「お前ら二人はご先祖様に感謝するんだな。」
そう言われて何の事だか分からずにいると、シキョウさんが笑う。
「神崎と氏家っていう家はな、ご先祖様がすごーーく強いんだ。」
そんな事は初めて知った。
「そうなんスか?」
真人が聞く。また小屋がカタカタと震えるが、すぐに収まる。
「お前たち二人はちゃんと護られてるから、心配はない。」
そう言って春樹を見る。そうだ、春樹…。
「春樹は大丈夫なんですか?」
俺が聞くとシキョウさんが微笑む。
「あぁ、大丈夫だ。もう抜けてるだろ。」
春樹はスヤスヤと眠っているように見える。
「結局は、何だったんスかね…」
真人が言う。
「俺が対処する事を躊躇っていた部分もあったんだ。ここ十年くらいは被害も無かったしな。」
シキョウさんはそう言ってまた酒を一口飲む。
「無害であれば、存在したって問題は無い。俺が知る限り、アイツらは悪さはしなかったからな。」
急に空腹を感じて、俺はテーブルの上の保存食に手を伸ばす。それを見て、シキョウさんが笑う。
「食っとけ。今夜はどうせここから出られない。」
俺が手を伸ばすと、皆も手を出し始める。
「小さな呪い、でしたっけ?」
麗奈ちゃんがそう言う。
「そうだ、日が昇るまでは抵抗するだろうからな。」
俺は保存食を食べながら聞く。
「シキョウさんはそんなに飲んでて大丈夫なんですか?」
シキョウさんが笑う。
「こんなのは水と一緒だ。」
その夜は何度となく、小屋が揺れ、時にはドン!という音と共に何かが当たる音がしたけれど、シキョウさんが笑っていたから大丈夫だと思えた。この人、本当はすごい人なんじゃないかと思いつつ、いつの間にか、眠ってしまった。
◇◇◇
「おい、起きろ。」
そう声を掛けられて起きる。背伸びをすると、シキョウさんが言う。
「手伝ってくれ。」
そう言われたのが何だか嬉しくて、シキョウさんに付いて行く。小屋の外に出てビックリした。そこには鳥の死骸や何か分からないものがたくさん落ちていた。シキョウさんはそれに構う事無く、俺たちの居た部屋の窓に打ち付けられていた木の板を剥がそうとしている。木の板にはお札のようなものが貼られていて、お札の色が変色している。シキョウさんを手伝って木の板を剥がす。
「これ、大丈夫なんですか?」
そう聞くとシキョウさんが笑う。
「来た分は返すって言ってあるからな、今頃、全部返ってるさ。」
木の板を置いて、シキョウさんが息をつく。
「これ、全部片付けるんですよね?」
辺りを見回しながらそう聞くとシキョウさんが言う。
「まぁな。」
そう言って俺を見る。
「ちょっと付き合ってくれるか?」
◇◇◇
シキョウさんと一緒に河原へ来る。
「悪いが、ちょっとそこに立っててくれ。」
シキョウさんにそう言われて、俺はシキョウさんが指す所に立つ。シキョウさんは俺の立っている場所から少し前に出て、川の向こう側に向かい合う。
「俺の背中に向かって、手を付きだして、手の平を俺に向けててくれ。」
そう言われて俺は言われた通りにする。シキョウさんは肩幅に足を開くと、昨日と同じように何かお経のようなものを唱え始める。昨日と違うのはその手振りだった。大きな円を描いたり、パチンパチンと指を鳴らしたりする。俺は何だかそんなシキョウさんを支えているような気がして来る。シキョウさんに向けている手の平が熱い。シキョウさんが体の前で手を打ったのか、パン!と大きな音がした、その瞬間だった。空気が震えて、その波動みたいなものがシキョウさんの体から押し出され、川の向こう側に波及していく。俺の手の平も熱くなり、そして徐々にその熱が冷めていった。ふぅーとシキョウさんが息を吐く。
「助かった、ありがとう。」
振り向いたシキョウさんが笑う。その笑顔はすごく爽やかだった。
「何をしたんですか?」
そう聞くとシキョウさんが言う。
「お返しだよ、これまでの全部をな。」
そうして俺の肩を抱く。
「やっぱりお前のは、すごいな!」
そう言われても何の事なのか、分からない。
「何がすごいんスか。」
そう言うとシキョウさんが言う。
「お前、素質、あるぞ?」
◇◇◇
小屋に戻ると、皆が起き始めていた。春樹も起きる。
「春樹、お前、大丈夫か?」
真人が聞く。春樹は何の事だか分からないという顔で聞く。
「俺、何かした?」
そう言う春樹を見て、皆が笑う。
外の光景を見て、皆がビックリしたけど、シキョウさんに助けて貰ったお礼として、皆で片付けをした。
「うげぇ、何だこれ…」
そう言いながら春樹が死骸を片付ける。それを見て微笑みながら、もう大丈夫なんだと実感する。
「もうあの人たちは出て来ないんですか?」
麗奈ちゃんが聞く。
「あぁ、出て来られないさ、今朝、封じたからな。」
シキョウさんがそう言って俺を見る。あれは封じていたのかと思う。
「何で今までやらなかったんですか?」
そう聞いたのは亜希子ちゃんだ。シキョウさんは寂しそうに笑って言う。
「害が無ければ、誰だって生きる権利はあるんだよ。人を攫うのだって、俺がここを護るようになってからは無かったからな。」
シキョウさんは息をついて言う。
「俺に嫌がらせをするくらいなら、いくらでも受けてやるさ。今までだってそうだったんだ。でも外部の人間に手を出したら話は違う。俺はここを護らなきゃいけないんだ。」
境界線で止めて、中央を護る
シキョウさんの名前を思い出す。シキョウさんは川の向こう側の方角を見ながら言う。
「お前たち、
そう言われて俺たちは顔を見合わせる。
「
シキョウさんは遠くを見ながら言う。
「今頃、喰らい合ってるさ。」
そう言われて身震いする。
「それだと、土地ごと、呪われません?」
俺がそう聞くとシキョウさんが笑う。
「そん時は俺が全力で祓うさ。」
そして俺の前まで来ると、俺の肩に手を置いて言う。
「手伝ってくれるよな?」
そう言われて俺は笑う。
「何にも出来ないですけど。」
シキョウさんは笑って言う。
「お前なら出来るさ。」
◇◇◇
片付けが終わり、シキョウさんを連れて山を下りる。その途中。
「あ、ここで下ろしてくれ。」
シキョウさんがそう言った場所は、山の中腹にある大きな寺の前。寺の前で下りると、寺の中から僧侶が何人も出て来て、言う。
「シキョウ様、今までどこにおられたのですか!」
もしかして、シキョウさんはとてつもなくすごい人なのかもしれないと、また思う。
「あぁ、まぁ、何だ、祓って来ただけだ。」
そう言ってシキョウさんは俺たちを見て微笑む。
「何かあったらいつでも来い。力になってやる。」
そして助手席に乗っている俺に向かって言う。
「特にお前、氏家真司、出来ればスカウトしたいくらいだが、こればっかりは本人の意志が大事だからな。」
シキョウさんはそう言って、僧侶たちに手を差し出す。僧侶の一人がシキョウさんに何かを渡す。シキョウさんはそれを俺に渡す。
「人数分のお守りだ。これを持っていれば大抵の事は防げる。」
俺はシキョウさんに頭を下げる。
「ありがとうございました。」
そう言うとシキョウさんが照れたように笑う。
「祈っておいてやる。」
そう言ってシキョウさんが車から離れる。皆で頭を下げてお礼を言う。
「ありがとうございました!」
━━ それから数か月して、シキョウさんから連絡が来る。蟲術が発動した、と。
それはまた機会があったら話そうと思う。