雨の音が、静かなバス停を包んでいた。俺のスーツは残念なくらいにびしょ濡れで、傘を忘れた自分を呪いながら遅いバスを待つ。冷たい水滴が髪の毛から首筋を滑り、ため息が白く滲む。まるで5年前、好きだった親友を待ち続けたあの日のように。
「は、陽翔?」
聞き覚えのある声に反応するように、ドキリと胸が跳ねた。水滴を含んだ前髪をあげながら振り返ると、あの頃と変わらない懐かしい瞳が、メガネの奥から俺を捉える。好きだった親友の中川悠斗が、少し離れた距離で立っていた。彼とは5年ぶりの再会になる。
「お前、相変わらず真面目な顔してんな」
俺は咄嗟にニヤッと笑い、学生時代のように悠斗をからかった。湿気を帯びた髪が妙に色っぽく見えてしまい、ごまかすのに必死だった。
「陽翔はホント詰めが甘いよな。天気予報くらい見とけって」
悠斗はツンとした声で返すが、耳がほんのりと赤く染る。
(変わらねぇな、コイツの照れ隠し。高校時代、いつもこうやって俺を牽制してたっけ)
「はいはい、悠斗様のご忠告感謝申し上げます」
俺はわざと大げさに肩を竦め、へらっと笑ったら、悠斗は鞄から出した折り畳み傘を差し出す。無言でそれに手を伸ばすと指先が軽く触れ、悠斗が一瞬ビクッと引くのがわかった。昔の親友を気遣うような躊躇いが、俺の手に残る。
「……陽翔のバカ」
悠斗は目の前で動揺したように、メガネの奥の視線を逸らす。その瞬間、5年前の教室の風景が脳裏を過ぎった。
5年前、俺たちは親友だった。名前が似ていたこともあり、周りも兄弟みたいだと言って、どっちが長男か悠斗とよくケンカした。ときには駄菓子を仲良く分け合い、テスト勉強で競い合ったこともある。
楽しく学生生活を送りながら、想いを募らせたあの頃、悠斗に告白しようとした。でもある日を境に、素っ気ない冷たい態度をとられるようになったことで「嫌われた」と感じてしまった。
こんなに近くにいるのに、悠斗の心が今も遠い。
「悠斗は、まだエンジニアやってんのか?」
俺は気を取り直して訊ねる。親友を超えない関係は、共通の友人を通していたことで、就職先もお互いわかっていた。
「まぁな。陽翔は?」
悠斗の声は相変わらず感情がこもっていないが、気にする感じでちらりと俺を見る。
「市内の広告代理店勤務。死ぬほど忙しい毎日を送ってる」
そう言って俺は笑ったのに、真剣みを帯びた悠斗のメガネの奥の瞳に、昔の面影を見つけて言葉を失う。おかげで、作り笑顔が見る間に崩れてしまった。
「それじゃあ。傘、返さなくていい……」
悠斗は持っていた傘で顔を隠すように傾けて、颯爽と踵を返す。雨に滲む細い背中が、バス停の光に溶けていった。
「悠斗っ!」
慌てて呼び止めた俺の声が、土砂降りの雨音で見事に掻き消される。
あの頃の大好きだった笑顔が、不意に脳裏を過ぎった。忘れられなかった想いが、心の奥底でじわりと熱を持つ。それなのにその想いを冷ますように、雨が降りしきる。
激しさを増す雨音が悠斗を待ち続けた俺の心を狙って、無性に叩き続けた。まるで5年間閉ざしていた想いを、雨が呼び覚ますように。