四月の空は、どこか現実味がなかった。
穏やかな風と、桜吹雪。通い慣れた通学路に、また新しい一年が始まる。
――もし、あの時アイツが死ななければ。
俺はこんなに普通でいられただろうか。
「椎名くん、帰りにカラオケ行かない?」
クラスメイトの誘いを断り、俺――
今日から二年生。席替え。新しい担任。そして――
「……転校生が来るらしいよ。今さら?」
その噂は、今朝からクラス中をざわつかせていた。
始業式も終わって、全員がそわそわしながら迎えた五時間目。
ガラリと開いた教室のドアの向こうに、そいつはいた。
「初めまして。天ヶ
目を疑った。
髪の色、背格好、声――すべてが変わっていた。だが、俺にはわかった。
……間違いない。
三年前、“異世界に転生した”はずのアイツだ。
あの日のことは、今でも鮮明に覚えている。
一真は事故に遭った。俺の目の前で、トラックに轢かれて――消えた。
葬式もなかった。遺体も見つからなかった。
「異世界に転生したんじゃね?」という冗談が、なぜか噂になって――
でも、冗談じゃなかった。
アイツは、本当に“異世界から帰ってきた”。
放課後。
俺は、一真に呼び出された。校舎裏のベンチ。あの頃、よくサボってた場所。
風が吹いていた。懐かしい匂いがした。
「久しぶりだな、蓮」
無表情でそう言うアイツの目は、まるで別人みたいだった。
俺の中の記憶の一真は、無鉄砲で、笑顔のまぶしいやつだった。
「……生きてたのかよ」
「死んだよ。トラックに轢かれて。ちゃんと、死んだ」
淡々と語られる事実に、喉が詰まる。
「転生したんだ。剣と魔法の世界で、俺は“選ばれし者”だった」
「……ラノベの読みすぎじゃないか?」
俺の皮肉を無視して、一真は続ける。
「魔王を倒したよ。勇者として。だけど、あの世界の“神”に言われたんだ――
『この世界にも“災厄の種”が眠っている』って。
その種を見つけて、消さなきゃいけない。じゃないと、両方の世界が滅ぶってさ」
風が止む。空気が一気に重くなる。
「なあ、蓮。お前のクラスに、“鍵”がいる。
そいつは、気づいてない。でも、確かに存在する。だから――」
一真は、かつての親友の声で、吐き捨てた。
「殺すしかないんだ。」
心臓が止まるかと思った。言葉の意味を理解するのに、数秒かかった。
「お前、何言って――」
「止めるなよ。俺がやらなきゃ、世界が終わる」
「……ふざけんなよッ!」
思わず声を荒げた。
だけど、一真はまるで感情のない目で俺を見つめていた。
剣を握っていた手と、同じように冷たいまなざし。
あの頃の、一真はいなかった。
「もし、お前が立ち塞がるなら――お前も、“消さなきゃいけない対象”になる」
「……ふざけるな。俺たち、友達だっただろ」
「だった、な」
淡々と、切り捨てるように。
「……明日から観察する。誰が“鍵”か、確かめるまで殺しはしない。
でも特定できたら、俺は迷わない」
――この世界を守るために。
そう言って、親友は歩き去っていった。
残された俺の胸には、ひとつの感情だけが渦巻いていた。
――守らなきゃ。
“あいつが何を信じてるか”なんて関係ない。
俺は、この日常を、クラスの誰一人死なせずに守り抜く。
だって、俺の知ってる一真は――
こんなこと、望んでなんかいなかったから。
教室に戻ったとき、一真はもう席に座っていて、何事もなかったようにノートを開いていた。
クラスメイトが話しかけても、笑って応えている。
でも――その中に、“鍵”がいる。
世界を滅ぼす災厄の火種が。
そして俺は、それを見つけて、一真より先に止めなければならない。
これは、俺と親友の、決して交わらない戦いの始まりだった。