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第71話 スマホを忘れただけなのに ナギ視点

すでに静まり返った隣室の様子に安堵する。

さすがにあのままだったら、みやびと気まずかったしな。


お互い平静を装い、いつものように俺が先にシャワーを浴び、彼女と交代。

シャワーを浴び終わった後に鏡の水気を拭き取ったり、風呂場の換気をするらしく、毎回この順番だ。

初めは彼女の部屋の風呂を使うことに気恥ずかしさがあったが、もう慣れてきた。

繰り返し行われた行為。

だから油断が生じてしまったのかもしれない。


スマホを洗面所に置き忘れてたのに気づいた。

風呂場の脱衣所を兼ねているあそこは下手したら今から風呂に入ろうとしてるみやびとかち合う可能性がある。

服を脱ごうとしてる所に一声かけるのも憚られ、彼女が本格的にシャワーを浴びる頃には取りに行けるだろうと、品が無いがシャワーの音がするのを耳をすませて待つ。

扉が閉まり、やや経ってから水音がしたので、洗面所に入ったのにも気づかれないうちにさっとスマホを取ってくるつもりだった。

なのに。



「え」



スマホを手に取った瞬間にドアの開いた音がしたので反射的に振り返ってしまった。

どうして風呂場から出てきたと困惑したが、彼女の左手がイヤーカフに触れているのを見て、外し忘れたから取るために出てきたのか、と気づいた。

いけないとはわかっていたが、驚いている彼女の顔から視線を落とした。

なまめかしい首筋、くっきりと浮き出てる鎖骨、柔らかそうな質感の豊かな膨らみ、それに反して引き締まりくびれのあるウエスト、さらに・・・。

ひゅっとみやびの息を呑む音が聞こえたので我に返った、

「す、すまない!!」

完全に見てしまった後だが、自分がとてつもない卑劣な行為をしてると気づいて、謝罪の声と共に慌てて洗面所から出て行った。


体を見た後に彼女の顔は見てなかったが、不快にさせたんではなかろうか、嫌われたのではないかという自責の念と共にどうしてもさっきの光景が頭から離れない。

・・・想像していたよりも好きな女の裸体というのは煽情的だった。

この間触れた感触が蘇ってきて「また触れたい」という思いが頭を占める。

胸はもとより腹すらも、きめ細かな肌の感触が心地よかった。

そして恐らく、他の誰も見たことのない彼女の身体。

番いである俺だけの特権。

どうしても先ほどの光景が脳裏から消えない。

この後同じベッドで二人で寝るというのに、俺はこの夜をどうやって過ごしたらいいんだ。

また暴走してしまう前に、帰った方がいいんじゃないか。

しかし帰ったら帰ったで次にどんな態度で接したらいいのかわからない。

わざとじゃないと弁解したいが、どちらにしても俺が彼女の裸を見てしまったのは事実だ。

しかも合意なく。

ただでさえこの間無理やり体を触って傷つけたというのに。

どうすればいいんだ・・・。


頭を抱えていたら物音がして振り返ったら、耳まで真っ赤に染まったみやびがパジャマ姿で立っていた。

先ほど見た魅惑的な体が頭から離れない。

自分が情けない。

きちんと謝罪をしなければと思うが警戒されたのか、みやびはいつもよりも若干距離を開けてベッドに座った。

それでも俺に気を使ってか「タイミングが悪かったね」と不自然に明るく言ってくれる。

そんな彼女がいじらしく思うが、大事にしたいという愛情と共に、今すぐに唇を奪い押し倒し体に触れたくてたまらないという劣情がせりあがってくる。

この間拒絶されたのに。

何を言うべきか悩んだ結果「いや、あの・・・綺麗だった・・・」という言葉が口を突いて出た。

言った瞬間「しまった」と思ったが、みやびは大きな音をたててベッドに伏せて「恥ずか死ぬ!!!!!!!!!!!!!」と小声で叫んでしまった。

何をやってるんだ、俺は・・・。


顔を枕に押し当て、しきりに足をばたつかせている。

そんなみやびをそっと横から抱きしめる。

一瞬硬直されたものの、抵抗は感じなかった。

うつ伏せだった体勢を変え、俺が背後から抱きしめるのを受け入れてくれた。

彼女の腹部に回していた両手に力を入れみやびの体をぐっと引き寄せ、彼女の左肩に顔を乗せる。

シャンプーのいい香りがする。

つい抱き寄せてしまったが、事に及ぶ気はなかった。

ただただ愛おしくてつい抱擁してしまった。

俺の手に、みやびが手を重ねてきた。

俺たちの嵌めている指輪がぶつかり、かちゃりと小さな音をたてる。


「逞しいね」

予想もしてなかった言葉をみやびが呟く。

「うん?」

「あ、いや。ナギに会うまでこんな風に男の人に抱きしめられたことがないから、こんなにもがっしりしてるなんて知らなかった。・・・見たことないけど、お父さんもそうだったのかな」

「・・・そう、か」

やはり父親は物心ついた時から居なかったし、写真すら見たこともなかったか。

日ごろ話してくれない家庭の事情を語られるのは嬉しいが裸を見た後に、こうして抱き合いながら父親の話を出されると、正直複雑だ。

俺の中の邪な気持ちに釘を刺されてるようだ。

少し意地悪をしてみたくなった。


「こっち向いて」

わざと耳に吐息を漏らす。

みやびがビクリと体を震わせる。

すぐさま「やだよ」と端的に拒絶された。

「ちゃんと顔を見たい」

「恥ずかしいからやだ」

尚も強情だ。

「じゃあキスしてやる」と普段はイヤーカフで装飾されて隠されている左耳に舌を這わす。

続けて形の良い耳たぶを食む。

「んもう!わかった、わかったからそれやめて。くすぐったいよ」

腕の中でじたばた動いたかと思ったら、俺と向き合った。

目と目がぶつかるが、すぐに目線をそらされてしまった。

「これで満足?」

ちょっと不機嫌なさまがとても愛らしい。

「うん」と髪をかき上げ額にキスをする。

「結局キスするんじゃない!」

「するよ。みやびが好きだから」

「ずるいな、怒れない言い方された」

ぽすんと軽く俺の胸を叩く。

一瞬のち、俺の胸に顔をうずめてきた。

彼女の髪の毛が頬を撫でてくすぐったい。

左手で彼女の頭を撫でる。

「心地よい。心臓の音って気持ちいいね」

「そう?」

実感はない。

他人の胸に耳を当て心臓の音を聞いたことなんて無い気がする。

というかこういう風に抱き合ったのは彼女が初めてだ。

「しばらくこのままでいい?」

「ああ」

「好きだよ。ナギが好き」

「うん」

何度聞いても好きな女からの愛の言葉はいいものだな。

温かいものが心に広がっていく感覚だ。

「俺もだよ。好きだ、愛してる」

さらに深く抱きしめる。

・・・が、返事はない。

怪訝に思い、見ると気持ちよさそうに眠りについていた。



・・・毎回思うが、みやびは異様に寝つきが良すぎやしないか?

一抹の寂しさを抱くが、安心されていると解釈する。

穏やかな寝息を立てる彼女の額に軽く口づけ、俺は腕が痺れるまでその体勢でいるのだった。

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