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宇宙打撃空母クリシュナ ――異次元星域の傭兵軍師――
宇宙打撃空母クリシュナ ――異次元星域の傭兵軍師――
黒鯛の刺身
SF宇宙
2025年06月02日
公開日
1.9万字
連載中
 半機械化生命体であるバイオロイド戦闘員のカーヴは、科学の進んだ未来にて作られる。  彼の乗る亜光速戦闘機は撃墜され、とある惑星に不時着。  救助を待つために深い眠りについた。  しかし、カーヴが目覚めた世界は、地球がある宇宙とは整合性の取れない別次元の宇宙だった。  カーヴを助けた少女の名はセーラ。  戦い慣れたカーヴは日雇いの軍師として彼女に雇われる。  カーヴは少女を助け、侵略国家であるマーダ連邦との戦いに身を投じていく。 ――時に宇宙暦880年  銀河は再び熱い戦いの幕を開けた。 ◆DATE 艦名◇クリシュナ 兵装◇艦首固定式25cmビーム砲32門。    砲塔型36cm連装レールガン3基。    収納型兵装ハードポイント4基。    電磁カタパルト2基。 搭載◇亜光速戦闘機12機(内、補用4機)    高機動戦車4台他 全長◇300m 全幅◇76m (以上、10話時点)

第1話……冷凍睡眠

「敵艦見ゆ! 方位A63-B。画像詳細は圧縮通信で送信完了!」


 母艦からの応答が、頭蓋内に埋め込まれた通信チップを通じて響く。


『了解! 直ちに帰投せよ! 幸運を祈る、カーヴ!』


 私は頷き、操縦桿を握り直した。亜光速戦闘機「シルバーファング」のコックピットは、私の第二の皮膚だ。

 フライ・バイ・ライトの柔らかなフィードバックが指先に伝わり、まるで機体と私が一つの生命体のように感じられる。

 この時代、敵を捕捉するレーダーと、それを妨害する電波技術は、終わりなき技術戦争を繰り広げていた。妨害電波が優勢な今、敵の位置を特定するには、こうして危険を冒し、敵陣深くに潜り込む必要があったのだ。


「よし、帰るか!」


 データ送信を終え、機首を母艦へ向ける。だが、その瞬間、頭上の暗闇に二筋の光条が閃いた。敵の警戒機だ。私の存在を嗅ぎつけたらしい。


「ちっ、しつこい奴らだ!」


 フットペダルを力強く踏み込み、動力炉に追加エネルギーを送り込む。シルバーファングのエンジンが咆哮を上げ、機体は一気に加速。背後から迫る光条を振り切るため、私は全神経を集中させた。


【警告】『敵射撃管制システムに捕捉されました』


 副脳の無機質な声が脳内に響く。

 ロックオンされた瞬間、背後からレーザー機銃の嵐が襲いかかってきた。赤い光の奔流が、虚空を切り裂く。


「南無さん!」


 私は操縦桿を力一杯捻り、機体を急旋回させる。Gフォースが全身を締め付け、グラスファイバー製の筋膜が軋む音が聞こえる気がした。

 だが、シルバーファングは私の意図に忠実に従い、敵の攻撃を紙一重で回避する。


「よしよし、いい子だ!」


 数度の急旋回で敵機を振り切り、逆にその背後を取る。照準サイトに捉えた敵機は、まるで逃げ惑う獲物のようだ。

 私は静かに呟く。

「お利口さんだ…」


 レールガンのトリガーを引く。タングステン榴弾が唸りを上げ、敵機に吸い込まれる。刹那、敵機は眩い爆炎と共に四散した。


【報告】『撃墜確実』


 副脳の声が淡々と告げる。私はさらに二機を仕留め、通算撃墜スコアを998に伸ばした。満足感と疲労が混じる中、母艦への帰投を開始する。



「ふぅ…」


 敵の警戒網を抜け、自動航行システムに切り替えた私は、コックピットの収納からサンドイッチを取り出す。

 だが、一口噛んだ瞬間、顔をしかめた。


「…マスタードを入れ忘れたな、アイツ!」


 馴染みのコック、若い新兵が用意したサンドイッチは、私の期待を裏切っていた。

 戦闘後のアドレナリンが引く中、食事は私にとって唯一の「人間らしい」報酬だったのだ。スパイスの刺激がなければ、疲れた体は満足しない。バイオロイドとはいえ、生体パーツの多い私の体は、こうした小さな喜びを求めていたのだった。


【警告】『燃料バルブ破損』


 副脳の警告音が、眠気を吹き飛ばす。だが、私は焦らない。戦闘後にはよくある軽微な故障だ。応急処置を施せば、母艦までたどり着ける。


――ドン!


 その瞬間、機体を揺らす激しい衝撃。コックピットの警告灯が赤く点滅した。


【非常警告】『機体重度破損』


 背中に鋭い痛みが走った。グラスファイバー製の筋膜が裂け、脇腹から鮮やかな赤い血が溢れ出す。酸素をたっぷり含んだバイオロイドの血液だ。

 生身の人間なら即死だっただろう。だが、私の体は頑強に作られている。医療用冷凍スプレーを傷口に吹き付け、モニターで被害を確認した。


「…宇宙ゴミか。どうも運が悪いな」


 どうやら、艦艇の装甲片とでもいうべき巨大な破片と衝突したらしい。

 自動航行システムの限界に苛立ちつつ、応急修理を試みるが、状況は絶望的だった。動力炉は深刻なダメージを受け、燃料と酸素の残量も尽きかけている。母艦への帰投は、もはや不可能だった。


「ついてないなぁ……」


 ぼやきながら、緊急信号を母艦へ発信。危険な燃料ユニットを切り離す。

 撃墜され、遭難するのはこれで64回目だ。古参兵の私には慣れたものだった。


 冷静に作業を進めながら、ふと外の景色に目をやる。

 青い星が、暗闇の中で輝いていた。


「…綺麗な星だな」


 モニターで確認すると、知的生命の存在は確認されていないが、水と大気を持つ惑星のようだ。だが、シルバーファングの損傷は深刻で、大気圏突入に耐えられる状態ではない。この星が、私の墓標になるのだろう。


 私はコックピットを冷凍睡眠モードに切り替えた。万が一の救助に備え、生命活動を最小限に抑える。バイオロイドの体は、機械と生体の融合だ。死への恐怖は薄い。それでも、ふと呟く。


「あと2機だったな…」


 通算撃墜記録1000まで、あと2機。兵器として生まれた私の人生は、こんな数字で締めくくられるのか。皮肉なものだ。

 機体が大気圏に突入し、赤熱する振動がコックピットを包む。私は冷凍睡眠モードに身を委ね、低体温の眠りへと落ちていく。青い星が、静かに私を飲み込んでいった。




☆★☆★☆


【通知】『生命活動を再開します』


 副脳の無機質な声が、脳内に静かに響く。まるで遠い海の底から浮上するように、私の意識がゆっくりと揺り起こされた。


 ……どれだけの時間が過ぎたのだろう?


 冷凍睡眠モードの記憶は曖昧で、時間の感覚は霧のように薄れている。だが、体に異常はない。

 バイオロイドの自己修復ナノマシンが、傷ついたグラスファイバー製の筋膜や生体パーツをほぼ完全に再生していた。脇腹の裂傷も、まるで夢だったかのように消えている。


「……ここは、どこだ?」


 目を開ける前に、まず違和感に気づいた。軍の簡素な医療ベッドとは程遠い、柔らかく沈み込む感触。まるで雲に包まれているような、過剰なまでの快適さだ。


 ゆっくりと瞼を上げると、視界に飛び込んできたのは、木目が美しい天井と壁だった。無機質な戦闘機のコックピットとは対極的な、温かみのある空間。まるで古い時代から切り取られたような部屋だった。

 私は、繊細な刺繍が施された天蓋付きのベッドに横たわっていたのだ。


 視線を巡らせると、壁には色鮮やかな絵画が掛けられ、彫刻が施された木製の家具の上には、釉薬の輝く壺が静かに佇んでいる。

 まるで貴族の館のような、時代錯誤の豪奢な部屋だった。この星に知的生命はいないはずではなかったか? モニターのデータは誤りだったのか、それとも…。


「ふあぁ~」


 思わず大きなあくびが漏れる。戦場で鍛えられた警戒心はどこへやら、体の疲れが一気に解放されたような安堵感に包まれた。

 私は上体を起こし、部屋を見回す。

 だが、その瞬間、小さなノック音が扉から響いた。


「…ん、目覚めたようだな?」


 低く穏やかな声とともに、扉が静かに開く。そこに立っていたのは、70歳ほどの老人だった。白髪を丁寧に整えたその姿は、上品な威厳を漂わせている。

 深い藍色のローブをまとい、手に持った杖には奇妙な光沢の石が埋め込まれていた。まるでこの部屋と同じく、時代を超越した存在感のようだった。


「お前は…?」


 私の声は、かすかに掠れていた。バイオロイドの喉は感情を映すが、この老人に対する好奇心と警戒心が、言葉に滲み出ていた。


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