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After graduation -アースセーバー外伝Ⅱ-
After graduation -アースセーバー外伝Ⅱ-
五五五 五
現代ファンタジー異能バトル
2025年06月02日
公開日
1.1万字
完結済
怪異が世界の見る悪い夢ならば、きっとその逆が正義の味方なのだろう――高校時代を正義の味方として過ごした地球防衛部の卒業生たち。学校を卒業すると同時に正義の味方も卒業した奏杜は、ごく当たり前の大学生として平穏な日々を送っていたのだが……。 ※この作品はカクヨム、小説家になろうでも公開しています

第1話 これが最後の戦いだ

 晴天に恵まれた三月。昨日までの寒さが嘘であるかのように、この日の気候は穏やかだった。爽やかな青空の中を綿のような白い雲がゆったりと漂っている。

 若者たちが慣れ親しんだ学舎をあとにして、次のステップへと羽ばたいて行くには、またとない一日だった。

 澄んだ朝の大気の中で粛々と行われた卒業式もつつがなく終わり、校庭で卒業生たちが慣れ親しんだ母校との別れを惜しんでいる頃、この陽楠学園には例外的に部活動を行っている者たちがいた。

 学校からさほど遠くない森の中、閃いた白刃を月見里やまなし朋子ともこは、手にした金色の金槌ハンマーでかろうじて弾き返す。

 対峙しているのは頭の上から足の先までが影のように青黒いサムライの群れだ。

 もちろん人間ではない。

 世界に遍く神秘の力の源アイテールが歪みを帯びることで現出するマリスと呼ばれる怪物だ。

 こんなものが実在しているなど、世間一般の人々は夢にも思っていないが、マリスを始めとする怪異と人類の戦いは、遙かな過去から歴史の陰で繰り返されてきたことだ。

 朋子が属する陽楠学園地球防衛部は、そういった怪物と戦う人類の一翼を担う集まりだった。

 歴代部員の多くは平凡な高校生だが、稀代の魔法使いと呼ばれる初代部長が遺した金色の武具アースセーバーが彼らに戦う力を与えてくれる。

 さらには全員がトレードマークともなっている紺のマントで身を包んでいるが、これはその見た目に反して優れた防具であり、影色のサムライが手にする刀剣でも簡単には切り裂けないはずだ。

 とはいえ、さすがにアテにしすぎるわけにはいかず、敵の刀身から逃れるため、朋子は軽く後方にステップを踏んだ。

 それを見て敵の一体がすかさず追い打ちをかけようと踏み込んでくるが、朋子の左隣の先輩が素早く槍を突き出して串刺しにする。

 一撃で息の根を止められたサムライは骸を遺すことなく光の粒子と化してかき消えた。歪んだ存在であるマリスが神秘の力の源アイテールに還元されたのだ。


「慎重にな、月見里。こいつらは手数で来るタイプだから、お前の得物だと、ちょいと不利だ」


 金色の槍を手にした先輩が軽い口調で告げてくる。ひょろりとしたのっぽで、どこか飄々とした男だが、その戦いぶりは堅実で頼り甲斐があった。

 朋子は無言のままうなずきを返すと、金色の金槌ハンマーを構え直す。

 今回現れた影色のサムライたちは特殊な力こそ持たないものの、近接戦闘に特化しており、なかなかの強敵だ。

 右隣の先輩も、先ほどから金色の二丁拳銃を連射しているが、サムライたちは手にした刀で弾丸を弾き飛ばしている。


「埒が明かんなぁ。オレの武器も相性がよーないわ」


 苦笑いを浮かべる銃使い。槍使いの先輩とは対照的に彼は恰幅の良い男で、いつも愛嬌のある笑顔を絶やすことがない。こんな状況でもそれは同じで、重苦しい空気になりがちな状況では、いつも彼が場を和ませてくれた。


「んなこと言ってると、いいところを全部部長と副部長に持って行かれるぜ」


 槍の先輩が面白がるように告げる。

 その声に釣られるように朋子は副部長に視線を向けた。

 刀使いの副部長はいつものように他の仲間からは、やや離れたところで戦っている。その戦闘スタイルから、連携を取るのが苦手だが、決して人付き合いが苦手なわけではなく、むしろその逆だ。

 戦いに際しては凜々しい顔つきで、一心不乱に敵を斬り倒していくが、普段は明るく人懐こい美少年である。

 小柄な刀使いゆえに仲間たちからは、地球防衛部の沖田総司などとからかわれることがあるが、鮮烈な戦いぶりは、その綽名に相応しいものだった。

 今も迫り来る影色のサムライたちを次から次へと斬り捨てている。


「相変わらずやなぁ。正直任せてもうてもええ気がするけど、最後の戦いでボウズは恰好がつかへんし、オレもちっとは本気出すかぁ」


 恰幅の良い先輩が両手の銃を軽く一回転させると、銃口の下部からやや大ぶりのブレードがせり出してくる。


「月見里さん、背中は任せたで!」


 いつものように後輩にも敬称を付けて告げると、彼は敵陣に踏み込んでいった。

 鈍重そうな見た目に反して驚くほど素早い男だ。武器は銃だが、実は近接戦をまったく苦にしない。素早く間合いを詰めると銃から伸びたブレードで影色のサムライを斬り裂き、隙あらばゼロ距離から銃弾を叩き込んでいく。


「まったく……手抜きしてねえで、最初からそうしろってんだ」


 苦笑しながらつぶやくと、槍使いの先輩も彼に続いて敵陣に踏み込んでいった。

 朋子も慌てて後に続きかけるが、その肩に柔らかい手が軽くふれる。


「力みすぎだよ、朋子」

奏杜かなと先輩……!」


 最後のひとり、部長の奏杜がいつの間にか、すぐ後ろから柔らかい眼差しを向けてきている。


「大丈夫。あなたは自分で思っているよりもずっと強い。ちゃんと実力を発揮できれば、こんな連中は、ひとりでだって片づけられるはずだよ」


 言いながら奏杜は腰の鞘から金色のレイピアを引き抜いた。

 すると、それに呼応するかのように影色のサムライの中から、一際大柄な個体が現れる。おそらくは今回の怪物たちのボスといったところだろう。

 緊張を強める朋子だが、奏杜の声はむしろのんきに聞こえた。


「でもまあ、今日のところは先輩に花を持たせてもらおうか。これが最後の仕事だからね」

「先輩……」


 朋子に笑ってうなずくと、奏杜は自然体のままボスザムライに向き直った。


「さあ、おいで。目覚めの時間だ」


 これは奏杜が毎回のようにマリスに告げる言葉だ。

 その言葉を理解したのかどうかは定かではないが、ボスザムライは口元を笑みの形に歪めながら、他の個体とは比較にならない速さで踏み込んでくる。

 長い太刀が大気を斬るというよりは、いっそ押し潰すかのような勢いで迫るが、奏杜はそれを手にした金色の細剣レイピアで簡単に受け流した。

 慌てて刀を引き戻すと、ボスザムライは繰り返し刃を閃かせるが、奏杜もまたそれを同じように打ち払う。刃と刃がぶつかる度に、そこから光の粒子が星屑のように飛び散った。

 これは奏杜が有する魔力の特性ゆえの現象だ。彼女は副部長と甲乙付けがたい凄腕だが、ただ強いだけではない。その星屑のごとき輝きと相まって、誰もが見惚れるほどに華麗な戦いをするのだ。

 舞台俳優のように優雅で、ダンサーのようにしなやかで、獅子のように苛烈――それが当代部長、保柴ほし奏杜だった。

 敵の太刀を繰り返し受け流した奏杜は、自信に満ちた笑みを浮かべたまま、氷上を滑るような足取りで敵との間合いを詰める。長すぎる得物が邪魔になって対処が遅れた敵は慌てて身を引こうとするが、彼女はその暇を与えることなくレイピアを振り抜いた。

 刀身から星屑が散り、両断された敵の身体が斜めにズレながら塵と化していく。

 朋子は、しばしの間、その華麗な戦いぶりに見とれていたが、戦いはまだ終わったわけではない。

 小さく深呼吸して気持ちを切り替えると、金色の金槌ハンマーを手に大地を蹴った。

 朋子にとってこれが、この先輩たちと肩を並べて戦う最後の戦いだ。

 次からは朋子自身が部長となって、新たに仲間となってくれる人材を探し出さなければならない。

 正直不安は山積みだが、今はそれを忘れて戦いに集中する。少なくとも、思い出に残るであろうこの戦いで悔いなどは残したくなかった。



「なるほど、部長の先輩方も、ただ者ではなかったんですね」


 朋子の思い出話にうなずいたのは、イギリスからの留学生で、今年の一年生部員のエイダだ。本来は円卓と呼ばれる巨大な組織に所属する騎士だが、人手不足の地球防衛部のために助っ人として派遣されていた。もっとも、夏休み前に一度は帰国しており、今後の身の振り方はハッキリとはしていない。

 そんな彼女が今またここにいるのは、顧問に騙されて引っ越しの手伝いに駆り出されたからだ。

 何か厄介な事件が起きたと思い込んでイギリスから遙々来訪した彼女は、当初こそキレまくっていたが今は落ち着きを取り戻して、二つ目のアイスを片手に朋子の思い出話に耳を傾けている。

 この部屋にはもうひとり一年生部員がいるが、彼女は大きなソファに身体を預けてうたた寝中で、部屋の主である顧問は、つい先ほど起きた騒動の後始末のために外出していた。

 彼が飼っているニワトリは、ずっとテレビの前に陣取っているのだが、気をつけてみていると、ときおり足でリモコンを押してチャンネルを変えたりしている。いくらなんでもそんなに知能が高いはずはなく、たまたまそう見えるだけだとは思うが、時々妙な賢さを見せることもあり、眺めていると怪訝な想いに駆られる。


「そういえば地球防衛部の卒業生って、卒業後はどうしているのでしょうか?」


 エイダの質問に朋子は逸れかけていた注意を戻した。


「それはいろいろらしいけど、少なくともわたしの先輩たちは普通に進学して地元には残ってないよ」

「ああ、ここって田舎ですからね。みんなやっぱりガラスの都会に憧れるということですか」

「エイダちゃんって時々時代がかった言い方をするね」

「他にもありますよ。愛憎うごめくメカニカルタウンとか、涙も枯れる東京砂漠とか――日本語は詩的な表現が多いのが魅力ですよね」

「それは詩的なのかな?」


 首を傾げる朋子だが、エイダはそこには拘らずに話を進めた。


「先輩方と連絡は取り合っていないのですか?」

「ああ、それはね……」


 朋子は笑みをやや寂しげなものに変えて思い出を語り始める。

 穏やかな夏の午後の一コマ。テーブルに置かれていたコップの中で溶けた氷が涼しげな音を立てた。


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