耀と深天は行く手を阻む落ち武者を蹴散らしながら、西御寺邸を目指して走っていた。
いくらハルメニウスに絶大な力があるとはいえ、こうも次々に落ち武者が現れるのは、そのための魔術的な仕掛けが、どこかに設置されているからに違いない。
それを考えた時、魔術的観点から見て、もっとも可能性が高いのが西御寺邸の周辺とのことだった。
深天としては、はたして敵が、そんなバレバレな場所に仕掛けるだろうかという疑問もあったのだが、耀が言うには奇をてらった場所に仕掛けたくとも、それでは機能させられないらしい。
仕掛けを見つけ、それを解除するには魔術師の力が必要だが、篤也が複数の敵と戦い、希美と未来がハルメニウスに追われている現状で、それができるのは耀だけだ。
深天は道を切り開くために
あるていどまで西御寺邸に近づくと、落ち武者は追ってこなくなったが、代わりに見覚えのある人影が行く手を遮った。
ハルメニウスに与する唯一の人物、槇村悟だ。
深天にとっては、かつての仲間、そして
「呆れたものだな、深天」
槇村は両腕を組むようにして、かつての彼からは考えられない尊大な口調で話しかけてきた。
「何がですか?」
「僕らの運命を弄んだ教祖と行動していることがだ」
突きつけられた言葉で耀は青ざめたが、深天は呆れ返った。
「アホですか、あなたは。わたし達の運命を弄んだのはハルメニウスではありませんか。教祖様はわたしたちと同じ被害者。そして命を与えてくれた創造主でもあります」
正論を突きつけるが、槇村は動じることなく言い返してくる。
「すべての元凶は、その女が分不相応な願いを抱いたことにある」
「そういうあなたは、どんな願いを胸にハルメニウスに与しているのですか」
「願いなどない。僕はただ、偉大なる神のために働いているだけだ」
「我欲のために、他者の身体を奪おうとするアレのどこが偉大というのですか」
「我欲のためなどではない。ハルメニウス様は世界から、大きな絶望の根を取り払おうとしておられるのだ」
「勝手な言いぐさですわね。そのために身体を奪われる彼女の絶望と、彼女を愛する人々の絶望を考えもせずに」
「あの女はかつて、この世界を消し去ろうとした大罪人だ。その罪を贖うために神に身を捧げることこそが、あの女が選ぶべき人の道というもの」
平然と言って除ける槇村の態度に、深天は明確な怒りを感じて拳を握りしめた。
「人の道など語れるほどの人生経験もないクセに、よくもそこまで傲慢で横柄なことを」
「経験は足りずとも、俺には神の導きがある。だいたい、そういうお前こそ、俺を否定できるほどの人生経験も根拠もないはずだ」
「根拠はあります。わたしには信頼できる仲間がいて、その愛すべき人々と足並みを合わせているのですから」
「人間の仲間がなんだというのだ。愛などと笑わせてくれる。俺はそんな惰弱な人間どもを超越した神に仕えているのだ」
鼻で嗤う槇村。
深天は射貫くような眼光で応じた。
「仕えてなどいない。あなたはそれに依存して身勝手な憂さ晴らしに興じているだけです!」
これだけ言っても槇村は聞き入れない。それどころか心底バカにしたように頭を振ってみせた。
「どうやら話し合いにもならないようだな」
「ええ、残念ながら」
篤也の言うとおり、槇村は人として道を踏み外している。ある意味ではとても
深天は覚悟を決めて身構える。
「どうやら、あなたに言葉は無力なようですわね」
「フンッ、俺と戦う気か」
槇村はもう一度鼻で嗤うと、大きく足を開いて左手を腰だめに構えた。
「いいだろう、それならば相手になってやる」
宣言しながら、右の手を斜め上に上げる。どう見ても、隙だらけで意味不明なポーズだ。
深天は眉を寄せつつ首を捻ったが、それを見ていた耀が突然声をあげる。
「あれは、まさか――!」
不思議なことに、彼女の瞳には何かを期待しているような輝きがあった。
ますます訳が分からず訝しむ深天の前で、槇村が朗々と叫ぶ。
「チェーーーンジ! セイクリッドフオォォーム!」
瞬間、彼の身体が眩く輝き、複雑な魔術式が全身を取り巻くように展開する。
やはり嬉しそうに声をあげる耀。
「聖着だわ!」
「は?」
置いてけぼりをくったような顔で深天は間の抜けた声を発した。
いろんな意味で受け入れがたい状況だが、そんな深天の心情など一切無視して槇村の姿が変わっていく。
身につけていた服は光の中に消え去り、代わりに光沢のある青と黒を基調とした衣装が全身を覆う。さらには身体の各部にアイテールの粒子が収束して、そのひとつひとつが硬質なプロテクターとなって槇村の身体に装着されていった。
最後は翼のようなトゲが生えたヘルメットが装着されて、それが変形して彼の顔を完全に覆い隠す。
「えー」
感嘆には程遠い声をあげる深天の前で、変身ヒーローさながらの姿に変わった槇村がケレン味のあるポーズで叫んだ。
「クレストブルー!」
「きゃー!」
黄色い声を発する耀。
深天は冷え切った声音で訊ねた。
「なんですか、あれ……?」
ふり返った耀が瞳を輝かせながら答える。
「あれこそが殉教戦士クレストの戦闘フォームよ!」
「殉教って、死ぬの確定ですか!?」
「いや、そこはまだ仮名なのだけど、とにかくあれこそが我が教団のシンボルとなる戦士――の予定だったのよ!」
「ようするにアレはあなたが、あらかじめ仕込んでいた能力なのですね?」
深天は疲れた顔で訊いたのだが、耀の顔はそれとは対照的だ。むしろ意気揚々と解説を続ける。
「あなたも知ってのとおり、かつてわたしたちが進めていた計画は、必然的にマリスを生み出してしまうものだったわ。たまたま地球防衛部がいたから、未来にお蔵入りにされてしまったけれど、本来であれば槇村とあなたがアレに変身して、マリスと戦う予定だったのよ!」
「わたしもですか……!?」
頭を抱える深天。今さらだが、教祖が特撮ヒーロー番組の熱狂的なファンであることを思いだしていた。
「あなた達が教団の看板を背負ってマリスを退治してくれれば、教団にとって最高の宣伝になるわ! 危険な敵を排除するとともに信者も獲得できる最高の発案よ!」
そこまでを勢いよく口にした後、耀は嘘くさい涙顔で愚痴るように続ける。
「それなのに未来ってば、胡散臭さが増すからやめようだなんて……」
「賢明な判断ですね」
「ひどいでしょ?」
「極めて賢明な判断ですね」
深天は真顔で繰り返した。
そこに向けて変身を終えた槇村が言い放つ。
「深天、これでお前にも分かっただろう。俺たちがどうして一般人に偽装されて学校になど通わされていたのかが」
実際は、あまりに唖然としたため、まったく考えが及んでいなかったが、そこまで言われたことで深天もようやく気がついた。
「つまり……変身ヒーローとして、マリスと戦わせるためだったのですね」
深天はジト目を耀に向けるが、彼女は悪意のカケラもなく頷く。
「そうなのよ!」
ますます頭を抱える深天。
(この人はアホだ)
それを確信する。
槇村は深天のその様子を見て共感を得られると思ったらしく、指を突きつけながら居丈高に言い放った。
「分かったか、深天。しょせん教祖にとって俺たちなど、ゲームのコマに過ぎなかったのだ!」
変身した槇村の所作はいちいち芝居がかっている。案外ノリの良い男なのかもしれない。
一方の深天は、ごく自然な動作で頭を振った。
「いいえ、この人はセンスがおかしいだけです」
「えーーっ」
心外そうに声をあげる耀。
そちらは放っておいて深天は槇村に向き直る。
「だいたい、この人がどうとかいう前に、あなたのやってることは悪事の上塗りに他なりません」
仮面の下の表情は見えないが、わずかな沈黙を挟んだ後、再び口を開いた槇村の声には不機嫌さが滲み出ていた。
「どうしても俺とやる気か?」
「あなたが投降しないのであれば」
「なら、殺すしかないな」
槇村がドスの利いた声を発する。ヒーローめいたその姿には似つかわしくない言動だ。
臆することなく深天は
その横手から耀の声がかかった。
「深天、あなたも変身よ。生身ではあれには勝てないわ」
ありがたくないアドバイスに無視を決め込むと、次の瞬間、槇村が大地を蹴って飛びかかってきた。
考える前に横に跳んだ深天の傍らを、槇村が猛スピードで通過していく。
「速いっ!」
槇村のスピードは
かわせたのは、たまたま勘が働いたからだ。目で見てからでは、とうてい間に合わない。
焦燥を感じつつふり返ると槇村はそのままいくつかの家屋を薙ぎ倒したあと、派手に雪煙を上げて瓦礫の中に埋まっている。
どうやら彼自身、自分の身体能力を制御できていないようだ。だが、そのていどで自滅するはずもなく、すぐに這い出てくるだろう。
「深天、あなたの魔力は変身に最適化されてあるの!
さらにありがたくない話を聞かされる。
それでも藤咲並みには戦えていたのだが、実際希美や朋子にはとうてい及ばないことを自覚していた。
「イロモノ担当は、どう考えても雨夜さんなのですが……」
嘆息しつつも深天は地球防衛部のマントを脱ぎ捨てて、両手を突き出して交差させる。できると知った時点で、自然と身体が動いていた。
「チェンジ! セイクリッドフォーム!」
高らかに叫ぶと同時に、先ほどの槇村と同じく全身が淡い光に包まれる。
術式が展開して、身につけていた制服がどこへともなく消滅した。下着まで消え失せて、一瞬全裸になった気もするが、身体を取り巻く眩い光が大事なところを隠してくれたはずだ。
赤と白を基調にした光沢のあるスーツが全身を覆い尽くし。胸部を中心に肘や膝にプロテクターが装着されて、頭部はやはり翼を模した耳当てが付いたヘルメットで覆われた。
最後に白いマントが背中に生じ、変身を終えると、無意識のうちにポーズを取って叫んでしまう。
「クレストレッド!」
それを見て耀が親指を立てる。
「グッジョブ、わたし! 今後の課題は背後の爆発だわ!」
「いや、ぜんぜん良くないですし、爆発もいりませんからっ」
ツッコむ深天だが、それ以上構っている余裕はなかった。瓦礫を吹き飛ばして、槇村が起き上がってきたのだ。
しかし、そこで彼は硬直する。
「な、なんで……」
槇村の声は強ばっていた。耀に向かって恨めしげに叫ぶ。
「なんでレッドにだけマントがついてるんだ!?」
「そこですか!?」
思わずツッコむ深天。
対して耀は平然と答える。
「だってレッドはリーダーだから」
「く、くそぅぅぅっ」
何がそんなに悔しいのか地団駄を踏みそうな声を出すと、槇村は自棄になったかのように突撃してきたのだった。