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第40話『世界は英雄を求めている』

「ご苦労様でした、アキト様」

「みんなも、ご苦労様」


 秋兎あきとたちは放課後、寮へ向かう最中。

 学園の敷地内を歩いているだけだが、夕焼け前の青空の下、生徒たちが部活やそれぞれの活動に勤しむ声が耳に届いてくる。


「結界の方も含み、誰にも観られていないね?」

「当然じゃ。唯一と言えば、敵側にはどう認識されているかは定かではないがの」

「アキトは問題ないだろうが、学園側に残った全員の情報を渡してしまった可能性もある」

「でも、今のみんななら問題ないでしょ? さっきとは違うんだから」

「……我は構わないが、普通の考えなら自分の力を制限せずに行動した方がいいんじゃないのか?」

「どうして、再び契約反転で正常な契約状態へ戻したのか。それが疑問なんだろ?」

「誰だって、そう思うはずだがな?」


 エグザは、表情一つ変えずかつなんの迷いもなく再契約反転したことに疑問が拭えず、何度も首が取れそうなぐらい傾げ思考を巡らせたが理解できなかった。


「3人は構わないとして、我は元々敵なんだぞ?」

「魔王とは、そこまで愚か者だったのかしら。少しばかり自意識過剰ではなくて?」

「な、何? セシル、今は同行しているとはいえ聞き捨てならぬ言葉だぞ」

「そうだよー。冷静に考えてもみなよ。現役バリバリ最強のとき、アキト様に1撃で負けてたじゃん」

「うぐっ」


 せっかくセシルが濁したのに、マリーが容赦のない言葉を浴びせる。

 しかも、その事実は嘘偽りも誇張すらなく、油断していたわけでも体調不良の兆しがあったわけでもない完全敗北だった。

 それ故、エグザに多大なる精神的なダメージを負わせられて胸元をグッと鷲掴みする他ない。


「それに、アキト様の力量すら把握できていない時点で契約状況だとしても勝利なんて程遠いわよ」

「セシルの言う通りだ。アキト、あれからもっと強くなったんだね」

「まあな」

「僕の認識では、今の状態でもエグザと戦った時より遥かに強くなっているよね」

「え、減衰している状態で我と戦ったときより強い……だと……?」

「さすがは勇者。アキト様が見込んだだけはあるわね」


 驚愕的な事実を前に、目を見開いてアキトへ目線を向けるエグザ。

 その目はもう人間ではなく、自分より強かった両親の背中を彷彿させるような――いや、それをも上回る怪物を観ている眼差し。


「ある程度は予想がつくけど、セシル」

「なんの用かしら」

「少しばかり僕に対する態度が厳しすぎるんじゃないかなって」

「いいえ? 特に差し支えないと思いますが」

「それはそうなんだけどさ。ほら、クラスメイトでもあるわけだし、またみんなで一緒に生活していくわけだから。もう少しこう、どうにかならないかな」

「学園では普通に接していると思うけれど」

「あの、隙あらば殺気に満ちた目線を向けられることのどこが」


 と、会話をしている最中もセシルはオルテへ目線すら向けていない。


「セシル、本当なの?」

「ち、違うのですアキト様! 違わなくはないのですが、なんと言いますか……存在自体が好ましくないので仕方がないことなのです」

「あまりにも酷すぎない? 存在自体が否定されるってなかなか聞かないし、本人が居る前で言っちゃう?」

「【勇者】という、神から授かった力と、もうその存在というだけでアキト様が心を許しているということが気に食いません」

「うわー……セシルだって十分に強いじゃないか。【剣聖】の腕は伊達じゃないことは周知の事実だし、現に剣の腕だけなら僕だって敵わないんだから」

「まあまあ2人とも、その辺にしておいて。ほら、華音かのんさんが居るから」


 寮へと既に500メートル程度、ほぼ直進しているにもかかわらず、まだまだ到着することができていない。


「皆様、お疲れ様です」

「そちらの方もご苦労様でした」


 華音かのんも合流し、そのまま寮への足を進める。


「この度は、敵組織の進行を制圧していただきありがとうございました」

「気にしないでください。俺は最初からお伝えしている通り、平和な日常を守るために行動したまでです」

「そうでしたね、でも本当に助かりました」

「工場の件はすみませんでした。視界が悪かったとしても、もう少し警戒と探索をするべきでした」

「いえいえ、その件に関しましても私たちが確認を怠ったことが原因です。護衛として索敵が得意な人たちを残らせてしまったのですから、取りこぼしがあったとしても仕方がないですから」

「そう言ってもらえると助かります」


 華音はタブレットを取り出し、秋兎へ差し出す。


「これは?」

「お咎めがある、という話ではないですが。秋兎様、少し大変なことになっています」

「ん?」


 表示されている内容へ目を通すと、そこには『未曽有の大災害を、たった1人の英雄が救った』という見出しの記事が表示されていた。

 そこから本文を読み始めると、推察するまでもなく、救助した2人の証言した内容が散見される。


「明確に、『学生のような幼さが残る容姿』と書かれていることから変装の方はお忘れになったのでは?」

「あ」

「それが問題になることはないですし、これからダンジョンなどで活動する際は変装されると思いますので特に問題もないと思います」

「気を付けます」

「それはそれとして、本題でもあり問題は2点ほど。そこから一番下までスクロールしてください」


 秋兎は【スクロール】という単語の意味を理解するまでに少しの時間を有したが、華音が指でスイースイーと空を撫でるアドバイスのおかげで実行できた。


「この『探索配信者業界に超新星現る』というやつですか?」

「はい、それです。私としたことが、見込みが甘かったようです」

「どういうことですか?」

「副業的な立ち位置で、ダンジョン配信をしたのは記憶が新しいと思います」

「はい。それについて華音さんから説明もしてもらいましたよね。あまりよくわかってないのが正直なところですけど」

「あのタイミングでは、アーカイブの再生数が1000回。このまま増えるとしても緩やかになり、次回配信まで期間が開いていることから登録者は減る、という算段だったと思います」

「ええ、たしかそうでした」


 華音はスーツの内ポケットからスマホを取り出し、秋兎の【リターンズ】チャンネルページを開く。


「嬉しい誤算なのか頭を抱えていいのかわからないのですが――現在の再生数は10000回を突破しております」

「え? 10倍じゃないですか」

「しかも登録者が100人を突破しました」

「ひゃ、100人ですか。それと同じ人の前に立ったことがあるから、さすがにその凄さはわかります」

「それはそれで、とても気になる内容ではありますが……理解していただけたようでなによりです」

「アキト様は数万人以上の人の前で演説したり祝福されていますので、まだまだ序の口かと」

「あれはあれで特殊な状況だろ?」

「私は全く想像がつかない話ですね……」


 人生で初めてドン引きしている自覚があるほど顔が引きつる華音であった。


「そ、それでネットではいろいろと憶測が飛び交っていたりしている状況なのです。取材を受けた人たちは『国を救った、いや世界を救った英雄を探してお礼を伝えたい!』『ぜひ国家名誉勲章を贈呈してほしい!』と走り回っていたりもするそうです」


 今後のことが思いやられる華音は、トホホと肩を落とす。


「華音さん、配信というものを続けたらもっと沢山の人に周知することができるのですよね?」

「ええそうですね。でも、これ以上配信活動をすると日常生活に支障が出てしまう可能性もありますよ」

「ではいいじゃありませんか。むしろ、もっと活動頻度を増やして全世界にアキト様の素晴らしさを広めていきましょう。ええ、ぜひともそうするべきです」


 いつもの冷静沈着なセシルが珍しく前のめりに、しかも鼻息荒く興奮気味になっている違和感に、華音は目を見開いて驚愕を露にする。


「アキト様の素晴らしさと強さは、全世界の人間に知れ渡る必要があります。当然、わたくしたちだけが把握しているだけでいいとも思いますが、その寂しい気持ちは既に経験して乗り越えています。ですが、わたくしはもっと喜ばしい出来事と出会うことができなのです」


 と、普段からは想像することもできない饒舌具合に、華音は事情を把握しているであろう秋兎へ目線を向ける。

 すると、口を紡いで呆れ顔をしていることから、何かスイッチが入ると始まる演出のようなものなのだ、と瞬時に理解した。


「それが、アキト様を独占することよりも尊かったのです。他人、いえ、より多くの人間にアキト様の素晴らしさが認知され、称賛の嵐――ああ、あれは本当に素晴らしい景色でした。あちらの世界では収容できる人数に限界などがあったのですが、こちらの世界は独自の文化があり、伝達の速度は言うまでもなく沢山の人々へ届きます。なら、この機会は是非とも活かさなければなりません」

「セシル、そこまで考えてくれているのは嬉しいが配信をしているときは変装を継続するつもりだぞ」

「ええ、そうだとしても問題はありません。アキト様が認知されるのであれば、たとえ偽りにお姿や偽名だとしても周知されていく事実に変わりはありません。いいえ待ってください。2つの方向から認知度を上げることができるので2度おいしい……そう、これが一石二鳥という言葉が当てはまるというものです。ああ素晴らしいです!」


 まだまだ止まることのない演説を横に放置し、秋兎は華音へ話を戻す。


「という感じで、俺を含み徐々にこっちの生活に慣れていけたらいいなって思ってます」

「そ、そうですね。まだまだ不慣れなことはあると思いますが、こちらもお力添えできたらと思っています」

「いろいろとありがとうございます。そして最初の約束通り、俺たちは俺たちの平穏な日常を守るためなら全力を尽くします。今回のような地上の事件だったり、ダンジョン内だったり――他国が相手になろうとも」

「……ありがとうございます。そう言っていただけると本当に心強いです。当然、最後の事項は回避できることに越したことはないですが」

「ですね」

「それで、本日はこの後どうされますか?」

「あー、教科書や課題と睨み合いをする予定です」


 異世界を救い帰還を果たし、未曽有の大被害を未然に防いだ英雄とは思えない、なんとも情けない理由に盛大な溜息をこぼす秋兎。

 その姿は、華音から見たらなんともおかしな状況で、少し前なら笑みを浮かべたらどうなってしまうのかわからなかったが、今は自然と頬が緩んだ。


 しかも、横ではまだまだ続くセシルの演説に、今日の食べたい晩御飯を想像し続けるマリー、何やら企てているフォルとエグザ、配信活動に自分も参加できるのかワクワクしているオルテ――と、並んでいる。

 言葉を交わしていなくても、なんとなくわかってしまうというのも、華音が心を許せる空間となっている要因でもあった。


「そうそう、今度妹さんが俺の部屋に来て勉強を教えたい、と言い出していたので止めてあげてください」

「どうしてですか?」

「さすがに俺みたいな得体の知れない人間と一緒はよくないと思うんで」

「そうです? 私は賛成ですよ。乙音おとねは、秋兎様のおかげで毎日楽しそうですし、反対する理由はありません。抵抗があるのでしたら、妹に代わって私が勉強を教えて差し上げましょうか?」

「いやいや、そういうわけにもいきませんって。いやでも、華音さんなら大丈夫なのか? あれ?」

「ぷっふふ」

「笑わないでくださいよ。こっちは真剣に悩んでいるんですから」

「あんなにお強くても、勉強が苦手だったり機械操作が苦手だったりするんだな~と思うと、なんだかおかしくって」


 秋兎たちと華音の間には、既に壁はなく、どちらも自然体。

 華音に関しては居心地の良さすら感じ始めていた。


「俺にだって苦手なことぐらいありますよ」

「頑張っていきましょう。おーっ」

「からかわないでください」


 帰還して日も浅く、まだまだこれから。

 忙しい毎日を過ごしてはいるものの、それぞれがそれぞれの楽しみを見つけていき、ほんの少しだけ生活に慣れていく。


 これから先、乗り越えなくてはならない――主に勉強などを前に、異世界を救った英雄は及ばない力でどう立ち向かっていくのか。

 そして、秋兎たちが望む平穏な生活を守り続けることはできるのだろうか。


 いいや、そんな壮大なことよりも明日提出する課題を終わらせ、いつ来るかわからない抜き打ち小テストに向けて勉強し続けるしかない。

 そう、帰還した英雄は明日の世界平和よりも、頭を抱えながら勉強するしかないのであった。

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