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君を待つ雨の音
君を待つ雨の音
相沢蒼依
BL現代BL
2025年05月28日
公開日
2.5万字
完結済
雨音が静かに響くバス停で、5年ぶりに再会した陽翔と悠斗。 かつての親友同士だった二人の間に流れる微妙な空気。悠斗の冷たい態度の裏に隠された本当の想い。 そして陽翔の心に再び芽生える感情。雨に濡れた街角で、 二人の関係は新たな局面を迎える。 青春の名残りと大人の恋が交錯する、切ない青春ラブストーリー。 ※「第1回BLove小説・漫画コンテスト」に応募している作品です

プロローグ

 雨の音が、静かなバス停を包んでいた。俺のスーツは残念なくらいにびしょ濡れで、傘を忘れた自分を呪いながら遅いバスを待つ。冷たい水滴が髪の毛から首筋を滑り、ため息が白く滲む。まるで5年前、好きだった親友を待ち続けたあの日のように。


「は、陽翔?」


 聞き覚えのある声に反応するように、ドキリと胸が跳ねた。水滴を含んだ前髪をあげながら振り返ると、あの頃と変わらない懐かしい瞳が、メガネの奥から俺を捉える。好きだった親友の中川悠斗が、少し離れた距離で立っていた。彼とは5年ぶりの再会になる。


「お前、相変わらず真面目な顔してんな」


 俺は咄嗟にニヤッと笑い、学生時代のように悠斗をからかった。湿気を帯びた髪が妙に色っぽく見えてしまい、ごまかすのに必死だった。


「陽翔はホント詰めが甘いよな。天気予報くらい見とけって」


 悠斗はツンとした声で返すが、耳がほんのりと赤く染る。


(変わらねぇな、コイツの照れ隠し。高校時代、いつもこうやって俺を牽制してたっけ)


「はいはい、悠斗様のご忠告感謝申し上げます」


 俺はわざと大げさに肩を竦め、へらっと笑ったら、悠斗は鞄から出した折り畳み傘を差し出す。無言でそれに手を伸ばすと指先が軽く触れ、悠斗が一瞬ビクッと引くのがわかった。昔の親友を気遣うような躊躇いが、俺の手に残る。


「……陽翔のバカ」


 悠斗は目の前で動揺したように、メガネの奥の視線を逸らす。その瞬間、5年前の教室の風景が脳裏を過ぎった。


 5年前、俺たちは親友だった。名前が似ていたこともあり、周りも兄弟みたいだと言って、どっちが長男か悠斗とよくケンカした。ときには駄菓子を仲良く分け合い、テスト勉強で競い合ったこともある。


 楽しく学生生活を送りながら、想いを募らせたあの頃、悠斗に告白しようとした。でもある日を境に、素っ気ない冷たい態度をとられるようになったことで「嫌われた」と感じてしまった。


 こんなに近くにいるのに、悠斗の心が今も遠い。


「悠斗は、まだエンジニアやってんのか?」


 俺は気を取り直して訊ねる。親友を超えない関係は、共通の友人を通していたことで、就職先もお互いわかっていた。


「まぁな。陽翔は?」


 悠斗の声は相変わらず感情がこもっていないが、気にする感じでちらりと俺を見る。


「市内の広告代理店勤務。死ぬほど忙しい毎日を送ってる」


 そう言って俺は笑ったのに、真剣みを帯びた悠斗のメガネの奥の瞳に、昔の面影を見つけて言葉を失う。おかげで、作り笑顔が見る間に崩れてしまった。


「それじゃあ。傘、返さなくていい……」


 悠斗は持っていた傘で顔を隠すように傾けて、颯爽と踵を返す。雨に滲む細い背中が、バス停の光に溶けていった。


「悠斗っ!」


 慌てて呼び止めた俺の声が、土砂降りの雨音で見事に掻き消される。


 あの頃の大好きだった笑顔が、不意に脳裏を過ぎった。忘れられなかった想いが、心の奥底でじわりと熱を持つ。それなのにその想いを冷ますように、雨が降りしきる。


 激しさを増す雨音が悠斗を待ち続けた俺の心を狙って、無性に叩き続けた。まるで5年間閉ざしていた想いを、雨が呼び覚ますように。

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