――灯り村。
灯り湯という温泉が有名で、肌艶が良くなり美しくなれるという噂が広まっている観光地だ。
女性に人気で、結婚願望のある未婚の女性にはとくに有名だった。
それは、灯り村にある祠に祈りをささげると結婚願望が叶うと言われているからだ――
「というわけで。有村アリサ、30代になっても結婚のけの字どころか恋人のこの字もない私の人生に色どりをつけるために!!!願掛けのためにも既婚者の友人たちについて来てもらうことで私の結婚運パワーを上げたいのデッス!よろしくお願いいたします!」
「それは出発前に言ってくれるかしら?」
アリサが運転しながら発した言葉に鋭く突っ込んだのは、後部座席に座っているエラ・ラフテルだった。明るい髪色は金色に近く、頭の高い位置に長い髪を結び全ての髪がポニーテールとなっているのが特徴的で顔がハッキリと見えていた。目鼻立ちがくっきりとした顔立ちは明らかに外国人と思われる容姿であった。服も夏であるため露出しており、ノースリーブに短パンという、多少ふくよかな肉体がはみ出していてもまったく気にしている様子のない堂々とした貫録を出していた。そんなエラに続くように、隣に座っていた細身の男が「明日休み?休みなのね!丁度いいわ!じゃあ出かけるから乗って!私が全部奢るから!……て言われて乗ったらこの状態だものね」とアリサの口真似をしているらしく、オーバーに両手を広げながら高い声で言い、最後に疲れたように肩を竦めてつまらなさそうに背もたれに身体を沈めた。彼はイージン・ラフテルでエラの夫だ。同じ髪色をしているが肌は真っ白なエラよりも少し日に焼けており、横幅も半分ぐらいでかなり細いが手足は長く身長も高いことが座っている状態でも伺える。車の天井に殆ど頭がついているあたり、190センチ以上はあるだろう。
「強引だったのは申し訳ないと思っているわ。でも、休みだと確認していたからこその計画性を許してくれると嬉しいわ」
アリサは焦ったように言い訳をするが、運転中の為振り向くことは出来ない。そんな彼女は明るい茶色で目は大きいが鼻は高く唇は日本人らしい薄さをしていた。化粧はあまりしないタイプの様で、素朴な田舎の娘のように見える見た目は年相応に見られることだろう。ただ、男性経験がない、とハキハキと明言するあたり猪突猛進型と伺える口調の速さやあわあわとした雰囲気が醸し出ており、モテないのは本当なのだろう。髪はこの中で一番長く、黒い髪をツインテールにして鎖骨付近にまで垂らしていた。
「あー、どうりでラフテル夫婦がキョトンって顔ばっかしてたのか」
「あら、悠は聞いていたの?」
イージンの隣から聞こえた低めの声に、エラがイージンの横からひょっこりと顔を出し覗き込んだ。この自動車は5人乗りの自動車で、後部座席に座っている3人は右からエラ、イージン、悠の順番だった。
「俺はアリサの従兄弟だから結婚運の上がる観光地をずっと聞かれていたんだよ。でも俺はその辺に疎いし、俺の嫁もどっちかっつーとインドア派だからさ。恋愛系の情報に長けている姉ちゃんにお願いしたんだ」
「はーい、お願いされた理央でーす。ていっても場所の名前だけでカーナビの地図設定とか現地の下調べ的なネットで出来る範囲の調査系はぜ~んぶ悠に丸投げしたよ~」
悠が言い終わると、助手席に乗っていた女性が手を上げヒラヒラと後部座席にアピールするように振った。
浦和悠は刈上げの黒髪短髪に純日本人だとわかる塩顔だ。既婚者であると共に、アリサの従兄弟である。そしてアリサの隣、助手席に座っている理央は理央・オーエンという名前で、こちらは悠の姉で外国人と結婚しているためオーエンという苗字になっている。
血のつながった姉弟ということもあり顔立ちが似ている部分があるが、理央の方はこげ茶色の髪を編み込んで結んでいる。化粧もパリッとしたキャリアウーマンという印象が強く美人だ。
というわけで。
要するに、アリサが運転している5人乗りの白い車にはアリサ以外全員既婚者が乗っている、という状態である。
「なるほどねー。じゃあさっきアリサが説明していた灯り村についての温泉も全部悠が調べたってこと?」
「大正解」
「そこは別に隠しててもいいじゃんかぁ。ううぅ、ネタばらしされていくと運転に集中できないわよぉ」
どんどん明かされていく自分の目的にアリサが半べそ気味になっていると、エラが「例えサプライズだったとしても、黙って連れていく方が悪いのよ。まぁ休みだからよかったし全部奢ってくれるって事だし別に怒ってないけどね」とにまにまとした悪い笑みを浮かべながら言った。
「それぞれ結婚してから仲良しメンバーでおでかけすることも減っていたから、私もついノリノリで探しちゃった」
「俺も。姉ちゃんと最近何か一緒にやるとか全くなかったけど、今回ばかりは喧嘩もなく姉弟で大盛り上がりしたよ」
「悠も理央もシャラーップ!ほら、着いた!灯り村!」
恥ずかしさの限界が来たのだろう。アリサがそう叫ぶと、全員の視線が車の進行方向へと向いた。
まだ昼前で明るい時間帯であったため、全員の目””灯り村”と書かれた木製の看板が村の入り口付近に立っているのが視界に入った。
「ワオ。木の看板に習字の文字。こういう和風なの僕は大好きだ」
イージンが嬉しそうに言って、表情もワクワクと輝いていた。
他のメンバーも同じように表情が輝き、アリサが運転する車は村の中へ迷いなく入っていった。
「確か予約している宿はもう少し奥よ」
そう言いながら、和風な住宅が並ぶ道を車で進んでいくと、4台ほどが止められそうな広いスペースがある大きな屋敷がすぐに見えてきた。
「素敵!ザ、和って感じがするわ!」
エラがイージンと同じくらい大興奮して言っている間にアリサはスムーズに駐車をした。どうやら客として一番についたのがアリサたちのようで、車は他に止まっている様子はなかった。
「さぁ到着よ。早速宿の中に入りましょう」
「昼食も予約していたから、食べたら皆で観光しましょ」
「僕は早めに温泉入りたいなぁ」
「賛成。折角だし存分に楽しみたいしな」
「ウフフ、やっぱりこういう旅行ってウキウキするわね」
アリサが車のエンジンを切ると、理央、イージン、悠、エラの順にそれぞれわいわいと話し始め、荷物を下ろしながら軽い雑談をしつつ屋敷の入り口に向かった。
「わぁ、手で押す木の扉になってる!まさにお屋敷って感じね」
「フー!雰囲気あるぅ!」
日本在住の外国人とはいえ、やはり日本の和という雰囲気が好きな夫婦であるラフテル夫妻は大喜びで「せーの」と声をかけあい、少し重い木の扉を開いた。
「いらっしゃいませ」
2人が嬉々として開けると、待っていましたとばかりに浴衣に身を包んだ使用人らしき人物たちが5人ほど横に並んでいた。どの人も4~50代の女性で、熟練の主婦という仕事が出来そうな雰囲気が漂う者ばかりであった。
「あ、5人で予約していた有村です」
「ああ、有村様でしたか!」
アリサが重い荷物を引きずりながら前に進み出ると、使用人たちではない所から声が聞こえた。
5人が辺りを見回していると、使用人たちがさっと横によけた。すると、使用人たちの背中側に受付があったようで、そこにこの屋敷の一番偉い人、という貫録をした60代ぐらいの見た目をした白髪に白い髭を少し伸ばしているおじいさんがいた。
「お待ちしておりました。さぁさぁお前たち、ご案内なさい。この方々は特別ルームの方々ですよ」
「特別ルーム!?」
「やっほう!アリサ太っ腹ぁ!」
支配人のおじいさんの言葉に大はしゃぎのエラとイージン。
しかしアリサは困惑していた。
(あれ、私確か普通の宿を予約したような……あれかな、昼夜ご飯つきにしたから特別ルームだったとかそういうことかな?)
一度は疑問に感じたものの、宿についてとくに詳しくないアリサは1人でそう納得すると「フフ、任せなさい」と得意げに笑ってみせた。
そうして廊下を歩き、季節の花が植えられている渡り廊下へとついた。鹿威しの音も聞こえる雰囲気のある庭を5人はうっとりと見回した。そこで、アリサがとあるものを見つけた。
「あれは何ですか?」
そう言って指先を向けたのは、色とりどりの花を咲かせる花畑の中に馴染んでいるものの、よく見ると緑に覆われた石のようなものがあった。
「良く見つけましたね。あれが祈ると願いが叶う祠でございます」
「え、あれが祠なんですか!?てっきり苔の塊かと思っちゃった」
「ちょっと、アリサ!流石にそれは失礼よ」
支配人が穏やかな口調で答えた所にアリサが率直な感想を述べてしまい、慌てて理央がぴしゃりと言葉を投げかけた。
「あ、えっと、緑でとても素敵って言いたかったんです!」
慌てて言い直したアリサだがフォローにはなっていない。それに対して理央はハラハラしていたが、支配人の方は全く気にしていない様子で「フフフ、正直なのはよいことです。あれだけ苔に覆われていたら植物と間違えてもしかたありません。屋根の下も苔で覆われていますが、ちゃんと祠ですよ。ほら、この隙間からなら見えるでしょう、祠の空洞が」と皆を手招きするような仕草をした。
誘われるように支配人が経っている場所から庭を覗き込めば、確かに緑の苔だらけの屋根下に空洞が見えた。
空洞の中にオレンジ色の何かが見えたが、朧げに一瞬光ったようにしか見えなかった。それよりもアリサが気になったのは、苔だらけの石屋根の祠の土台が、真新しい漆塗りの木で作られていることだった。
(まるで新しく作られたような感じがする。あそこに何か入れるのかな?小さい穴が見えるから、あそこに指を入れて引っ張たら開く仕掛けかな?)
一度気になれば確認せずにはいられない。
早速尋ねようとアリサが振り向けば
「おーい!もうランチ用意されてるぞー!」
「早く来ないと私がアリサの分まで食べちゃうわよー!」
イーサンとエラの声が、もうすでに離れている場所から聞こえてきた。
どうやら少しの観察で気が済んだらしい一行はさっさとレストランの方に進んでいたらしい。
「ちょ、絶対にダメ!お腹いっぱい食べるのも楽しみにしていたんだからぁ!」
慌てて皆を追いかけ始めるアリサの頭の中には、もう、祠に対しての疑問はなかった。