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あなたに届け、私の初恋
あなたに届け、私の初恋
maricaみかん
恋愛現代恋愛
2025年06月02日
公開日
2,851字
完結済
ネタバレ:届きません

第1話

 私、大原優希は恋をしている。相手は、田井匠くん。とっても素敵な人なんだ。


 まず、顔を含めた雰囲気がいい。とても整った顔で、ちょっと冷たさを感じる部分もあるかな。髪はしっかり整えられていて、服装もきちっとしている。近寄るとほんの少し香る、制汗剤のミントみたいな匂いも好き。全体的に、清潔感のある人。少し陰があるのが、またギャップで素敵かも。


 もちろん、外見だけが魅力じゃないんだけどね。私も、そんなに安い女じゃないし。


 例えば、テストで毎回平均90点を取るくらい勉強ができるんだよ。私にも教えてくれることがあったんだ。


「ああ、ここか。因数分解の公式は、普通に導き出すのは相当難しいな。だから、展開を覚えてしまう方が早い。どうしても導きたいなら、1次の部分を分けて……」


 なんて、私の疑問にしっかり先回りして答えてくれたりして。授業を受けるよりも分かりやすくて、匠くんはとっても賢いんだなって思えた。


 他にも、スポーツも得意なんだ。バスケ部では、なんとエースなんだよ。応援に行った時、カッコよかったな。


 特に印象に残っているのが、スクープショットっていうのを決めた時。相手ガードのためにジャンプしているのを、右腕を鞭のようにしならせたシュートでかいくぐっていたんだ。絶対止められちゃうって思ってたから、本当に感動したんだ。


 それこそ、隣で応援してた子と抱き合いながら飛び上がっちゃうくらい。もう最高で、きっと一生忘れないと思う。


 しかもね、匠くんの魅力はまだあるんだ。それは、優しいところ。


 同じ保健委員なんだけど、そもそも同じ委員になる切っ掛けが良いんだ。私だけが立候補して、他の誰も手を挙げなかったんだよ。それで、押し付け合いそうな空気になっちゃって。でもね。彼は違ったんだ。


「なら、俺がやるよ。大原も、嫌々やる相手と一緒は困るだろ?」


 なんて言ってくれて。それだけじゃないよ。他のエピソードだってある。


 委員として、クラスのみんなの前で意見を募る時間があったんだ。だけど、私は前に立てなくて。その時の言葉、素敵だったな。


「俺に任せておけ。代わりに、黒板を拭いてくれれば良い。それで、お互い様だろ?」


 なんて言われて、好きにならない方が無理だよね。だって、ただでさえカッコよくて、勉強ができて、スポーツ万能で、その上にこのセリフ。


 その時に、彼の襟の裏から漂っていたミントの香りがきっかけで、私はミント飴を好きになったんだよね。なんか、匠くんと繋がっている気がして。今では、大好物なんだ。


 彼はその香りの制汗剤をつけるくらいなんだから、きっと同じ好みなんだよね。おそろいみたいで、とても嬉しいんだ。


 そんな彼は、よく告白されているみたい。なのに、誰からの告白も受けていないんだ。噂に聞くところによると、誰とも付き合う気はないらしい。つまり、チャンスだよ。今なら、彼はフリーなんだから。私が、彼の陰を癒やしてあげるよ。そうすれば、お互い幸せだよね。


 あんなに優しくしてくれたんだから、匠くんだって私のことが好きなはずだもん。今を逃すのは、損するだけだよね。


 ということで、その日の夜に手紙を書いたんだ。


 私は、思いは自分の声で届けてこそだと思う。だから、手紙の内容は単純。昼休み、体育館裏に来てほしいって、それだけ。後は名前くらいかな。


 でも、そんな短い文を書くだけでも、何回も失敗しちゃったんだ。手が震えて字が歪んで、とても見せられないものになっちゃった。これは、付き合った先でも秘密にしておくよ。


 そして次の日。朝早くに登校して、彼の机に手紙を入れた。匠くんは、確かに手紙を読んでいたよ。


 だから、授業中もずっとドキドキしたままだったんだ。それでも、彼から目が離せなかったんだけど。どこかアンニュイな表情をしていて、やっぱり素敵だなって思えたよ。


 そして、待ちに待った昼休み。体育館裏に向かうんだ。気合を入れるために、ミントの飴を舐めながら。すっとする美味しさが、私の心を軽くしてくれたよ。


 ふと空を見ると、とても青くて雲一つない、澄んだ空が広がっていた。どこまでも飛んでいけそうな、すごく広がった空が。そして、太陽が温かさを運んでくる。合わさって、とてもきれいで、これからの私達を祝福してくれているって思えたんだ。


 ちょうど飴が溶けた頃、たどり着いた体育館裏。彼はポケットに手を突っ込んで、うつむいて待っていた。さあ、楽しい時間の始まりだよ。私達の望みは叶うんだ。


「ごめん、待ったかな?」


 そう言うと、軽く手を振ってくれた。気にしなくていいってことだよね。じゃあ、もう言っちゃおう。


「ねえ、匠くん。私は、あなたが好きです。付き合ってください」

「……参考までに聞くんだけどさ、俺のどこが好きなんだ?」


 いま、少し間があったよね。つまり、答えを考えていたってことかな。絶対に、良い答えだと思うよ。でも、ちゃんと気持ちは伝えた方が良いよね。


「カッコいいところ、勉強ができるところ、スポーツ万能なところ、優しいところ。つまり、全部かな」

「そうか。なら、お断りだ」


 想像もしていない答えが返ってきて、息が止まった。汗が粘つく。口が乾いてきた。耳鳴りがする。ちょっと寒い。膝が笑っちゃいそう。


 どうしてなんだろう。何が嫌だったのかな。怖くて、匠くんの顔が見れない。そういえば、彼は今までどんな顔をしていたんだろう。分からない。何も分からないよ。


「私の、何がダメなの? これまで、仲良くしてきたよね?」

「それなのに、お前は俺の表面しか見ていない。うんざりなんだよ。何も知らずに好きだと言ってくる奴らは」


 表面しか見ていないって、そんなにヒドいことを言わなくてもいいじゃん。私は知ってるんだよ。匠くんがどれだけ色んなことをできたか。


「何も知らないなんてことはないよ。ずっと頑張ってたのを見てきたよ。だから、あんなに結果を残せたんだよね」

「俺をずっと見ていたのなら、どうして俺は誰とも付き合わないって言っているのに告白してきたんだ? 知らなかったのか?」


 それは、確かに……。でも、だったら私の気持ちはどうすれば良かったの? ずっと告白もせず、黙って諦めていれば良かったの? そんなの、ヒドすぎるよ……。


「匠くん、私は本当にあなたのことが……」

「悪いが、大原と付き合うつもりはない。話は、これで終わりだ」


 彼が去っていく間、私はただ立っているだけしかできなかった。それが終わって、喉が荒れてるなって思った。そのままミント飴を口に入れたら、何も美味しくなかった。ただ口が冷たくなるだけのようで。さっきまで、好きだったはずなのに。


 私の心は真っ暗だ。先なんて何も見えなくて、目の前に何があるのかも分からない。もしかしたら、何も無いのかもしれない。


 涙がこぼれそうになって、上を向く。滲んだ視界に映る空は、それでも雲一つなくて。私の心は澱んでいるのに、何も変わっていないまま。手を伸ばしたって何もつかめそうにないくらい、遠くまで広がっている。


 ぜんぶぜんぶ消し去ってしまいたいくらいに、きれいだった。

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