だち集めて、BBQした時にうっかりやっちゃってさー」
「うっかりで燃やすんじゃねぇよ、祠」
二人が立っているのは、地主が持っているとある山の山頂だ。
丘に毛が生えた程度の小さな山は頂上に広場を有しているのだが、公園やレジャー施設にするわけでもなく捨て置かれた土地だった。
何故ならその山頂には、ある怨霊を封じたと言われている祠が安置されているのだ。
にもかかわらずこのアホ息子は、そこで酒池肉林の爛れBBQを繰り広げた挙げ句に、ボヤを起こして祠を半焼させていた。
そしてその証拠隠滅として、年上の幼馴染である瀬良に泣きついたのだ。
「なあアニキ、頼むよー! 夏休みの間、アニキの店に毎日めっちゃ金落とすし! ほら、祠の材料も全部揃えたからー! 最近のホムセン、マジでスゴいよねー!」
「そうだな。じゃあテメェで建て直せよ」
「ムリ! だってオレ、バカだもん!」
堂々と胸を張ってそう宣言したので、瀬良は無言でアホ息子の頭を殴った。元々賢くないどころか、随分と残念な頭である。多々殴ったところで、これ以上悪化のしようもないだろう。
瀬良は祠の再建こそ初挑戦であるものの、村民から家具の組み立てを頼まれたり、家屋の応急処置を頼まれることは珍しくもない。
「まあ、適当に屋根と壁があればいいか」
なんかそれっぽい形なら、文句も言われないだろうと腹をくくった。
まだ瀬良がピュアな子どもだった頃、遠足で見かけた時の祠の記憶と、画像検索で見つけた
その時ふと、背後で何かが動く気配を感じた。
シカやイタチだろうか、クマだったら最悪だなと瀬良は振り向き、そして固まった。
背後に仁王立ちする、鎧姿の男がいたのだ。鎧はあちこちが壊れ、土気色の肌も生傷だらけだ。そして大変恨みがましい目つきをしている。
(そういや祠に封印されてる怨霊って、落ち武者の霊とか言われてたっけ……)
瀬良はぽかんとしたまま、男の
(うん、これは落ち武者だな。本当にヤバい祠だったわけだ)
真っ昼間から落ち武者の霊に遭遇すると、むしろ感慨めいたものを覚えてしまった。それに恐怖で言えば、スズメバチの巣を駆除する時の方が強い。凡ミスで死ねるのだ。
なので瀬良は恐怖心も感じず、そのまま祠の組立作業を再開することにした。周囲に民家がないのをいいことに、充電式の電動ドライバーでガンガンと木材にネジ穴を開け、そしてネジを埋め込んで組み立てる。
だが、このガン無視が落ち武者の癪に障ったらしい。
ふとドライバーでの作業を中断した際、背後からブツブツとくぐもった声が聞こえて来るようになった。
この場にいる人間は、瀬良の他には落ち武者しかいない。死んでいるけれど、声の主は彼で間違いないだろう。
(いるよなぁ、こういう聞えよがしに嫌味言ってくるタイプ……まあ、墓ってか家?燃やされてんだから、文句も言いたくなるか)
瀬良はそんなことを考えてげんなりし、肩をすくめた。だが祠を燃やしたのは、瀬良ではない。引き続き無視することにした。
しかし恨みつらみを背で聞いていると、落ち武者の声がどんどんと大きくなっていった。
ついには電動ドライバーの稼働音でもかき消せない程の大音声となり、瀬良の鼓膜をガンガンと痛めつけるのだが――
「うるせぇぇぇぇ! 何言ってんのか、分かんねぇんだよ!」
たまらず振り返った瀬良は、電動ドライバーを振りかざして叫んだ。
キレ返すという反撃に、つかの間落ち武者の声が止まる。そこへ瀬良は追撃した。
「もっと分かりやすい日本語で喋れ! 『慮外』だの『面妖』だの言われても、分かんねぇんだよ! こちとら古典やったのなんて、もう十年以上前なんだよ!」
「う、あ……」
瀬良の怒涛の文句に、落ち武者も困惑したように顔を強張らせた。
その表情が「なんて言ってるんだろう、この人?」と物語っている。瀬良には分かる。だって自分も同時進行で困っているのだから。
武者鎧の出で立ちということは、この落ち武者が死んだのはもう何百年も昔なわけであり。
同じ日本語を話していても、使う単語も表現もまるで違っているのだ。そのためお互いに「なんとなーく、言いたいことは分かる……ような?」程度の理解力しか持てない。
戸惑う落ち武者へ、瀬良は更に畳み掛ける。しかし身振り手振りも交えて、出来るだけ分かりやすく伝わるよう配慮を怠らない。彼は口の悪さに反して、割と親切なのだ。
「ってか俺が燃やしたわけじゃないからね、あんたの家! いや、墓かもしんねぇけど! 燃やしたのは、ほら、あそこに住んでるアホ――いや跡取り息子な! 見える? 赤い屋根のバカデカいお屋敷! あそこの息子が燃やしたの! 肉焼いて!」
ここで落ち武者が、目をわずかに見開いた。
「屋敷の息子……燃やした?」
「そう! それで俺は、息子の後始末に来たわけ! 今作ってるこれ、祠ね。分かる? 燃えたこいつの代わりを、俺が建ててんの!」
瀬良は半焼した旧・祠と、四割ほど完成しているシン・祠を交互に指差し、最後に自分も親指で指し示す。
日本語が一切喋れないのに日本旅行に来た、無謀すぎる外国人観光客に道案内をした時の経験が、まさかこんなところで生きるだなんて。
しかし何でもやっておくもので、落ち武者にも瀬良は祠の半焼に無関係と伝わったらしい。彼は両手を握りしめ、必死にコクコクと頷いている。そういう仕草は、いつの時代も共通なのだろうか。
意思疎通が叶うと、途端に同情めいた気持ちも芽生えた。瀬良はふう、とため息混じりに肩をすくめる。
(俺がこいつの立場でも、まあ文句は言うよな。だって家燃やされたわけだし……ってか祠って結局、家扱いでいいのか?)
謎は残ったものの、落ち武者に他所様の祠の画像を見せたり、防虫効果のあるペンキの色を選ばせたりして、出来る限り彼の希望に沿う家(仮)を建てることにした。
そう、瀬良は顔の割に親切なのだ。
ついでに落ち武者へ、お土産もといお供えも手渡した。
こうして無事、アホ息子の父に知られることなく、祠はこっそり再建されることになった。
なお瀬良に「夏休みの間、毎日店に金を落とす」と宣言していたアホ息子が彼の店を訪れたのは、修理後の三日間だけだった。随分と恩知らずである。
「ま、そうなると思ってたから、別にいいけどな」
しかしアホ息子の行動など熟知している瀬良は、これといってショックも受けていなかった。
こうなることを見越して、きちんと嫌がらせの準備もしていたのだ。
アホ息子が店に顔を出さなくなった日の夜から、地主のバカデカい豪邸では悲鳴が響き渡るようになった。
その現場に遭遇してしまった通いの家政婦によると、頭に矢がぶっ刺さった落ち武者の霊が、屋敷中を徘徊しているのだという。
だが幸いにして、落ち武者の霊は家政婦や地主夫妻には目もくれなかった。
彼の狙いは、村でも悪名を轟かせている地主の一人息子だけだった。
どういうわけか落ち武者は、片手に『敬語の使い方講座』『よく伝わる話し方』といった本を持ち、一人息子の乱れまくった生活態度にお説教をかましているらしい。
見た目は怖いものの、言っていることはド正論のため、地主夫妻もお祓いすべきか悩んでいるそうな。
そんな噂話を聞いた瀬良はニヤニヤと、
「ちゃんと現代語を習得して叱ってくれるなんて、律儀な霊じゃねぇか」
とうそぶいていた。とある“お客”から取り寄せを頼まれたという、『胸を打つスピーチ術』という本を取り置き棚に入れながら。