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世界因習村巡り
世界因習村巡り
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ホラーホラーコレクション
2025年06月02日
公開日
1.1万字
連載中
因習村の呪いで苦難に満ちた生涯を送る人の物語です。三つくらいの因習村を回ります。

第1話「因習村漫遊記」

 ネオページ第二回テーマ短編プチコンテストを書くに当たって、私の父について語ることをお許し願いたい。第二回の募集テーマ〈ホラー〉の「封印された祠を壊してしまった!」という題材に深くかかわってくることなので。

 私の父ントス・ンリプ・ンナコウは自由カラマズ・タコマ辺境伯領の大豪族イデスリヨン男爵家に仕える竹林派の桂冠詩人一族の本家の跡取り息子として、この世に生を享けた。そういった生まれなので本来であれば、そのまま祖父の後を継ぎイデスリヨン男爵家の宮廷で吟遊詩人として一生を終えるはずだったが、時代の変遷がそれを許さなかった。革命と動乱が地方貴族の領国へも波及し、呑気に詩文なんぞ詠んでいられなくなったのだ。父は自分の弟に家督を譲り上京した。そして旧政権を打倒して樹立した新政府の役人となる道に進む。今まで生きてきた封建的な世襲体制から実力重視の生活へ舵を切ったのだ。その選択は間違っていなかったのだろう。高級官僚養成学校である首都帝国大学を卒業後、将来の国家運営を担うエリート官僚候補となって官命で外国に留学し、帰朝後は工科省、文部省、内務省といった役所に勤務した。退官後は天下りして半官半民の大企業の会長を務めた。その生涯を通じ、田舎に残した実家の家族や親戚一同を経済的に援助することが十分に可能な報酬を得た。イデスリヨン男爵家の子供たちにも仕事を斡旋したくらいだから、吟遊詩人として生きるより官僚の方が向いていたのは確かだ。

 その長男である私が生まれたのは、父が三十歳の頃だった。両親は当時、海外にいた。父が工科省の仕事で諸外国の役人たちとの会議をするため長期の出張に出ていたのだ。身重の母が父に同行したのは、実家と義実家どちらの両親とも不仲という事情があってのことである。慣れない土地での初産は大変だったろうと思うのだが、若かった母は持ち前の体力とガッツで乗り切った……と言えるのか、どうか? 言えないかもしれない。その話を書く。

 両親が生活していたのは都会の一等地だった。そこは外国人居留地と呼ばれる場所で、生活するのに不便のない快適な川沿いにあったが、巨大な川の中州に暮らしている者たちの鳴らす奇怪な笛や太鼓の響き、そして名状しがたい異臭が風の具合によっては運ばれてくるので、それを嫌がる居住者は少なくなかった。私の母も、その一人だった。

 母は使用人たちに尋ねた。あの中洲にいる連中は何者か、と。

 使用人たちも詳しいことは知らなかった。皆、地方から出稼ぎに来た者ばかりで、この土地の事情は何も分からないのだ。とても怪しげな奴らがいるようだ……程度の知識しか、彼ら彼女らにはなかった。それでは異国から来た母と、あまり差がない。

 多少なりとも中洲の住人たちに関する詳しい情報を持っていたのは、庭に来る鳥たちに餌をやるのが唯一の仕事という婆さんだった。その老婆によると、中洲に暮らしている連中は七つの海を荒らし回った海賊の子孫で、今も真っ当な人間になることなく、本来なら居住が許されない国有地を不法占拠し、そこに造った因習村で何かが封印されている祠を中心に怪しげな祭祀や口に出すのも汚らわしい行為に励む無頼漢として人々から恐れられているとのことだった。

 そんな輩を治安当局は放置しているのは一体全体どういうわけか? というと当時その国が置かれていた状況に原因がある。その国は、自国の利権を拡大させようと企む諸外国から様々な方面から圧力を加えられている悲惨な状況にあり、その国の軍隊や警察といった暴力装置は、中洲にいる野蛮人たちの相手までしている余裕はなかったのだ。

 不愉快極まりない奴らだが、それなら仕方がない……と普通の思考回路を持つ人間なら諦める。しかし、我が母は騒音や悪臭に耐えられる人間ではなかった。元々そういう面に対する耐性が乏しく、それが原因で対人関係を悪くする傾向があったのだが、妊娠によるホルモンバランスの乱れが、元から不安定なだった母の精神状態を一層センシティブなものへと変化させていたようである。次第に我慢ができなくなる。ただでさえ乏しい忍耐の限界に達する。

 ある日、とうとう母は、諸悪の根源である中洲の住人を排除する決意を固めた。この国を訪れて間もない母の兄つまり私の伯父に当たる人物に話を持ち掛ける。川の中州に海賊どもの子孫がいて悪さをしているんだけど、退治する気はないか、と言ったのだ。

 普通の人間なら、こんな話を取り合わない。だが、伯父は違った。妹の頼みを引き受けたのだ。そして伯父は、中洲の住人をなぶり殺しにするための人間を集め始めた。

 伯父は浮浪者を追い払う警官でも鬼退治をする桃太郎でもない。ただの一般人、しかも、この国の人間ではなく外国人だ。相手は国有地を不法に占拠している悪党だが、何の権利があって攻撃を仕掛けようというのかというと、伯父には何の権利もないのである。それなのに、多くの人間を募集し、小規模とはいえ私設軍隊を創設してしまった。

 伯父は、当時この国に溢れかえるほどいた大陸浪人を呼ばれる冒険者の一人だった。故国を飛び出し異国で名を揚げようしている……と書けば格好いいが、実際は地元で食いはぐれ他の土地に流れてきた無職の無名人である。ただ、他の無職と違うのは、実家が金持ちだった点だ。この違いは大きい。資産家の親から資金援助をしてもらった伯父は、その金で荒くれ者を集めたのだった。

 そんなことをしたのは、妊娠中でナーバスになっている可愛い妹のために一肌脱ごう、という理由からだけではない。治安が乱れた外国で一旗揚げようというのである。この国の権力を握り王になろうとしている、とも噂されたそうだ。伯父はリアルなろう系の男だったのだ。

 さて、伯父が率いる武装集団は船で川を渡り中洲に上陸した。不気味な木々が生い茂る昼でも日の差すことのない林を、泥を跳ね上げながら行進し、遂に邪悪な住人たちがいる集落、因習村を見つけた。武装集団は因習村を完全に包囲してから攻撃を開始した。武装集団による奇襲は完ぺきだった。因習村の住人たちは突然の攻撃に逃げ惑う。しかし八方ふさがり! 逃げ続けるしかない! けれど、包囲されているので外に出られない! 不思議な雰囲気の青年が現れたけど……? すぐさま射殺される。ダウナーイケおじによる「破―――――っ!」はあったが、これもたちどころに射殺された。男たちを殺し尽くすと、武装集団は女たちへの性的暴力を始めた。武装集団内の小児性愛者は因習村の子供たちを弄んだ。たっぷりと楽しんだ武装集団の面々は生存者たちを、売春街を支配する暴力組織に売り渡すため連行した。武装集団の男たちは死体が転がる因習村から金目の物を略奪すると、何かが封印されているらしい祠を最後に壊して中洲を後にした。売春街で性的搾取を強要されることになった因習村の生存者たちは、この出来事について語りたがらなかったという。

 気づけば外に出られない村、誰も語りたがらない過去、祠に触れた瞬間から始まる異変……そう、異変は起きた。私が生まれる数時間前、父は謎の壊れた祠を夢で見たそうなのだ。壊れた祠から中で封印されていた何かが飛び出してきて「この恨み、思い知らせてやる! お前の子供に憑りついてやる! 永遠に祟ってやる! 死ぬまで呪ってやる!」という怒りの叫びが聞こえたそうだが、父は中洲で起きた惨劇について知らなかったので、何が何だか分からなかったらしい。ともあれ私は壊れた祠から中で封印されていた何かに呪われ祟られるという異変続きの人生を送ることが生まれながらに運命づけられた。こうして私は“土着×因習ホラー”な毎日に苦しめられる羽目になったのだ。

 この異変を私が初めて自覚したのは七歳になった頃だろう。その頃、私は母方の祖母の家で暮らしていた。弟を妊娠中だった母親が神経を患い入院したため、母の実家に預けられたのだ。

 前に述べたように、母の実家は裕福だった。その金が多くの者たちを惹きつけるようで、人の出入りが多い家だった。

 そんな訪問者の中に、不思議な雰囲気のイケメン青年がいた。幼い私と遊んでくれるので、私は彼のことが大好きだった。彼は一体どういう人間なのか、私は祖母に尋ねた。すると「お前の亡くなった祖父の知り合い」だと祖母は答えた。

 ずいぶん年の離れた知り合いだと当時は思わなかった。そういうものだと思ったのだ。何しろ七歳である。難しいことは分からない。そのうち、祖母が忙しくなった。当時、祖母は、とある宗教団体の最高幹部で、宗教団体内の色々な会合や重要人物との秘密の交渉その他で家を空けるか、逆に家の中が騒がしくなるかといった具合で、どうも落ち着かない。そこで、私が懐いていた前述のイケメン青年が、しばらくの間、私の世話をすることになったのだ。

 ただし、単なる世話ではなかった。

「あなたには、お亡くなりになったお祖父さんと同じくらいの強い力が備わっている……しかし、その使い道を誤れば、大変な悲劇を招くことになる。そんな不幸を避けるには、精神修養しかありません。修行によって、力を制御することを学ぶのです」

 不思議な雰囲気のイケメン青年は私を祖母の屋敷の裏山から通じる峠道へと誘った。隣国へ抜けるための、知る人ぞ知る裏道なのだそうだ。私の母の実家は、その峠道を使い禁制品を密輸入することで儲けた、と聞かされた。時に山賊まがいのこともしたし、追われる者の逃亡を助けてやった、とも聞かされた。

 亡くなった祖父は、この峠道の途中にある隠れ里のような村の出身だったそうだ。今回は、そこへ連れて行くということだった。山奥の村だった。人子供の足で、よくそんな場所まで行ったものだと今は思うが、あのときは疲労も何も感じなかった。

 私は不思議な雰囲気のイケメン青年に、そのことを伝えた。すると彼は、それは私の中にあるサイキック・パワーが目覚めつつあるからだ、と説明した。

「お祖父さんの生まれ育った村に近づくことで力が覚醒してきているのだと思う。あの村の人間には、超常の力が秘められている。それと、あなたの能力が反応し合っているのです」

 そんな話を不思議な雰囲気のイケメン青年から聞かされ、私は正直、当惑していた。これまでに一回も、そんな話を聞かされたことがなかったからだ。そんなの嘘だあ! と笑い出したくなったけれども、実際に異様な力を目の当たりにして考えを改めた。

 祖父の出生した村は峠道から少し逸れたところにあり、不思議な雰囲気のイケメン青年の後に続いて私は崖沿いの狭い道を歩いた。異変が起きたのは、そこでだ。それは私が立小便をしていた時だった。ちなみに立小便は異変ではない。

 山道を歩いていて用を足したくなったので不思議な雰囲気のイケメン青年に「トイレに行きたい」と言ったところ「その辺にどうぞ、先に行ってます」との返事だったので、道の脇の崖から下へシャ~ッとやっていたら、騒ぎが起きた。下から大声で「こりゃ~あ! 柴刈りをしている人の頭の上で用足しをしている奴は誰だ~あ~!」という声が聞こえてきたのだ。「やべ、なんか知らんけど、やらかした」と思った私は逃げようとしたが、出ているものは急に止まれない。固まっていたら、崖下から何かが這い上ってきた。ダウナーイケおじだった。

 突然ダウナーイケおじは「破―――――っ!」と叫んだ。びっくりした。おかげで小便がピタッと止まった。

 いや、実際はポタポタアと垂れていて、その雫がダウナーイケおじの額にポッタンポッタン落ちていたのだけれど、ダウナーイケおじはそれほど気にしていない様子だった。

「こりゃ坊主! お前、何の用で、ここに来た。ここは因習村の入り口だぞ! ここに暮らしている俺たち以外の人間は、入ることを許さん!」

 住人自らが、自分たちの居住地を因習村だと言っていたら世話はない。しかし、言っている方も言われている私の方も、それは気にしなかった。私は、自分の祖父がこの村の出身で、不思議な雰囲気のイケメン青年に案内されて、ここへやってきたことを伝えた。

 必死になって説明する子供の言葉を聞いて、ダウナーイケおじは首を傾げた。

「お前の祖父さんの名前は?」

 私が祖父の名前を告げると、ダウナーイケおじは目を大きく広げて言った。

「これぁ、驚いた。坊主は、邪悪なものを封印した聖なる祠を造った伝説の勇者の孫か!」

 騒ぎを聞きつけたのか、不思議な雰囲気のイケメン青年が戻ってきた。

「ずいぶんと長いおしっこですね。それとも大ですか?」

 崖下から顔を出しているダウナーイケおじは、不思議な雰囲気のイケメン青年を見て叫んだ。

「お前は! 邪悪なものを封印した聖なる祠を壊そうとしている謎の人物!」

 不思議な雰囲気のイケメン青年は、ダウナーイケおじによる「破―――――っ!」を浴びて、消滅した。それを見て、私の小便は再び、勢いよく流れ始めた。

 その小便を頭に浴びながらダウナーイケおじは言った。

「色々な者たちが聖なる力を悪用しようとするから、注意しないといけないぞ。せっかくここまで来たのだから、因習村で修行してみるといいだろう。そうすれば、あんな胡散臭い奴に騙されることはなくなる」

 私の小便臭い頭のダウナーイケおじは、そう言って私を因習村に案内した。その村で私は、しばらく修行をしたのだった。その修業とは心身ともに鍛えるといった感じの大変なもので、数多くの呪文を暗唱したり、日の輪をくぐったり、滝の水を頭から被ったりといった、とてもハードなものばかりだった。

「よくやった! さすがは邪悪なものを封印した聖なる祠を造った伝説の勇者の孫!」

「はい、どうもありがとうございました!」

 修行の最終日、ダウナーイケおじは、私を褒めた。褒められて私は嬉しかった。まだ七歳だったけど、大人になれた気がした。有頂天になる私にダウナーイケおじは言った。

「喜ぶのは、まだちょっと早い。最後の試練があるからだ。それを済ませたら、お前は、もう完全にヒーローだ」

 その試練とは、邪悪なものを封印した聖なる祠が鎮座する因習村の中央広場で行われることになっていた。因習村の村人全員が見守る中で、ダウナーイケおじと私は二人揃って「破―――――っ!」をやることになっていたのだ。

 まずダウナーイケおじによる「破―――――っ!」が行われた。ダウナーイケおじによる見事な「破―――――っ!」に、村人たちは、やんややんやと拍手喝采した。続いて私の番だった。

「破―――――っ!」をやろうと深呼吸した、そのときである。

 私を因習村へ案内した、不思議な雰囲気のイケメン青年が現れたのだ! けれど……どこか様子がおかしい。

 不思議な雰囲気のイケメン青年は言った。

「ちょっと消えている間に話が進んでいたようですね。私がいないのに修行成功とは……まさかと思ったのですが、さすがです」

 因習村の人々は中央広場に現れた不思議な雰囲気のイケメン青年を見て驚いていた。ダウナーイケおじは唾をゴクリと飲み込んだ。

「お前は、邪悪なものを封印した聖なる祠を壊そうとしている謎の人物だな? 前回は助かったようだが、今度はそうはいかないぞ! 喰らえ、破―――――っ!」

 前回同様、ダウナーイケおじによる「破―――――っ!」を浴びた不思議な雰囲気のイケメン青年は苦笑いした。それを見てダウナーイケおじは無様なくらい動揺した。

「ま、まさか、俺の破―――――っ! が効かないとは!」

 不思議な雰囲気のイケメン青年は、ちょっとだけ勝ち誇った顔で説明した。

「実は最初から、そんなに効いていなかったんだよ。だけど、やられたと見せかけ、姿を消して活動するために、ちょうどよかったので、利用させてもらったのさ」

 そして不思議な雰囲気のイケメン青年は、秘められた真実を語り始めた。

「一億年以上も昔のことだ。ここは遠浅の海の底だった。そこには多くの生物が生息していた。その中に異次元から来た異次元緩和型の狙撃手近傍種の知的生物がいた。迷彩柄で、目立たないようにして、敵を狩るハンターだ。その生物は、他の知的生命体から崇められ、祠に祭られた。それが今も、この因習村に残る祠の始まりだ。異次元から来た異次元緩和型の狙撃手近傍種の知的生物は、やがて起きた地殻変動による海底隆起が原因の大量絶滅を免れることができず絶滅したが、その魂は祠の中に残滓となって残り、生き続けた。そして地上に、その魂を崇める宗教が発生した。それが、この山の裾野を中心に広がる宗教だ。だが、その宗教は時の権力者たちに嫌われ、弾圧されることが多かった。その宗教の中心的な聖地である祠の周囲には、秘密の祠を守るため村が建設された。それが、この村だ。ここまでは分かっただろうか?」

 訳が分からなかったが、私は頷いた。分からないと正直に言ってしまうと、もっとややこしくて面倒な説明を聞かされると思ったからだ。

「しかし、ある日、この村の住人に異変が生じた。謎の超常能力に目覚めるようになったのだ。それが例の破―――――っ! だ。不思議に思う村人たちの頭に、語りかけてくる声があった。それが、祠の中に眠っている太古の知性異次元体の声だった。声の主は、星辰が変わったので、間もなく復活すると言い、村人たちに地上征服の先兵となるよう命じた。あの超常の力、の破―――――っ! は、地球征服のための能力だったのだ」

 ダウナーイケおじによる「破―――――っ!」には、そんな意味があったのか! と私は思った。不思議な雰囲気のイケメン青年は説明を続けた。

「祠の中にいる何者かは、この神秘の力、破―――――っ! を使い、地表の全領域を支配せよ、と命じた。村人たちの意見は分かれた。祠の主の言う通り、地球全土を征服しようと考える者と、それに反対する者たちだ。因習村は二つに割れた。そその対立は話し合いで解決しなかった。そして村内に暴力の嵐が吹き荒れた。殺し合いが始まったのだ。勝ったのは、地球征服反対派だった。負けた地球征服組は村から逃げ出そうとしたが、それは許されなかった。八方ふさがり! 逃げ続けるしかない! だが逃げ場はない。征服賛成派は全員が殺された。そして、征服反対派だった青年が、邪悪なものが潜む祠を聖なる力で封印した……それが、君のお祖父さんだ」

 そうだったのか、と私は思った。不思議な雰囲気のイケメン青年は、またも説明を続けた。

「しかし、それで一件落着というわけにはいかなかった。世代が変わると考え方も変わってくる。征服反対派だった者の子孫の中から、征服賛成派に鞍替えする者が出てきたんだ。それが、この僕だ。僕は村を出て都会で仲間を増やした。そして、年を取り、すっかり耄碌していた君のお祖父さんと親しくなることに成功した。お祖父さんから、祠の封印を解除する方法を教えてもらった僕は、その鍵となる人物を連れて、ここに舞い戻ってきた……そう、それが君だ!」

 ガーン、そうだったのか! と私は驚いた。不思議な雰囲気のイケメン青年は自分の顔の横で指をパチッと鳴らした。すると、村の周囲から多くの人間が現れた。

「皆、僕の仲間だ。さあ仲間たちよ、因習村の人間を皆殺しにするんだ! この戦いが地球征服の手始めだ!」

 不思議な雰囲気のイケメン青年の仲間たちは一斉に「破―――――っ!」を始めた。破―――――っ! を食らった因習村の村人たちは次々に消滅した。ダウナーイケおじは自らの「破―――――っ!」で反撃したが、多勢に無勢、相手の「破―――――っ!」で消えてしまった。前回は敗れ去った地球征服だったが、今度は勝ちそうだった。地球征服反対派の因習村村民は逃げ惑うが八方ふさがり! 逃げ続けるしかない! しかし無駄、ぜんぜん駄目! で皆、消え失せた。

 不思議な雰囲気のイケメン青年は、呆然としている私に近づいて、こう言った。

「封印を解くことができるのは、修行によって鍛えられた君の破―――――っ! だけだ。さあ、やってくれ」

 私は拒否した……かったが、拒むと破―――――っ! されそうだったので、素直に従った。

「破―――――っ!」

 私が渾身の力を込めた「破―――――っ!」を真正面から食らった邪悪なものを封印した聖なる祠は消滅した。私は「封印された祠を壊してしまった!」のである。私の仕事に満足した不思議な雰囲気のイケメン青年と彼の仲間たちは、私を褒め称えた。

「さすが邪悪なものを封印した聖なる祠を造った伝説の勇者の孫! 最高かよ!」

「いやあ、それほどでも」

 私と彼らは因習村で楽しく会食した。因習村の食べ物が自然食品ばかりで飽き飽きしていた私は、彼らが持って来たスナック菓子やジュースに大満足だった。それから来た時と逆の方角へ帰った。送ってくれたのは不思議な雰囲気のイケメン青年だった。別れ際に彼は言った。

「ありがとう」

 心のこもったお礼の言葉だった。私は「それほどでもありません」と返事をした。そして、私たちは別れた。彼は山の方へ、私は祖母の家へ。ちょうど、母が弟を出産したという連絡が入ったところだった。

 祖母は新しい孫の誕生を、あまり喜んでいなかった。この母と娘は不仲で、祖母は娘が生んだ孫の私にも冷たい態度を取っていた。それでも、虐待というほどのことではない。むしろ母の方が私に対しネグレクトの傾向があったと思う。

 その後も私は、しばらく祖母の家で暮らした。母の受け入れ態勢が整った……というか、子供たちの世話をしてくれるベビーシッターなんかが見つかったので、私は自分の家に戻った。帰ってからの生活は、前と同じように母から放置されていてベビーシッターも弟の世話だけで私の方まで面倒を見てくれるわけでなかったけれど、それはそれで良かった。七歳の日々は、私を大人に変えたのだ。

「封印された祠を壊してしまった!」後、何がどうなったのか? ということは知らない。謎の知的生命体に地球が征服されたという話は聞いていない。けれど、水面下では征服が完了しているのかもしれない。あるいは征服反対派が巻き返したのだろうか? 直近の戦いがあったとしたら、どちらが勝ったのだろうか……と考えないこともないが、知ったところで何がどうなるというわけでもないだろう。不思議な雰囲気のイケメン青年の属す勢力から加勢を求められるかもしれないけれど、今の私は「破―――――っ!」ができなくなっている。そんな私が行ったところで何の役にも立つまい。

 それに私は今、別の国にいるから、祖母の実家のある所まで行けない。とある国の因習村に閉じ込められてしまっているからである。

 そう、私は今、日本という国全体が因習村の国にいるのだ。そうなった事情をお話したい。

 そもそものきっかけは、父方の叔父夫婦に子供ができなかったことだ。

 私の父ントス・ンリプ・ンナコウは自由カラマズ・タコマ辺境伯領の大豪族イデスリヨン男爵家に仕える竹林派の桂冠詩人一族の本家の跡取り息子として、この世に生を享けたが、自分の弟に家督を譲り上京した……と既に書いた。その、父の弟というのが私の叔父だ。跡継ぎができなかった叔父は、彼の兄である父に相談した。その結果、父の第一子である私が叔父夫婦の養子になることが決まったのである。

 田舎の吟遊詩人なんかになりたくなかった私は、その話を拒否した。しかし父は、そんな私を許さなかった。親の言いつけを守るのが子供の務めだというのである。個人主義の現代に生まれた私にとって、時代錯誤の家父長制度など許しがたいものだった。その反発から家を飛び出し、諸国を漫遊した。小人の国リリパットとブレフスキュ、巨人の王国ブロブディンナグ、空を飛ぶ島ラピュータ、不死人間の国ラグナグ王国そして馬の国フウイヌムと家畜人ヤプーとヤウアフー人の居住地などを巡った私は、最後に日本を訪れたのである。

 日本は私にとって、強い憧れの国だった。ラピュータの近くにあると聞き、訪れたかったのだが、鎖国していたので諦めたのだ。だが、その後で政治体制の変動があり、開国したのである。私は早速、行ってみた。閉鎖的な国民性だと聞いていたので、普通の外国人の旅人では相手にされないと思い、母方の伯父――この人物は、この話の冒頭に登場している。中洲の因習村にあった、何かが封印された祠を壊してしまった男である。その後、その国で彼は出世し、外国人としては初の皇帝の座に就いていた――から、彼の帝国が派遣した外交特使という肩書を頂戴した。この肩書は、大いに役立った。大使館を自由に使える他にも、彼の帝国から様々な支援を受けられたのだ。

 私が皇帝陛下と親戚ということは、日本政府にとっても魅力的だったようだ。皇帝との太いパイプがある私を政府の顧問として雇ったのである。いうなれば私は、お雇い外国人となったのだ。伯父の帝国と日本国の両方から給料を貰うという凄い大人物に成り上がったのである。

 それなのに……まさかの事態が発生してしまった。私は伯父から日本の天皇制について調べるよう頼まれた。伯父は自分の一人娘に皇帝の座を譲り渡そうとして各国の王位継承の事例を研究していたのだ。私は日本の女性天皇について調べ、ある仮説を思い付いた。古代の日本では女性天皇が多くいたのではないか、というものだ。古代天皇の在位には非常に長いものが多い。実際にはありそうもない数字がある。それは歴史上から封印された女性天皇の在位期間を含んでいるためではないか……と考えたのである。それらの記録は天皇家の歴史として、とある祠に収められていると私は聞き、秘密裏に調査に及んだ。祠は厳重に封印されていたので、扉を慎重に開けようとしたら……やはりというべきか案の定、私は封印された祠を壊してしまった!

 そして私は逮捕され、拘束中である。容疑は不敬罪だ。私は外国人だが、天皇を敬っている。それが不敬罪などありえない! と主張したが、天皇家の歴史を記した書物を収めた祠を開けようとして破壊した行為は許されるものではないと警察は主張している。壊したくても壊したのではないといっても駄目だ。もうすぐ裁判が開かれる予定だが、最悪の場合、死刑もありえるそうだ。

 どうして、こんなことに……と絶望している。祠を壊して死刑など外国人である私にとって、不可解な罪状だ。日本が因習村だとは知らなかったと取調官に嫌味を言ったら「郷に入れば郷に従え」と説教された。ふざけるな!

 因習村のルールなどに私は縛られたくない。そんな因習村は滅ぼしてしまった方が良いと思う。そこで私は祖国と伯父の帝国に救援を要請した。両国とも私の願いを聞いてくれた。今、二大国家の連合艦隊が東京湾に侵入し、帝都へ砲塔を向けているところである。両国の外交団は、日本政府が私を解放すれば総攻撃は控えるが、即時釈放がなければ砲撃開始だと通告している。回答期限は今夜、午後二十三時五十九分だ。日本という因習村の中心地が焼け野原になるのかどうか……それは日本政府の判断次第だ。私は運命を神に委ねられている……その神とは、とある因習村の祠に封印されていた邪神で、私が祠を壊してしまったせいで居場所がなくなり私に憑依しているのだが、その話をするのは一万時を越えたので、また別の機会にしておこう。

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