3年前から店に足繁く通ってくれるお客様を、俺は好きになってしまった。だが彼は見るからにストレート。俺がちょっとでも好意をチラつかせたら、間違いなく気味悪がられて、店に来なくなってしまうだろう。
だから彼が来ているときだけは愛想よく、丁寧を心がけていい人を演じ、好印象を与えて少しでもいいから、キッカケを作りたかった。マスターと顔馴染みの客から友人へ、そしてそこから隙を見てこちら側に引き込む。
そんな算段をしていたのに、彼はかなり手ごわかった。3年間も通っているのに、「ブレンド」「オリジナル」「いつもので」「ランチのAセット」だけしか口にしていない気がする。
俺が「今日は天気が良くていいですよね」と世間話をしても、「そうですね」のみ。余計なことは一切喋らない。取り付く島もないというのは、こういうことを言うのだろう。
だけど俺が淹れたコーヒーを美味しそうに飲む表情や、ランチを口いっぱいに頬張って顔を綻ばせているところは、とても幸せそうに見えるし、ものすごくかわいかった。彼の胃袋を掴んだと言い切ってもいい!
彼がここにずっと通い、幸せそうな姿を眺めることができるだけでいいと思っていた矢先に、彼の恋人が現れた。
『俺の悠斗』なんて自分のモノみたいに言ったと思ったら、『ずっこんばっこんヤってる深い仲』という下品な表現で、自分たちの仲を告げられた俺の気持ちは、もうもうサイアクすぎて、笑うことができなくなった。
彼に邪な想いを抱いている俺の店に、ふたりはもう二度と顔を出さないと思っていたのに、なぜか仲良さそうにコーヒーを飲みに来る神経もわからない。
「お兄さん、いつものふたつで!」
仲良さそうに彼の肩を抱き寄せながら、カウンターにいる俺に見えるようにピースサインをし、窓際の席に歩いていく彼氏。
これみよがしに彼の首筋にキスマークをつけているのも、俺への牽制だろう。しかも彼から見えない位置につけて文句を言われないという、計算高いところも気に食わない。
実に不愉快だったが相手はお客様――いつも通り丁寧な仕事をしていくしかない。
慣れた手つきでコーヒーを落としていると、わざわざカウンターに彼氏がやって来た。チラッと一瞬だけ彼の顔を見、すぐに手元の落としているコーヒーに視線を注ぐ。
「もう少々お待ちいただけますか?」
「いいよ。ここで待つから」
なんて言って俺の作業をガン見するなんて、なにを考えているのだろう。
「悠斗がラノベの世界を堪能してるときに話しかけると『うるさい』って怒られるんだ」
「彼は本がお好きみたいですよね」
「ラノベよりも、俺の方が愛されてるけどな」
それなら邪険にしないのではと心の中で蔑み、思いきって彼氏に視線を飛ばしたら目がバッチリ合った。
「お兄さんは悠斗のどこを好きになったんだ?」
「なんのことでしょうか?」
「しらばっくれてもムダだから。悠斗にだけ笑って接客してるクセに」
ピクリと唇の端が引きつった。
「アイツ、人と視線を合わせるのが苦手だから、お兄さんが笑おうが俺が笑おうが、全然関係ないんだよな」
「お客様は見られてますよ。今だって本の隙間から、コチラを見つめていらっしゃいます」
好きな人の動向が気になるのは、恋人として当然のこと。俺となにかトラブルになるんじゃないかと、気が気じゃないのだろう。
「それでもさ、アイツの視線を独り占めしたいっていつも思ってる。こんな俺、重すぎてキモいって捨てられたマジで立ち直れない」
「お客様が捨てられたら、俺が彼を貰います。なんてったって胃袋を掴んでますからね」
自分の強みを、ここぞとばかりにアピールしてみせた。
「胃袋なら俺も掴んでる。同棲してからは、俺も積極的に料理をするようになったし。コーヒーを淹れるのだって、お兄さんには負けない」
「なるほど。これはいい勝負になりそうですね」
「勝負はついてる。ずっと俺の勝ちだから!」
ハッキリと言い放った彼氏は、右手をヒラヒラと振って目の前を去って行った。恋人が戻ると、彼は心配そうな面持ちでなにか話しかける。
口数の少ない彼が恋人にだけたくさん喋る様子は、俺に完敗を見せつけた。
深く傷心した心を抱えながら気持ちを切り替え、彼らにコーヒーを運んだ。どうかふたりそろって、美味しく召し上がりますようにと。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。