噴き上がる赤い炎が夜空を焦がしている。
唸りを上げて巻き上がる熱波を前にして、
肩にはコカトリスと名付けられた茶色のニワトリが乗っているが、目の前の炎が気にならないのか、目を細めてアクビを噛み殺している。
燃えているのは町の一角にあるアパートだ。
周囲はすでに野次馬だらけで騒がしく、すぐに消防車を初めとするサイレンの音が響いてくる。
「フッ……。消防隊どもが押っ取り刀で駆けつけたか。だが、もう手遅れだ」
歪な笑みを浮かべると、篤也はさらに声をあげて笑い出した。
「ハハハハッ! 燃え盛れ、バーニング! すべて灰と成り果てるがいい!」
物騒なことを口走っていると、その手首に何やら冷たい物が押し当てられた。
カチャリという音に小首を傾げながら目を向けると、それはどう見ても手錠だ。
「何の真似だ?」
怪訝に思って手錠をかけた冴えない男を横目で睨む。
「いや、どう見ても放火犯みたいだし、とりあえず逮捕を」
まるで警察官のようなことを言う男だ。
なんとなく見覚えのある顔にも思えるが思い出せない。だが、ひとまずそんなことは問題ではない。まずはこの理不尽に対して抗議するのが先だった。
篤也は舌戦を交えるべく口を開く。
「面白いことを言う奴だな。貴様は相手が放火犯というだけの理由で手錠をかけるのか?」
「いや、じゅうぶんな理由じゃないかな……?」
「それはどうかな」
篤也は不敵な笑みを浮かべた。
「私なら絶対にそうはしない! なぜなら、私は警察官ではないからだ!」
「でも、俺は警察官だし……」
「…………」
意外な事実を告げられたかのように、篤也は思わず相手の顔をマジマジと見つめた。
だが、実際には意外でもなんでもない。
篤也は、ひとまず気を取り直して、詰問を始める。
「ならば訊くが、どうしてその警察官がこんなところにいるのだ? 報せを受けて駆けつけるにしても早過ぎるではないか」
「ああ、それは非番で寝ていたから……」
「それは何ともうらやましい話だな。私など年中無休で職務に精励しているというのに」
「そういえば、高校の先生でしたっけ?」
「貴様……なぜそれを知っている? スパイか?」
「いや、俺はあんたのお隣さんだし」
それを聞いて、ようやく篤也も合点がいった。
道理で見た顔だと思ったわけだ。
「なるほど、ということはお仲間ではないか」
「まあ、部屋が燃えてしまったという意味では、そうかもしれないけど……」
ぼやくような声で、目の前で燃える建物を見上げる。
その隣で篤也は再び含み笑いを漏らした。
「くっくっくっ、あのハゲ大家め。実にいい気味ではないか。これで三ヶ月滞納した家賃を払わずに済むのだしな」
「いやいや、それは払って下さいよ。……って言うか、今動機も確認できた気がするなぁ」
「残念だが、私は犯人ではない。警視総監賞は諦めるんだな」
「警視総監賞なんて狙ってませんが、犯人はどう見たってあなたでしょ……」
「なぜだ?」
「それはまあ、あからさまに犯人ですから」
「バカを言うな。どこの世界に自分が放火した建物を見上げながら高笑いをあげる犯人がいるのだ? もしそんな犯人が推理小説にいたら興ざめではないか」
「でも、これは現実だし」
「だったら、なおさらいそうにないだろ」
「事実は小説よりも奇なりってやつですかね」
「パイロンのドン・ジュアンか」
篤也がその有名な言葉の出典について口にすると、若い刑事は首を傾げたようだった。どうやら出典も知らずに使っているらしい。嘆かわしいことだ。かくいう篤也も昨日教え子から聞かされたばかりだが、それはそれ。博識なふりをしてふんぞり返っておく。
「とにかく署まで御同行下さいね」
勝手に話を進めようとする刑事に篤也は呆れて溜息を吐いた。
「ならば手錠は外せ。昨今ドラマなどでも、実に気安く手錠をかける場面が散見されるが、令状もなければ根拠も曖昧な状態で逮捕するなど、本来は許されることではない」
「は、はあ……」
篤也が抵抗しようともしないので毒気を抜かれたのか、刑事は意外に素直に手錠を外した。
「うむ、それでいい」
次の瞬間、篤也が脱兎のごとく逃げ出したのは言うまでもない。
さすがに「あばよ、とっつぁん」とは言わなかったが。
◆
陽楠学園には『地球防衛部』という風変わりな部活がある。
そこに集うのは、創設以来、歴代の部員に受け継がれている神秘の武具――
彼らは時に異界より訪れし脅威を阻み、時に地球を焦土と化す力を持った神の獣を退け、それ以外にも幾度となく世界の危機を救ってみせた本物の
しかし、表向きこの世界ではいかなる超常現象も存在しないことにされている。
ゆえに、神秘の力を管理する裏社会の者たち以外には、その実態を知る者はほとんど存在しない。
彼らと同世代の学校関係者でさえ、地球防衛部のことを「ヒーローごっこをしている変人の集まり」だと誤解していた。