熱波に吹き飛ばされて気絶したものの、刑事に大きな怪我はなかった。
異能力の多くは能力者自身を傷つけないため、これは不思議なことではない。
問題は目を覚ました時に、彼がまたその能力で暴れ出す可能性があることだったが、幸いにもそれを封じるのに適した道具が篤也の部屋に存在していた。
そう、西御寺一門が異能犯罪者を捕獲するために造った特別製の檻だ。
大きさがギリギリなので屈んだ形にして押し込めてあるが、とにかくその中ではあらゆる魔力が機能しなくなる。
「しかし、これは想像以上にアウトな光景ですね」
エイダが顔をしかめつつつぶやく。
檻に入れられた刑事は格子の隙間から顔を突っ込んだコカトリスにつつかれて目を覚ましたようだが、猿ぐつわを噛まされているため、くぐもった声しか出せずにいる。
「意外な形で役に立ったね」
気楽につぶやく朋子。外の異変には早々と気づいていたらしく、すでに円卓への連絡をすませてくれていた。
「西御寺一門は人間をなんだと思ってるんだ……」
青ざめた顔で希美がつぶやくと、篤也はめずらしく真面目に答えを返してくる。
「危険分子に人権などないと考えているのは確かだな。それそのものが危険な考えだというのに身勝手な話だ」
「でもまあ、今回は役に立ちましたよ。後は専門家に引き渡して終わりですね」
エイダの言葉を聞いて、希美は目の前の男の行く末を考えた。
希美たちの協力者である円卓は、世界を裏から支配していると言っても過言ではない巨大な組織だ。
当然ながらこの手の犯罪者を収監する施設を有している。
そこで更生プログラムを受けることになるはずだが、今回の男の能力はかなり危険なものだ。たとえ心を入れ替えたとしても、元の生活には戻れないだろう。
おそらくは組織に忠誠を誓って、怪異や異能犯罪者と戦うエージェントとして生きることになる。もちろんそれは明日をも知れぬ命懸けの仕事だ。だが、それを拒めば生涯を収容所で暮らすしかない。
憐れだとは思うが、無分別にに発砲までするような相手を解放するわけにはいかない。
昏い想いを振り払って顔を上げた希美は、そこにまだ花菱オーナーがいることに気がついて、やや慌てた。
いくら相手が異常者とはいえ、大の男を檻に閉じ込めるなど、一般人から見ればかなり異常な光景のはずだ。
しかし、花菱はごく自然に、この場に融け込んでいるように見える。
希美が戸惑っていると、朋子がそれに気づいて話しかけてきた。
「ああ、大丈夫だよ、希美ちゃん。この人は地球防衛部を知ってるそうだから」
「そうなの?」
希美が顔を向けると花菱はニッコリと微笑んだ。
「ええ。実は昔、地球防衛部そのものではないのだけど、その関係者に危ないところを救われてね」
「へえ……」
「アレは花火大会の夜だったわ。おかしな光の騎士に襲われたアタシを、とても美しい人が助けてくれたのよ。本当にもう、うっとりするほど美しくてね。正直、一目で虜になってしまったわ」
言葉通り、うっとりとした顔つきで遠い目をする花菱。
「思えばアレがアタシの初恋だった。だからアタシはその日からずっと彼女のようになりたいと、美に磨きをかけ続けているのよ」
女の子に恋をしたのであればなんとなく……いや、むしろ確実に努力の方向性を間違えている気はしたのだが、希美はあえてコメントは避けた。
「しかし、つくづく不思議なものだな。縁は巡ると言うが、良いことも悪いことも意外な形でどこかに繋がっているものだ」
そうつぶやいたのは篤也だった。すでに麦わら帽子もサングラスも外して、窓の外に広がる町並みを穏やかな顔で見つめている。
つい先日まで続いていた大きな事件においても、彼はそこで意外な再会を経験したのだ。
思えば希美と篤也の再会もまた不思議な縁によるもので、朋子とも意外な接点があった。エイダにしても先輩方の戦友の弟子にあたり、まったく無縁な相手ではない。
もちろん、それとはべつに新しい出会いも経験した。なればこそ、その縁も大切にすれば、またどこかで巡り巡って繋がるのかもしれない。
「人の縁は大切にしないとな」
希美の言葉はひとり言だったが、エイダは聞き取ったらしく、笑顔を向けて答えてくれた。
「もちろんですよ」
なんとなく今日だけでも彼女との距離が、また少し縮まった気がする。帰国したところを突然呼び戻されて、彼女にとっては災難だったかもしれないが、今日ここで再会させてくれた篤也に、希美はこっそりと感謝した。