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第4話『期待した初のダンジョン配信、視聴者0人』

 それにしても驚いた。


 僕が知っている世界では、このブレスレットみたいに便利な物はなかったと思う。

 もしかしたら技術的にはあったのかもしれないけど……いや、受付嬢の話をそのまま受け入れるのならば、この世界は僕が知っている世界ようで知らない世界なんだ。

 ダンジョンという存在が世界にあるように、この技術もそれに伴って開発されたものなのかもしれない。


「……すぅーっ――」


 始めてくるのに、どこか懐かしく感じてしまう。

 この、湿り気のある土の匂い。そして、岩肌から滴り落ちてくる水滴の音が心地よくも思えてしまう。


 現実世界に帰ってきて、たった2時間しか経過していないというのに懐かしいと思ってしまうなんて、名残惜しい気持ちが拭えていないんだろうね。

 でも、この感じなら少なくとも寂しい思いはしなくて済みそうだ。


「――はぁーっ……」


 だけど、不思議な感覚なのは拭えない。


 ダンジョンの中と外に、通行証を確認する場所が設置されていてるだけではなく、出入り口を警備している人が配置されていた。

 僕にとっては異様な光景ではあるけど、あれがこっちの世界の常識ということなんだろう。


 それにしても、このブレスレットは随分と便利なものらしい。

 ダンジョン入場許可証が埋め込まれていたり、配信を管理できるシステム的なものだったり、お金の管理だったりもできるとか。

 しかもモンスターの種類と討伐数を数えてくれるらしくて、その種類と討伐数に応じて自動で口座に振り込まれる。


 だけど、モンスターを討伐した際にドロップする魔石などは自分たちで回収していかなければならない。

 まあ、沢山持って帰ることができなくても、報酬が支払われるっていうのは便利で良いところだ。


「しかし……お試しで配信をしてみてくださいって言われてもなぁ」


 チャンネル名を最初に決めさせられ、【異世界の帰還者】になった。

 我ながらにセンスの欠片もないとはわかっているけど、急にそんなことを言われても、ペットを一度も飼ったことがないから勝手がわからない。

 だからこその、自分の立ち位置そのままかつシンプルな名前にした。


 アカウント名は【光の導き手】。

 たぶん、僕のことを知っている人……特に受付嬢はすぐに意味を理解するんだろうけど、この際、堂々として居れば恥ずかしい思いはしない……はず。


 まあいいさ、とりあえず始めよう。


「たしか、こうだったよね」


 ブレスレットを、トントントンッと叩く。すると、空中にタブレットサイズの画面が飛び出てくる。

 次は【ホーム画面】に数個並んでいるアプリから、配信用のアプリを選択して、【クリエイターダッシュボード】を選択――配信開始っと。


 ここまでは教わった通りで、配信を終了する時は【配信終了】をタップするだけ。

 リアルタイムで視聴人数とかチャンネル登録者と数を確認できるらしいけど……戦闘中に余所見をしていられる余裕はない。


「――よし」


 ここからは細かいことは気にしないで行く。

 支給された剣を抜刀し、前進。


 もはや、異世界と瓜二つのダンジョン。

 受付嬢から受けた説明によると、階層によってモンスターの強さが変わってくる。

 つまり、このまま足を進めても遭遇するモンスターは最弱ということ。緊張感を漂わせながら警戒をし続ける必要はない。


 だが、絶対に油断はしてはいけないんだ。

 ダンジョンというものはいつも、思い通りに行く場所ではない。

 トラップが設置してあり、誰も発見したことのない場所へ移動させられたり、特定のエリアへ侵入したらモンスターが大量発生して逃げ道を塞がれる――といった危険があちらこちらにあったりする。


「あれは……」


 まず初めに視界へ入ってきたのは、風船のような膜の中に水がパンパンに入っているような生物――【スライム】。

 ぽよんっぽよんっと跳ねたり、スリスリと地面を這って移動する【スライム】は、その見た目通りに攻撃力が低い。なんせ、触り心地の良さは格別。ひんやりとしていて、ぷにぷに。


 そんなモンスターの攻撃手段は、体当たりしかない。

 だけどそんな肌触りなものだから、全くと言っていいほどダメージを負うことはない。無意識のうちに背後から体当たりされたらビックリするぐらいだろう。


 討伐するのも簡単。刃物で斬り裂くだけ。


「――」


 しかし、異世界では最弱なモンスターだったにしても、こっちの世界でも全く同じとは限らない。

 ダンジョンの最序盤に遭遇したからって、油断しちゃダメだ。


 スライムへの警戒をしつつ、それと同じく辺りも警戒しながら一歩一歩ゆっくりと近づいていく。

 どちらの方向を向いているかもわからないスライムも、剣撃が届く射程まで近づくと、ぽよんっと方向転換をしているかのように1回だけ跳ねた。


「――ふんっ」


 跳ねる。その動作の際中、最も隙となる着地を狙って剣を一線に薙いだ。

 すると、スライムは小さくパンッという音を立てて弾けるように消滅した。


「……なるほど」


 今のところ、スライムだけに関してはあっちの世界と全く同じようで、過剰警戒だったようだ。

 なら、このままスライムを狩り続けて動きを慣らしていきたい。


「よし。まずは30体を目標にいこう」




「――これで、終わりかな」


 なるほど、これは便利だ。

 ブレスレットの操作感も少しずつだけど慣れてきた。

 1回タップしたら時間が表示されたり、画面をスライドすれば討伐数と報酬獲得までの目標数が10/30という感じに表示されるだけではなく、自動でカウントしてくれている。

 そこからいろいろ操作すれば、自動で振り込まれた報酬が【ギルドからの報酬】というかたちでわかりやすく明記されていた。


 ちなみに、スライムを30体討伐するともらえる報酬は100円。

 金額だけ見ると安く見えても、今回掛かった時間は30分。

 時給にすると200円だけど、かなり警戒しつつ戦闘していた。だから、慣れてくればもっと効率的に――5分~10分で討伐できる。

 そして、たまにドロップする体石たいせきも併せて、ほぼリスクが0でお金が稼げるというのだからありがたい話だ。

 こちらの世界でダンジョン攻略が12階層までしか進んでいないのも、なんとなくわかってきた気がする。


 しかも、今している配信でもお金を稼げる……らしい。

 広告収入とか投げ銭やらサブスクといったものが収益になるらしいけど、正直あんまり話を理解できていない。


「あ」


 配信していることを完全に忘れていた。


 基準がわからないけど、視聴者数を確認できるんだったよね――0人。


 なるほど、まあそれはそうだよね。

 話題性がある? からといって、宣伝もしていないのに見に来てくれる人が居るわけではないし。淡い期待を抱くことなく、何事も地道にコツコツとやっていくものだ。


 当面は、探索者兼配信者として頑張っていこう。

 これからはこっちの世界で生活していくんだから、お金を自分で稼げるようにしておかないとね。

 お国やら探索者組合やらが、いつ資金提供をやめるかもわからないからね。


「よし、このまま頑張ろう!」

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