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大きくなったら、パパのお嫁さんになる
大きくなったら、パパのお嫁さんになる
ゆる
恋愛現代恋愛
2025年06月02日
公開日
1.3万字
連載中
「大きくなったら、パパのお嫁さんになる!」 天使みたいな笑顔でそう言ってくれたのは、幼い頃から父親を慕う娘・ひなた。 ちょっとシャイで甘えん坊、でもしっかり者で、パパの疲れも吹き飛ばしてくれる――そんな娘との毎日は、癒しと笑顔に満ちた“幸せな家庭”のかたち。 仕事で忙しいママに代わって家事を手伝い、ちょっと不器用だけど一生懸命に尽くしてくれるひなた。 「いつかきっと、パパのお嫁さんになって毎日ごはん作ってあげるんだからね!」 そう言って笑う娘に、思わず頬が緩む父。 だが、そんな平穏な日々は、ある“きっかけ”から少しずつ軋み始めていく――。 これは、“微笑ましい家族の記録”ではありません。 最後まで読んだとき、あなたはきっと後悔する。笑顔の裏に潜む、純粋すぎる愛のかたちに――。

第1話 かわいい約束:父と娘の穏やかな日常

「パパー!おかえりーっ!」


玄関の扉を開けた瞬間、小さな体が突進してきた。鞄を置く間もなく抱きつかれ、思わずよろめきながらもその柔らかな抱擁に腕を回す。


「ただいま、ひなた。今日も元気だな」


「うん!すっごく元気だよ!だってパパが帰ってきたんだもん!」


にぱっと咲いたような笑顔。ほっぺがもちもちしていて、口元は少しご飯粒がついている。


「ごはん食べたのか?」


「うん!ママが作ったカレー。でもね、ママのカレーもおいしかったけど、やっぱりひなちゃんはパパと食べたかったなぁ〜」


そう言って、名残惜しそうにお腹をさする娘に、俺――秋山悠真(あきやま ゆうま)は小さく苦笑いを返す。


「仕事が長引いて、遅くなっちゃってごめんな。明日は定時で帰れるようにするよ」


「ほんと?ほんとに?パパ、約束して!」


小さな手がぎゅっと俺の指を握る。


「よし、ゆびきりだ。……指切りげんまん、うそついたら……」


「はりせんぼん飲ーますっ!ぜったいね!」


ふたりで声を合わせて笑った。


和やかで、温かな夕暮れ。これが、俺の一番幸せな時間。


***


「パパのこと、ひなちゃんぜったい、ぜーったい、ぜーっっっっったい、だいすきなんだからっ!」


風呂あがり、バスタオルに包まったままの娘が、ベッドの上で宣言する。ふにゃっとしたぬいぐるみを抱きしめながら、ほっぺたを赤くして目を輝かせていた。


「パパもひなたが一番大好きだよ」


「ほんとに?ママより?」


「う……そ、それは……」


「あ〜、いま迷ったでしょ!ママのこと、好きなんだ……」


娘はぷぅっと頬を膨らませ、横になって寝返りを打つ。ツン、とそっぽを向いたその様子はまるで小さな恋人のようだった。


「なあ、ひなた。ママのことも大事にしような。ふたりとも、パパの大事な家族だから」


「……でも、ママはパパをいじめるときあるもん」


「それは……まぁ、たまには、あるかもな」


俺は頭をかく。確かに最近、由紀恵と喧嘩が増えた。些細なことがきっかけで、つい口調がきつくなってしまう。


「だから、ひなちゃんが大きくなったら、パパを守ってあげる!」


「え?」


「パパがいじめられても、ひなちゃんがぜったい守るの。でね、パパとけっこんするの!」


無邪気な顔で、ひなたが言った。


そのあまりの可愛さと真剣な瞳に、一瞬返す言葉を失った俺は、笑ってごまかすしかなかった。


「ありがとな。ひなたがそう言ってくれるなら、パパはもう無敵だな」


「えへへ。だからね、ほかのだれともけっこんしちゃだめだよ。パパのおよめさんは、ひなちゃんだけだからね?」


そう言って、ひなたは俺の腕にぎゅっとしがみついてきた。布団の中で温もりを分け合うように、くっついて眠る娘。愛しくて、幸せで――でもどこか、不思議な違和感が胸に残る。


……娘が、母親のことを「邪魔」と言ったことがある。


それがたった一度きりの、子供のわがままだと信じたかった。


だけど、あのときの瞳は、妙に冷たかった。


その記憶が、今夜のやわらかな寝息の奥に、うっすらと影を落としていた。


***


翌朝。


「パパー!ひなちゃん、今日ね、おともだちに言ったんだよ!」


「何を?」


「『ひなちゃん、パパとけっこんするんだよ〜♡』って!」


「ええっ!? ちょっ……それは、言わないほうが……」


「なんで?ほんとのことだもんっ」


「……そ、そうだけどな」


こんなにも真っ直ぐに信じてくれるのは、たぶん今だけだろう。もう少し大きくなれば、自然と父親離れして、友達と遊び、恋をして、いずれ俺の元を離れていく……。


そんな当たり前の未来が、なぜか少し寂しく感じられた。


「なあ、ひなた。パパはな、いつかひなたが好きな人と結婚して、幸せになるのを、いちばん応援してるよ」


「やだよ」


「え?」


「そんなの、やだ。パパ以外、だれもいらないもん」


ひなたはスプーンを握りしめたまま、きっぱりとそう言った。


その目には――一切の迷いがなかった。






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