【ぽこぺん】
子どもたちの遊びのことで、缶けりや鬼ごっこに近い外遊び。
〈ルール〉
鬼を決める。
鬼になった子は木の方を向いて立つ。鬼は後ろを見てはいけない。
他の子たちは鬼の後ろに立つ。
そして他の子たちは歌いながら鬼の背中をつっつく。
『ぽこぺん、ぽこぺん、だ〜れが、つっついた。ぽこぺん』
歌が終わり、最後に鬼の背中をつっついた子の名前を鬼が答える。
それが正解ならその子と鬼が代わる。
間違っていたら、鬼はそのまま鬼となり、他の子たちは隠れる。
鬼は隠れている子を探し、見つけたら最初の木に戻り、木に触れながら見つけた子の名前を呼ぶ。呼ばれた子の負け。
見つかっても鬼より先に木に戻って木に触れられれば鬼の負け。
こんな話、誰も信じてくれないと思うので、ここに書かせてください。
とある、小さな村で起きた話。
僕がまだ東京の大学に入学したばかりの時。
地方から上京してきて、まだ大学にも友達があまりいなかった。
当初はサークルにも所属していたのだが、ノリというか、もう人種自体が違うというか…。飲み会に参加しても全く馴染めない。
独り暮らしだったから、家に帰っても誰とも話さず、どんどん気持ちは塞ぎ込んでいく一方。
それでもまだ心が折れずに大学生活を送れたのは、僕の趣味のおかげだと思う。
『御朱印』集め。
御朱印とは神社などで参拝を行った証として、帳面に残してもらえる印章の事だ。
印章だけではなく、墨書きをしてもらえる場合もある。
小学二年生の時、じいちゃんに教えてもらってから、その魅力に取り憑かれていった。
同級生たちがカードゲームに夢中になっている間、僕は御朱印集めに没頭する。
じいちゃんは一緒に住んでいたわけではなかったけど、家のすぐ近くに住んでいた。
僕の両親は二人とも中学校の教師をしていて、兄弟もいない僕は学校が終わると、いつもじいちゃんの家に行き、親が迎えに来るのを待っていたのだ。
じいちゃんの家で遊べる物といえば、ダイヤの9がないトランプくらい。
ばあちゃんはすで亡くなっていたので、一緒に食事の準備をしたり、畑を手伝ったり、虫を獲ったりして遊んでいた。
親が休みの日には日頃の罪滅ぼしと言わんばかりに、父はサッカーや野球を一緒にやってくれたり、母は自転車の乗り方や勉強を教えてくれたりした。
忙しいのに僕にとって「よいこと」を常に考えてくれる両親。
ある時、同級生の子が「ダブったから」という理由で、当時流行っていたバトルカードを一枚くれた。
僕は初めて手にするそのカードに心が踊ったが、同時に両親への裏切りではないかという懸念が広がっていく。
そして罪悪感が背中を押して、僕はじいちゃんの家の庭にこっそりとそのカードを埋めた。
色鮮やかなカードは褐色の土の下。
また僕の生活にくすんだ色が広がっていく。
そんな時、僕はじいちゃんの御朱印帳を見つけた。
じいちゃんが畑に出ている時に、机の上に置いてあったそれを僕は開いてしまう。
夕暮れ時、印章は燃えているように赤く、墨書きは恐怖すら感じるほど美しかった。
「それに、興味あるんか?」
じいちゃんが後ろに立っていた。
勝手に見てしまって怒られるかと思ったけれど、じいちゃんはやさしく頭を撫でてくれた。
この時から僕の生活には彩りが差したのだ。
そこから夢中になって御朱印を集めて回った。
両親が休みの日には車で遠くの神社まで連れて行ってもらい、中学生になったら自分の小遣いで電車に乗り参拝に向かう。
じいちゃんの御朱印帳より多く集めることが目標になり、じいちゃんもそれを楽しみにしていた。
そして僕が高校二年生の時にじいちゃんが亡くなる。
慌ただしく過ぎていった葬式では泣けなかったのに、じいちゃんが亡くなって初めて御朱印を取りに行った時、もう誰にも自慢出来ないのだなと思い、そこで涙が止まらなくなった。
その穴は今も埋まっていないけれど、それでも僕の支えになってくれた場所があった。
SNSだ。
所謂、御朱印界隈というのが存在していて、同じ趣味を持つ人たちとの交流は僕の新しい世界を広げていく。
徐々に交流を重ね、数年も経てば特定の仲の良いフォロワーも増えていく。
そしてある投稿を見つけたのだ。
『誰か!一緒に来られる人?』
それは一緒に御朱印を取りに行く人を募集するものだった。
そこに書かれていた場所はあまり知られた神社ではなく、参拝というより、どちらかと言えば登山といった趣だ。
村の入り口まではバスで向かい、そこからは徒歩で目指す。
投稿主は女性であり、一人で行くには不安だし、他に観光要素もない場所なので興味のない人を連れてというわけにもいかず、まさに御朱印界隈案件であった。
最近繋がったばかりで、ほとんど交流のないフォロワーだったし、いつもなら直接会うことに抵抗があったけど、大学でも家でも、誰とも交流のない状況で、そこに光明を見出したのかもしれない。
僕はその人にダイレクトメッセージを送っていた。
この頃は日常的に投稿を見ていたし、その度にリアクションもやりあっていたので、初めて顔を合わせた時に「はじめまして」が正解なのか分からないでいた。
今回の企画の参加者は僕も含めて四人。
主催者で女性のりかーむーさん。
りかーむーさん以外は全員男性で、金色のハムさん《こんじきのはむ》、ごちゃまぜパンダさん。
そして、又聞きヨシ《またぎきよし》。僕のことだ。
「ヨシ君、写真撮ってくれない?」
僕はりかーむーさんからスマホを受け取った。
「リカちゃんの写真なら俺が撮りたかったなあ」
会ったその瞬間から金色のハムさんは「りかちゃん」呼び。
そして鼻の下を伸ばしていて、それを隠そうともしない。いくらSNS上で頻繁にやり取りしているとはいえ、こんなにも距離を近くするものなのだろうか。むしろ僕が遠慮し過ぎているのか…。りかーむさんは大して嫌な反応もしていない。
「早くしてよ」
りかーむさんに催促されて僕は|写真を何枚か撮る。
「今日は…オフ会、登山の前に…文明を…かみしめる」
「パンダ君。声に出ているよ」
ごちゃまぜパンダさんは先程からバスの中の写真を撮っていたので、それをSNSに投稿していたようだ。
「ハムさんごめん、聞こえていた?癖で文章を書く時、声に出しちゃうんだよね」
豪快に笑いながらハムさんの方へ笑顔を見せる。
「パンダ君の声より、俺はリカちゃんの色んな声が聞きたいけど」
「ハムさん、さっきからセクハラ発言多くない?」
りかーむーさんはスマホをいじりながらハムさんに抗議をしているが、スマホの画面から目を離さないところを見ると、その本気度は低いようだ。
パンダさんはバスの中で席の移動を繰り返して色々な窓から風景の写真をスマホで撮っている。
バスの運転手はルームミラーで一瞥するだけで、特に注意をする素振りを見せない。
乗客は僕ら四人だけだった。
名前も顔も知らない人間が集まり、日常を離れてバスに乗る。
それだけで少しハイになっていたのかもしれない。
僕も滅多にそんなことはしないのに、車内で自撮りをする。
そして、その写真の中の自分の顔はスタンプで隠し、SNSに投稿。
そうこうしているうちに、バスは小さな村の入り口に向かっていた。
僕らがバスを降りると車内には誰もいなくなる。
最後に降りた僕は、ステップを一段降りてから何気なく車内を見渡した。 乗客のいないバスは、こんなにも無機質な物なのだな。
僕が降りた途端にバスの扉が閉まり、走り去って行く。
エンジン音が無くなると、耳の奥を突き刺す様な静けさだけだ。
一昔前は小さな温泉街として村の人たちは生活を営んでいたようだけど、大きな観光の目玉も無く、旅館施設などの後継者不足も重なり、次第にその規模も萎んでいった。
今は村に一軒だけしか温泉宿がないそうだ。
僕がぼんやりと景色を見ていると、他の三人がいなくなっていた。
焦って周りを見ると、大きく曲がったカーブの先でパンダさんの声が聞こえた。
「ヨシ君。こっちですよ」
僕は急いで駆け出した。
一番若いからという理由で、僕が先頭に立ったのだが、トレッキングシューズを履いているパンダさんが先頭に相応しかったのではないかと思う。
いくら若いからといってキツイものはキツイ。
ましてや普通のスニーカーだ。
バス停からすぐに山道があり、そこを登っているのだが、ネットで調べた通りに参拝というより、登山に近い。
一時間弱で神社に到着するようだけれど山道は続くばかりだった。
歳の若い順から登ろうと提案してきたのはハムさんだ。
十九歳の僕。その次は二十三歳のりかーむーさん。パンダさんがその次かと思った。しかし、ハムさんは四十代後半くらいの見た目なのに、実際は三十五歳だったらしく三番目。そして最年長のパンダさんは最後尾となるはずだった。
しかし実際の順番は僕、ハムさん、パンダさん、そしてりかーむーさん。
一列になって山道を登って行く。
どうしてりかーむーさんが最後尾かというと、ミニスカートだからだ。
山道に入る前に少し揉めたのだ。
「絶対に狙っているよね」
ハムさんはりかーむーさんの後ろを狙っていたのだ。
今度のりかーむーさんの抗議は先程の勢いとは違って怒気をはらんでいた。
それはハムさんにも伝わっているはずなのに終始にやにやしながら、りかーむーさんを見ている。
「まあまあ、さすがにハムさん、分かりやす過ぎますよ」
最年長のパンダさんがハムさんをたしなめる。
「こんな場所って分かっているのにミニスカだぜ。見てくれって言っているようなものだろう」
「そんなに安いものじゃないから」
こうして険悪なまま神社を目指すことになったのだ。
僕は二人のやり取りを見ていて気が滅入っていた。
こんなことなら一人の方がましだ。
僕は御朱印が欲しいだけなのに。
無性にじいちゃんに会いたくなった。
登り始めて一時間は過ぎていた。
ようやく木々の向こうに真っ赤な鳥居が見えてきた。
疲労と先程の険悪なムードで終始重かった空気も、鳥居をくぐった時には皆で笑顔になり、目的地への到着を喜んだ。
小さな神社ではあるが、周りの木々が高く伸びていて、それが神社を覆い尽くしているように見える。
風で木々が揺れるたびに、神社が揺れているように見えた。
「疲れた〜」
りかーむーさんはそう言うと、足元にある石段に座り込んだ。
僕はつい、りかーむーさんの太腿辺りを見てしまった。
そしてりかーむーさんと目が合うと、微笑んで来た。
僕は気まずくなってすぐに目を逸してしまった。
「やっと到着ですね」
パンダさんの声はやはり大きい。
それともここが静か過ぎるのか。
「これはこれは、平日なのに珍しい」
ジャージ姿の中年男性が林の中から突然現れて、大げさに驚くハムさん。
「驚かせてしまって申し訳ない」
その中年男性は大根を数本抱えている。
「近くに畑があるんですよ」
どこか言い訳がましくその男性は言ってきた。
僕は目的を果たしたくて、その男性に質問をしてみた。
「あの、こちらの神主さんか、関係者の方は…」
今度はこの男性は申し訳なさそうに言ってきた。
「ここの神主は私です」
僕はリュックサックの中に御朱印帳をしまった。
あの出で立ちを見てしまい、少し心配したけれど、書いてくれた御朱印は丁寧でとても満足のいくものだった。
ここまで来て良かった。心の底から思えた。
「土日はもう少し人が来るもんで、こんな格好をせんで、ちゃんとした格好をしているんですよ」
また申し訳なさそうに話している。
「あそこがうちの畑です」
神主さんが指した方の斜面に畑がある。
神社の収入だけでは心もとないから、少しでも足しになればと畑をやっていると、これも申し訳なさそうに話している。
畑を見ると、どうしてもじいちゃんを思い出す。
だからびっくりしてしまった。
その畑には老人が立っていたから。
そんな僕に気づいたのか神主さんは「私の父です」と教えてくれた。
「元々、ここの神主でしたが、ボケも少し始まってきちゃって、それで私が」
また風で木々が揺れる。
もう一度、畑の方に目を戻すと老人がじっとこっちを見ていた。
本日の予定は日帰りの弾丸旅だ。
バスの時間もあるので、あまりのんびりもしていられない。
なんて言ったって、またあの山道を下りるのだ。
「またあそこを歩くのか、嫌になるよな」
ハムさんが発した言葉だったが、みんな思いは同じだ。
「下まで送りましょうか?」
どうやら山の反対側に私道があり、神主さんたちはそこを車で行き来しているらしい。
「ほんとに!うれしい」
りかーむーさんの喜び様を見て、神主さんは鼻の下を伸ばしている。
もしかしたらミニスカートも役に立ったのかもしれない。
神主さんが車を神社に回してくるまで少し時間がかかるようなので、りかーむーさんがトイレに向かった。
「俺も行ってくるわ」
ハムさんもトイレに行ってしまった。
パンダさんはここでもたくさんの写真を撮っている。
「あれ?」
パンダさんは何かを見つけたようだ。
「ここから奥に行けそうですよ」
緑が茂っていて見えづらいけれど、確かに獣道のような小さな道が森の中へ続いている。
「ちょっと行ってみましょうか」
パンダさんは僕の意見など聞く前にどんどん奥に進んで行く。
僕も興味があったし、良い写真が撮れればSNSの反応も上がるだろう。
そしてすぐに小道は切れ、ぽっかりとした空き地が広がっている。
そこには立派な木が一本。真っ直ぐに空へ向かって伸びている。
そしてその側には、小さな古びた祠が建っていた。
「なんか異世界みたいでかっこいいですね」
パンダさんは写真を撮っているけど、僕はそんな気分になれなかった。
「ああ、いいですね。いいねえ」
パンダさんは写真を撮るときも声を出してうるさい。
「もう、こんなところにいたの?」
りかーむーさんだ。
どうやらパンダさんの声が響いて、それを頼りにここに到着したようだ。
あとからハムさんもやってきた。
「なんだ、ここ?」
「パンダさんがあの道を見つけたんですよ」
「なんか不気味だな」
ハムさんから真っ当な意見が出てきた。
山道のキツイ上り坂を歩いている時ですらスマホで写真を撮っていたりかーむーさんですらここの写真は撮っていない。
そして場違いな提案がパンダさんから出てきた。
「ここで集合写真でも撮りませんか?」
昔、誰かに聞いたことがある。
声が大きい人間は空気が読めないらしい。
パンダさんは祠に向けて、三脚を設置し始めた。
「ほら、早く並んで」
スマホを三脚に設置して、セルフタイマーを設定する。
仕方がなく祠の前に集まった。
ハムさんが強引にりかーむーさんの横を陣取り、肩に手をまわした。
流石にりかーむーさんは怒った。
「きもい。しつこいって」
そしてりかーむーさんはハムさんの手を払い除け、力の限り押した。
斜面だったこともあり勢いがつき過ぎて、ハムさんは祠の方に飛ばされ、その勢いで祠が倒れてしまう。
「てめえ、なにすんだよ!」
ハムさんに大きな怪我はなかったが、さすがにすぐには起き上がれないでいた。
「あんたが悪いんでしょう」
僕はハムさんの側に行った。
「大丈夫ですか?」
「まあ、なんとかな」
パンダさんは倒れた祠の写真を撮っている。
「あらら、祠がたおれちゃいましたよ」
祠は石の土台から落ち、横たわっている。
「どうかされましたか?」
そこへ神主さんが走ってやって来た。
僕は確実に怒られるよな、なんて幼稚な事を考えていたが、神主さんはまた申し訳なさそうな声を出した。
「老朽化していたのに気付いていましたが、そのまま放置していました。申し訳ありません。お怪我は大丈夫ですか?」
神主さんはしゃがみ込んでハムさんの様子を伺っている。
りかーむーさんは我関せずを決め込んでいる。
気がつくとさっきまで畑にいた老人も立っていた。
その老人は僕の方を見ている。
そしてボソボソと言葉を発した。
聞き取りづらかったので僕は老人の側に寄ってみる。
「早くここから去れ、村から去れ」
僕はこの騒動を注意されてしまったと思って老人に謝罪した。
「お騒がせして、すみませんでした。そして祠も…」
どうして僕が謝らなければいけないのだと思っていると、老人は言葉を続けた。
「この村を出るまで、決して自分の名前を言ってはならん」
名前?何を言っているのだろう。
困惑していると神主さんがそれに気付いた。
「お父さん、また変なこと言ってないですよね」
それを聞いた老人は無言でその場を去ってしまった。
「ごめんなさい、変なこと言っていませんでした?」
「僕は、別に、大丈夫です」
ハムさんはパンダさんの手を借りて立ち上がっていた。
「エライ目にあったよ」
ハムさんはそう言いながら、服に付いている泥を手で払っていた。
神主さんはハムさんの後ろに周り、リュックサックの汚れを落としてくれていた。
「あっ、これ」
神主さんはハムさんのリュックサックに付いているキーホルダーを見つけた。
「これって…あれ、ですよね」
「え?知っているの?」
気付いてもらえてハムさんは嬉しそうに笑った。
どうやらスポーツアニメのグッズらしく、登場するお気に入りチームのユニフォームに自分の名前を入れられるというものだ。
それはあまり手に入らないらしく、神主さんは羨ましそうに見ている。
「私も欲しかったんですよ」
りかーむーさんがそのキーホルダーを覗き込む。
「あんた、トヨタっていうんだ。名前だけは立派ね」
りかーむーさんの言葉には皮肉がたっぷり入っていた。
ハムさんはまた卑猥な顔をりかーむーさんに向ける。
「本名を知って、俺の弱みも握ったつもりか?俺の名前は豊田努。つーちゃんって呼んでも良いんだぜ」
「きもっ」といってりかーむーさんはまたそっぽを向いた。
さっきの老人の言葉を僕は思い出してしまった。
自分の名前を言ってはならん。
あれは何だったのだろう。
僕は突然冷たい視線を背後に感じた。
振り向いてもそこには誰もいない。
風が強くなって来た。
遠くで雷の音も聞こえて来た。
「まずいな」
神主さんが遠くの空を見て言った。
「先日の大雨で斜面がゆるくなっているのです。今日も大雨になったら街に繋がる道は封鎖されて車は通行止めになるでしょう」
「帰れないじゃないですか」
パンダさんはスマホで天気予報を検索している。
空がどんどん暗くなっていく。
雷の音も近づいて来ている。
「ここは危ないので、とりあえず下まで行きましょう」
神主さんの言葉が言い終わらないうちに突然の大雨。
急いで僕らは神主さんの車に走った。
大きなバンだったので僕らは次々と車内に滑り込んで行く。
最後部の座席にはさっきの老人がすでに座っていて、眠っていた。
「みなさん大丈夫ですか?」
神主さんがエンジンをかけた。
雨の音で車のエンジン音も聞こえない。
出発しようとしたが、車内にはハムさんの姿がなかった。
一番の年長だということでパンダさんが宿泊の手続きをしてくれた。
一人で何か言いながら書いている。
それを見ていたら、僕の近くにりかーむーさんがやって来て「ほら、バスの中で言っていたじゃない、書く時に声を出しちゃうって。個人情報まる出しよね」
ハムさんが行方不明なのにりかーむーさんは何やら楽しそうだった。
ハムさんは地元の人が探してくれたみたいだが、悪天候になって来て捜索を断念している。
外は雷雨。
「ハムさん大丈夫ですかね?」
りかーむーさんは不敵に笑う。
「一人で帰ったんじゃない?」
「あの状況でそんなわけないと思いますけど」
「ヨシ君って童貞?」
僕は突然の質問に動揺した。
「かわいい。神社でトイレを借りに行った時があったでしょ。あの時、私、あいつに襲われそうになったのよ。あの人、ずっと私をそんな目で見ていたでしょ」
僕は信じられなかった。
「私に本名バレちゃったし、ビビって逃げたのよ」
りかーむーさんの言っていることが本当だとして、本名がバレて、危機感が出たとしても、あの悪天候の中で逃げるだろうか?
その時、パンダさんが部屋の鍵を二つ持って来てくれた。
「良かった。お部屋が一つだったらどうしようって思った」
りかーむーさんはそう言った。
パンダさんは「さすがにそれはないですよ」と言ったが目が笑ってないように見えた。
先に行ってしまったパンダさん。
りかーむーさんが僕の耳もとで囁いた。
「ヨシ君だけだったらいいわよ」
いたずらっぽく笑ってりかーむーさんも部屋に向かってしまった。
本来だったら、今頃はアパートのユニットバスでシャワーを浴びていただろう。
それなのに大きな浴場で足を伸ばしている。
知らない土地で素っ裸になってお湯に浸かっていると、とても無防備な状況なのに、疲れが解けていく。
パンダさんにお風呂に行こうと声をかけたが、今のうちに今日の写真を整理したいからと断られた。
大浴場には僕一人。
先程よりも雨脚が弱くなってはいるが、大浴場の大きな窓にはまだ雨粒が叩いている。
ハムさんはこの雨の中、どこにいるのだろう。
無事であって欲しい。
僕は窓におでこをつけて、外を覗いてみた。
あまりにも近すぎて最初は気が付かなかったが、目の前に、外からも窓に額をつけて風呂の中を覗いている女が立っていた。
僕は驚いて湯船の中で尻もちをついてしまったが、よく見ると外には灯籠が立っていた。
見間違いか…。
疲れているのだろう。部屋に帰って早く眠ろう。
僕は部屋に帰る前にお茶を買いたくて、自動販売機コーナーに向かっていた。
その途中、地域の郷土品を展示している広間があり、僕はその壁に掛けてある大きな絵に目を奪われた。
それはとても不気味な絵だ。
大木に向かって立っている白装束の女。
白装束の女は両手で顔を覆っている。
女は血だらけだ。
その女に向かって複数の人間が槍のようなものを向けている。
「不気味ですよね」
急に声をかけられ、驚いて振り向くとこの旅館の女将さんが立っていた。
「驚かせてごめんなさい」
「あ…いや、あの、これは何の絵なんですか?」
「ぽこぺん、ぽこぺん、だ〜れがつっついた、ぽこぺんっていう遊びがありますよね?」
僕も小さい頃に遊んだことがある。
「その元になったともいわれているらしいんです」
そして女将さんが教えてくれた。
この村にあった、昔の風習と、悲しいお話を。
この村では、明治時代中頃まで罪人を裁く独自のルールが存在していた。
罪人は白装束を纏い、山の上の大木に木の方を向いて、目隠しをして縛られる。
縛られた罪人の背中の方には被害者本人や家族、被害者側の関係者などが矛を持って待機する。
最終的にはその中の一人が矛で罪人を刺し殺すのだが、罪人には誰が刺したのかを分からいようにしているのだ。
それは罪人が刺した人間を亡霊となって復讐しないようにするため。
刺す人間も含めて、矛を持っている人間全員が「矛(ほこ)せん、矛(ほこ)せん」と声を出し続けて、さらに刺した人間を特定出来ないように徹底していた。
「矛せん」とは、矛を刺さないという意味だ。
そんなある日、一人の女が罪人となった。
名前はスネという。
スネにはずっと心を寄せていた幼馴染の
そしてもう一人の幼馴染の
葉太郎もまたスネを想っており、二人は時期が来たら一緒になるはずだった。
スネは幸せだった。何もない村だけど、久恵との他愛もないおしゃべりも、葉太郎の優しさも、全部、スネの宝物だった。
そんな時、スネは村の権力者の息子である、
幸吉は持てる権力を全て使って、スネを嫁にするために動いていた。
そしてついに幸吉の家で結納の儀を行うまでに進んでいく。
それでもスネは葉太郎への気持ちは消えるわけもなく、葉太郎も当然に同じ気持ちで、二人の想いはさらに募っていく。
久恵も幸吉の強引なやり方に憤りを感じていたけれど、それに抗う力などなく、スネと一緒に泣くことしか出来なかった。
葉太郎はスネに一緒に村を出ようと持ちかけた。
その提案はとても魅力的に聞こえたけれど、村に残してしまう両親とまだ幼い弟の事を思うと、決断できないでいた。
しかもスネの母親は病気でずっと寝たきりだ。
スネから駆け落ちの話を聞いた久恵が、スネの両親と弟の事は私が面倒を見るからと言ってくれた。
それでスネは決心した。
スネは久恵に自分がとても大切にしていた、青いかんざしをお礼にあげた。
その青いかんざしを久恵の髪に付けてあげると、とても似合っていた。
そして駆け落ち前夜、スネは罪人として捕らえられたのだ。
罪名は「窃盗」
当然、スネは身に覚えがない。
葉太郎も久恵もスネの無実を訴え続けた。
本来であれば婚約者になっていた幸吉に頼めば何とかなったのかもしれないが、その婚約者が被害者なのだ。
結納の日。スネも入ったその屋敷から大金がなくなっていた。
しかもどういうわけか、スネの荷物の中からその大金が出てきたのだ。
さらにどこで三人の話を聞かれていたのか分からないが、駆け落ちの準備をしていた事も明るみに出てしまう。
久恵は葉太郎に
月子はスネが現れるまでは幸吉の婚約者だった。
だから月子がスネに罪をなすりつけたに違いないと主張する。
結納の当日、スネが心配だった久恵は幸吉の屋敷の側まで来ていた。
その時にこそこそと屋敷から出て来る月子を目撃していたのだ。
しかし確たる証拠もなく、ただ時間だけが過ぎていき、刑の執行日になったのだ。
葉太郎は最後までスネの無罪を主張し、久恵はスネにもらった青いかんざしを握りしめ祈った。
「矛せん。矛せん」
「矛せん。矛せん」
「矛せん。矛せん」
スネの白装束は真っ赤に染まった。
それからしばらくして、スネの亡霊を目撃したと噂がたった。
そして断末魔の様な声も聞こえるようになる。
その断末魔はよく聞くと、人の名前だった。
最初に聞こえたのは「月子」次の夜は「幸吉」
名前を呼ばれた人間はその夜の内に姿が見えなくなった。
スネの悪霊だと確信した当時の神主は山に小さな祠を建てて、そこにスネの亡霊を祀ったのだ。
それからは、その断末魔は聞こえなくなった。
僕が部屋に戻るとパンダさんの姿が見えなくなっていた。
テーブルにはノートパソコンがあり、今日撮った写真が画面に表示されている。
バスの中の写真、神社や御朱印の写真、そして僕は見てはいけない写真を見てしまった。
りかーむーさんのぱんちら写真だ。
ハムさんといい、パンダさんといい、なんだっていうんだ。
女将さんから聞いた昔話や「矛せん」の絵を見た時の気持ちは全て吹き飛び、一気に現実的な問題に直面した。
そして僕はりかーむーさんの言っていた、ハムさんとの事を思い出した。
まずい、もしかしたらパンダさんはりかーむーさんの部屋に行っているのかもしれない。
僕は急いで、りかーむーさんの部屋に向かった。
勢い良く扉をノックする。
「りかーむーさん!りかーむーさん!」
そして扉がゆっくり開く。
慌てている僕を見てりかーむーさんは驚いている。
「大丈夫ですか?パンダさんは?」
「なになに?パンダさんがどうしたっていうの?」
僕はパンダさんがいなくなっている事を伝えたが、パソコンの写真の事は伏せておいた。
「私に脈がないと思ったんじゃない?それで帰ったのよ」
何を言っているのだ?
「こんな事はよくある事よ」
僕は混乱した。ルール?
「いつもはDMもらってから会うっていうのがルールなのよ。あれ?もしかしてヨシ君は気づいてない?」
「何の事、ですか?」
りかーむーさんはスマホの画面を見せてきた。
そこには全裸で股を広げた女の写真。
顔にはモザイクがかかっているので誰だか判別は出来ない。
「これ、私よ。リカっていうの」
りかーむーさんは裏アカがあり、そちらはアダルト系のアカウントだった。
ハムさんはりかーむーさんと、裏アカのリカが同一人物だと気づいていて、この企画に参加したようだ。
そしてハムさんは裏アカの存在をネタにりかーむーさんを脅して、行為に及ぼうとしていたようだ。
「だから言ったでしょ。私が強気に出たから逃げたのよ。だって犯そうとしたんだから。立派な犯罪じゃない」
りかーむーさんは事の重大さとは裏腹に、笑いながら軽い口調で話している。
りかーむーさんは、恐らくパンダさんも気づいていて、下心全開で今回の企画に参加したと言ってくる。
僕は否定出来なかった。あの写真を見てしまったから。
「ヨシ君は本当に気づいてなかったの?え?じゃあ、純粋に御朱印のためだけに来たの?ちょーかわいいんだけど」
「じゃあ、逆にりかーむーさんは、何のために今回の企画を開いたんですか?」
「童貞君の反応をアップしたかったの。ヨシ君だってこそこそ私のミニスカ、見ていたでしょ。まさか泊まりになるなんて思ってなかったけどね。ハムのバカさえいなければ、もっとヨシ君にいろいろ見せてあげられたのに」
彼女曰く、マニアックなアカウントの方が童貞が多い。童貞がこそこそと喜ぶリアルな動画を撮りたかったらしい。
僕がりかーむーさんをちらちら見ている様子を盗撮でもするつもりだったのだろう。
「これから裏アカの配信するから手伝ってくれない?」
りかーむーさんは僕の手を引き、部屋に入れようとする。
「りかこって呼んでもいいよ。佐藤理香子。私の名前。顔は映らないようにするから。誰にも言わないよ。ヨシ君だって私の名前を知ったでしょ。私が約束を破ったら名前を拡散すれば良い。これでリスクはおあいこでしょ」
僕はりかーむーさんの手を払った。
りかーむーさんは一瞬驚いた表情を見せたが、いたずらっぽく笑う。
「意気地なし」
僕はその場を去った。
廊下の窓が風で激しく揺れた。
ハムさんはまだ行方が分からない。
明日の朝は村の消防団と一緒に付近を捜索する予定だ。
それなのにパンダさんの姿も見えない。
知らない土地で、知らない人と。
知ったことか。僕だけ必死になって馬鹿みたいだ。
御朱印を汚されたようで、じいちゃんを汚されたようで。
早く朝になれ。なんて長い夜なのだ。
「ぽこぺん、ぽこぺん、だ〜れがつっついた。ぽこぺん、ぽこぺん」
僕はその夜、夢を見た。
僕は木の方を向いて大木に縛られていた。
後ろから声が聞こえてくる。
「ぽこぺん、ぽこぺん、だ〜れがつっついた。ぽこぺん、ぽこぺん」
畑で会った老人の声のようにも聞こえる。
ハムさんの声にも、パンダさんの声にも、りかーむーさんの声にも聞こえる。
突然、耳元で冷たい声が聞こえて来た。
「だれが、つっついた?」
僕は目が覚めた。
ここがどこだか最初は分からなかったけど、そうだ、村の旅館だ。
やはり気になっていたので、パンダさんが帰って来ているか確認しようと体を起こそうとするが動かない。
「ギギギギギギギギギギギギギギギギギギ」
変な音が聞こえる。
仰向けになっている僕の顔を、女の顔が覗き混んでくる。
声も出せない。
「ギギギギギギギギギギギギギギギギギギ」
歯ぎしりの音だ。
この女の歯ぎしりだ。
全部の歯がむき出しになるほど、噛み締めている。
どんどん顔が近付いてくる。
悔しくて悔しくて、音が出るほど歯を食いしばっている。
そう、この女はスネだ。
そう思って僕は気絶した。
朝になった。僕は目が覚めた。
スネはいなくなっている。
まだ心臓がなっている。
いつまでいたのか、最初からいなかったのか。
それでも僕はスネに会ったのだ。
画面は真っ暗だが、パンダさんのパソコンは昨日のまま開いていた。
僕はすんなり受け入れた。
畑で会った老人の言葉を思い出していた。
「決して自分の名前を言ってはならん」
連れて行かれたのだ。
でもなぜ…。
ハムさんはキーホルダーの話が出た時に自分の名前を言っていた。
でもパンダさんは…。
僕は思い出した。
この旅館に宿泊する時、手続きのために個人情報を記帳していたじゃないか。
「何かを書く時に癖で声が出ちゃうんだよね」
パンダさんは本名を書く時に声に出して書いていたのだ。
りかーむーさん…。
彼女も声に出して自分の名前を言っていた。
次は僕の番だ。
まだ雲は厚いが、昨日までの雨はすっかり止んでいる。
約束の時間に旅館を出たら神主さんの車が止まっていた。
僕に気付いた神主さんが歩み寄って来た。
「あれ?お一人ですか?」
りかーむーさんの部屋に行ってみたが、やはり中からの反応は無かったのだ。名前を言ってしまったから。
「すみません。消防団の方たちと合流する前に寄ってもらいたい所があるのですが」
「え?まあ、まだ時間はあるので大丈夫ですけど、どちらに?」
「あの、神主さんのお父さんの所に」
神主さんに本当の事を話してしまったら、変な奴だと思われて自分の父親に会わせたくないと思ってしまうかもしれない。
でも何か知ってそうな、あの老人の話が聞きたい。
だから僕は大学の課題で民俗学とか、神社の歴史で知りたい事とか、元神主さんの話を聞きたいとか、そんなそれっぽい言葉を並べて嘘をついた。
こんな時にと怪訝そうな顔をしたけれど、神主さんは了承してくれた。
車は山の上を目指して進んでいる。
「それにしても、皆さんネットで知り合って、名前も知らないなんて不思議ですよね」
「僕もこうやって会うのは初めてなので、なんだか不思議です」
「ハムさんは金色のハムさんって言うんですよね?ヨシさんは、フルネームで良いんですかね?そういうのって何て言うんですか?」
改めて言うのは何だか恥ずかしかった。
「又聞きヨシです」
「へえ、なんか面白いなあ。どうしてその名前にしたんですか?」
しまった…。やってしまった。
僕はこの時、流れる車窓の外に見てしまった。
スネがこちらを見て、笑って立っていた。
そしてスネは森のなかに駆け出して行った。
僕は自分の名前を言ってしまったんだ。
又聞きヨシ。
マタギキヨシ。
ぼくの名前は又木清。またぎきよし。
呼吸が荒くなってきた。
どうなるんだ?僕はどうなるんだ?
でも何も起きない。
車も順調に進んでいる。
そうか、ぽこぺんか…。
ぽこぺんのルール。
「すみません!もっと早く走ってもらえますか」
急がないと、急いであの大木に向かわないと。
車が行けるところまで行ってもらい、そこからは走った。
スネより先に木に触れないと。
ハムさんや、パンダさんが名前を言ってもすぐに姿が消えなかったのは、ぽこぺんのルール通りだったからに違いない。
鬼が逃げている人を見つけたら、最初の木に戻ってその人の名前を言いながら木に触れたら鬼の勝ち。
見つかっても鬼より先に木に触れたら鬼の負けだ。
だから、どうしてもスネより先に木に触れなくては駄目なのだ。
神社の近くの小道まで来た。
あとはここを抜けるだけだ。
風が強くなって来た。
スネだ。スネが向こうの奥から、木々をかき分けて走って来ている。
早く、早く、早く。
風が止んだ。
僕は大木に倒れ込むように触れた。
荒い呼吸。高鳴る心臓。
良かった。生きている。
「ギギギギギギギギギギギギギギギ」
あの音だ。
僕は木の方を向いて、体が動かなくなった。
何かに縛られているようだ。
動けない。
僕の背中にスネが覆いかぶさって来るのが分かる。
耳元で歯軋りの音が止まった。
「だれが、つっついた…だれが、つっついた」
何故だ何故なんだ、確実にスネより先に木を触ったじゃないか。
「だれが…だれが…」
そうか、スネは最後に自分を刺した人間を探しているのか。
それを教えないと駄目だということか?
考えろ。考えろ。
最後に矛でスネを刺したのは誰だ。
恐らく、状況からいえば裏切られたと感じた婚約者の幸吉だろう。でも、もうすでに復讐は済んでいる。幸吉は行方不明になったと旅館の女将が教えてくれたじゃないか。罠に嵌めた月子もそうだ。
僕が知っている話の中ではもう思い当たる人物がいない。
「ギギギギギギギギギギギギ」
誰か、誰か、他に…。
あれ?もしかして…。
小さなひと粒の疑問がぽたりと落ちて、僕の心は静まった。
スネの母親は寝たきりだと言っていた。
それならば一日中、家の中にいたのだろう。
スネの家は一間だけ。
それならば知らない女が入って来たら、さすがに気づくのではないか?
スネの家から金が見つかったってことは、誰かが家に入った事になる。
スネが駆け落ちするのを知っていて、家に入っても不自然ではない人物。
物理的に矛を刺したのはそいつじゃない。
でも、最大の元凶はこの人かも知れない。
幸吉を取り返したかった月子と共謀して…。
もしかしたら彼女も葉太郎の事を…。
「久恵…」
僕は声を絞り出した。
歯軋りが止み、風も止んだ。
スネが後退りするのが分かった。
僕はようやく動けた。
振り向くとスネが泣いていた。
そしてスネは小さな声でつぶやいた。
「ひさえ」
僕は意識を失った。
「ヨシさん、ヨシさん」
僕は誰かに体を揺すらされて目を開けた。
目の前には神主さんが心配そうな顔で僕の顔をのぞき込んでいた。
ここは…車の中だ。
「ビックリしましたよ。急に意識がなくなるんだから」
「あれ?スネは?」
「すね?脛でも打ったのですか?」
神主さんが後で教えてくれたのは、僕に又聞きヨシの由来を聞いたら突然意識を失ったとのこと。
僕は祠の近くにあった大木まで走ったと伝えてみたけど、神社までも車は到着していないと神主さんは言う。
夢でも見ていたのか…。
その後、村の消防団から連絡が入り、ハムさんが無事に見つかったと知らせが入った。しかも同じ場所でパンダさんとりかーむーさんも倒れて発見されたようだ。
あの大木の前で。
三人ともどうしてそこで倒れていたのか記憶がないらしい。
村の人たちは僕らが変な薬でもやっていると疑っていたが、早く村から出ていって欲しかったようで、警察などには通報されずに済んだ。
もちろん僕は薬などやっていない。
それでも僕らは招かざる客。
別れ際に手を振ってくれたのは、あの老人だけだった。
その後、ハムさんとも、パンダさんとも、もちろん、りかーむーさんとも連絡を取っていない。
今、どうしているのかも分からない。
ただネットであの村の噂を見つけた。
『青いかんざしを持った女の幽霊が出るらしい。しかもその女に自分の名前を聞かれたら…』
僕はぽこぺんのルールを思い出した。
鬼は最後に指した人の名前を当てることが出来たら、その人と鬼が代わる。
おわり