俺は祠。名前はまだない。
まだないというか、祠って名前とかつけてくれるの?
神社とか寺とかって名前あるよね?
だけど祠ってさ。『山の中腹にある祠』とか『あの道の突き当たりにある祠』みたいに、あやふやな感じじゃね?
俺、一応半径3里ぐらいは呪いの有効範囲広げられるし、そこに住む人間どもの安全なども管理してるから、結構な格式の祠なんだけど……?
最近あんまり人こないし、昔俺が造られた時も名前なんて付けてもらえなかったんだよね。
でも1200年ぐらい前かな? あの頃は……俺もよく祀られてたねぇ。
なんか地元の農作物がアレとかで、それがよくわからん邪神系の存在のせいになってさ。
んでそれに対抗する手段として――言い換えると、『荒ぶる神を鎮めるため』だったらしいんだけど、それで俺が造られたんだ。
だけどさ。まず待てや、と。
生まれたての俺と、その荒ぶる神……勝てると思うか?
もちろん祠として勇ましく戦いを挑んださ。
だけどデコピンだけで弾き飛ばされたわ。めっちゃ飛んだわ。
んで謝って……俺に捧げられたお供え物を横流しして……それで何とか許してもらった。
まぁ、翌年豊作だったし、それを誤解した人間どもがさらにお供え物くれたから、ふっふっふ。
一時期だけど、あの時は俺の信仰心アゲアゲタイムだったな。
しかも都の方じゃ平安時代と言ったっけ?
その名の通り戦乱もあんまりなかったし、あっちの貴族連中は信仰心豊かだから、そういう価値観をこっちにもめっちゃ伝えてくれたよね。
仏教だったけど!
知らん! 俺、土着系や!
ふーう、ふーう。
落ち着くか。
さてさて、そんな土着系の俺。ローカル系ゴッドというべきか。
そんな俺も友達がいないわけではない。
祠仲間だ。
あっちの山、こっちの川。
山崩れや、河川氾濫の多発箇所など――そういう要所要所に俺と似たような存在がいて、もち友人だ。
そういう横のつながりがあるし、神道系や仏教系とも多少の連絡は取ったりもする。
今さっき仏教系にイラついた気もするけど、いや、長い目で見れば友人な。
でもそれはいいとして。
やはり基本は地域の安全と安心を守るのが仕事。うちらの存在価値と言ってもいいだろう。
だけど人間どもが調子に乗ったら、それはそれで戒めのための罰を与えなくてはならない。
これは神の一族である俺が、造られた当時から本能でわかることなんだけど、俺の縄張りに住む人間どもが幸せな日々を送ると、正の気が溜まる。
またの場合、風水的なアレとか気候にも影響されつつ、正の気が溜まったりする。
その場合は人間どもが調子に乗り過ぎないように正の気を我が身に吸収して、いざという時の備えとする。
その逆もしかり。
というかその“いざという時”なんだが、人間どもがよからぬことをしたり土地の気配が悪くなったりしたら負の気が溜まり、それに溜めておいた正の気を当てて、均衡を保つのが俺の役目だ。
役目――そう、それが俺のやんごとなき役目であり、俺が高貴な存在である理由なんだけどさ。
そんな俺が今まさにめっちゃピンチだ。
どこの犬だ?
小さな山の山頂にひっそりとたたずんでいた俺の周りに野犬の群れが現れ、めっちゃ俺の周りうろちょろしてんだけど?
いや、野犬ごときどうでもいい。
そのうちどっかに行くだろうし、目立つようならふもとの村の連中がくわとか持って追い払いに来てくれるはず。
でも俺のいる山のふもとの村……いま野武士たちに襲われてる真っ最中なんだよねぇ……。
流石の俺も人間どものいさかいに直接首を突っ込めるはずもないし、だから村のやつらも野武士との戦いに必死で、この祠に気を向ける余裕なんてないんだけどさ。
いや、犬……そう、犬という生き物……
こいつら……縄張り作るためにアレするんじゃなかったっけ?
と思ったらほら、案の定野犬どもがそこらじゅうで木に『じょー』ってし始めやがった!
んでそのうちの1匹がこっち向いてやがるぅ!
おい、待て!
こっちくんな!
いや、やめて! そんな! ボクを……穢さないで!
くんくん……じょー……
世は平安。
俺は初めての屈辱と凌辱を味わった。