――あれから五年が経った。
マーダ星人の特殊ミサイル解析を突破口に、現人類の戦局は徐々に好転していった。
各星系で反攻の狼煙が上がり、失われた版図は次々と奪還され、居住環境や食糧難も飛躍的に改善した。
希望の光が、荒廃した星々に再び灯り始めたのだ。
ライス伯爵家を率いるセーラは、マーダの技術解析とその対策を成功させた功績により、公爵家へと昇格した。
彼女の冷静沈着な行動と、揺るぎない信念が、人類の未来を切り開いたのだ。
……やがて、マーダ星人たちは人類の活動範囲から撤退。対マーダ戦は一応の終息を迎えた。
「……もう、大丈夫だろう」
私は静かに呟き、セーラ公爵に退職願を提出した。彼女は引き留めてくれたが、最終的には私の決意を尊重してくれた。
その後は、レイとトムが軍務を引き継ぎ、老いてなお盛んとしたフランツさんも家宰として現役を貫いている。
……だが、私にはまだ果たすべき使命があったのだ。
この宇宙の戦乱の火種――ただ一人残された、地球という星の人間。
その存在こそが、すべての鍵を握っているはずだった。
私は、この大きな星間規模の戦乱の原因を突き詰めるため、旅に出ることを決めたのだ。
☆★☆★☆
「次はどの星系にしようか?」
私は宇宙空母クリシュナの操舵室で、目の前に広がる星々の海を眺めながら呟いた。
「……そうですねぇ」
隣に立つウーサが、柔らかな笑みを浮かべながら答える。
彼女の手には、出来立てのサンドイッチが載ったトレイ。香ばしいパンの匂いが、操舵室に漂う。
「……ほら、あの青白い銀河はどうだ?」
私は銀河系の端に輝く、神秘的な光の帯を指さした。
「いいねぇ、旦那! 行ってみようぜ!」
ブルーが陽気に笑い、操舵コンソールに飛びつく。その声は、果てしない宇宙を冒険する好奇心に満ちていた。
「クリシュナ、対消滅機関始動!」
『了解!』
船員の汎用ロボット、コンポジットが甲高い電子音で応答し、きびきびと動き始める。
その姿はまるで、宇宙を駆ける青春の欠片のようだった。
対消滅機関が低く唸りを上げ、真空の宇宙から無限のエネルギーを汲み上げる。
クリシュナの船体が軽く震え、星々の彼方へと飛び立つ準備が整った。
無垢な星の光が、操舵室の窓を彩る。私はサンドイッチを頬張りながら、ブルーとウーサと共に笑い合った。
……この果てなき旅路には、確かに青春と呼べる何かがあったのだ。
☆★☆★☆
――遠い未来。
銀河の中心に浮かぶ超文明の博物館、「星々の記憶殿堂」。
そこは、かつての銀河史を後世に伝える聖域だった。
無数の星系から集められた遺物が、透明な反重力フィールドに浮かび、訪れる者を過去の物語へと誘う。
博物館の外壁は、自己修復型のナノマテリアルで覆われ、まるで生き物のように光を反射し、刻一刻とその色を整えた。
内部には、ホログラムと量子投影が織りなす展示空間が広がり、訪問者は時空を超えて歴史の断片を体感できた。
その一角、古の大銀河を統治した「ライス大帝国」の栄光を讃える展示エリアには、ひときわ古びた宇宙船が浮かんでいた。
船体は無数の戦闘痕に覆われ、かつての激戦を物語る。
だが、その傷跡すらも、どこか誇らしげに見えた。
「お母さん、このオンボロの宇宙船、なんて名前なの?」
小さな少女が、母親の手を握りながら、興味深そうに尋ねた。
彼女の瞳には、好奇心と無垢な輝きが宿っていた。
「クリシュナっていうらしいわね」
母親は優しく微笑み、展示パネルの説明を読み上げる。
「ライス大帝国の勃興期に活躍した船なんですって。こんな旧式の船で、よくあんな危険で広い宇宙を旅したものね……」
「……ふぅん」
少女は首をかしげ、クリシュナの船体をじっと見つめた。その瞬間、展示場のホログラムが起動し、クリシュナの航海を再現した映像が流れ始める。
星々の間を疾走する船体、対消滅機関の青白い輝き、そして果てしない宇宙の美しさが、少女の周囲を包み込んだ。
博物館の天井には、人工星雲がゆらめき、遠い過去の銀河を模していた。
壁面には、ライス大帝国の歴史を刻んだ光のタペストリーが揺らぎ、来場者にその繁栄と衰退を語りかける。
クリシュナの展示台には、かすれた文字で記された日記の断片が投影されていた。
……それは、地球という星に生まれ、最後の人間であるカーヴという名の男が綴った、星々への旅の記録だった。
そして、彼が人間であったことは、彼の生きた時代には決して明かされることはなかったらしい……。
「ねえ、お母さん。この船に乗ってた人たちは、どんな人だったの?」
少女が再び尋ねると、母親は少し考えて答えた。
「きっと、すごく勇敢な人たちだったのよ。宇宙の果てまで旅して、誰も知らない真実を探し続けたんだから……」
少女は目を輝かせ、クリシュナを見つめた。その小さな心に、遠い過去の冒険者たちの物語が、確かに刻まれたのであった。
――終――