「ねぇ、旦那様?」
鈴の鳴るような声が耳に入ってくる。
まるでその声が夢の底へと誘導するかのように――俺の意識は、闇へと溶けていった。
**
202×年 7月19日――
「あー、面倒だなー」
文句をこぼしながら、俺はじいちゃんたちの家を片付けていた。田舎の古い木造の家で、床はぎしぎし鳴るし、窓はやけに重たい。それ以上に埃っぽいのが嫌だな。
それにここはいわゆる限界集落ってやつらしい。見渡す限り田んぼや畑、山しかない。携帯も辛うじて繋がるけど、遅いしな……それもあって娯楽も何も無いんだよ。
――ん? なんでこんな場所に来たのかって?
簡単に言えば、片付けと遺品整理。亡くなったじいちゃんの家を、しばらく預かることになったんだ。暇なのが俺しかいなかったからな。
まさか大学の休みにこんな事を頼まれるとは……俺だって思わなかったよ。
元々ばあちゃんはだいぶ前に亡くなっていて、じいちゃんは半年くらいに亡くなったんだ。四十九日は終わったんだけど、両親の時間が取れなくて俺がここに来たんだよ。
俺はばあちゃんの位牌が置かれている仏壇を見た。
あれ、あそこの仏壇に置いてある仏様……今こっちを見なかったか? 気のせい――だよな?
思わず目を逸らした俺は、その背に、ひやりとした風が流れた気がした。
俺はブルブルっと体を震わせたあと、仏壇に背を向ける。なんとなく、仏壇を見るのが怖くなったからだ。俺は違和感を拭うために鼻歌を歌いながら部屋を片付けていく。その時、「あ」と思い出した事があった。
「そうだ、じいちゃん……確かあっちの山も管理してたよな。一応誰かに確認した方が良いか」
なんだったかなー? じいちゃんから「あの山には神様がいる」って話を聞いていたような気がするんだけど……あれ、どうだったかな?
じいちゃんの話を思い出そうと、うんうん唸る俺。ふとその背に感じたのは誰かの視線。
なんとなく、なんとなくだが……その部屋にはもういたくなくて、俺は寒気に背中を押されるように外へ飛び出した。