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第7話『目の前で助けを求めているのなら』

 今思えば、走っているのに呼吸が乱れていないのはそういうことだったのか。


「――っ」

「絶対に負けないから!」


 予想外の展開に、つい足を止める。


 声の元に到着してみれば、1人の少女が10体の【ミニウルフ】に囲まれていた。

 彼女は声を張って自分を鼓舞しているようだけど、四方八方囲まれている状況を打開できるような気配はない。

 そもそもの話、あの量のモンスターを単身撃破できるのなら、あんな状況に陥る前に対処できているはず。


 現に、どうにか策を講じるわけではなく剣を振り回して威嚇しているだけだ。


「きゃぁっ! ――え?」

「余計なお世話だったかもしれませんけど危なそうだったので」

「あ、ありがとうございます。目を閉じてしまって、いやでも! あれ?」

「横取りをしてしまうかたちになってしまい、ごめんなさい」

「え、え? さっきまであんなに沢山いた【ミニウルフ】が居ない……?」

「とりあえず、ここよりも安全な場所へ移動しましょう」


 ここに来る最中、モンスターを連れて行かないように流れで討伐していた。

 そのかいあって入り口までスムーズに戻ることができ、彼女も走っている途中で心を落ち着かせたようだ。


 話を始める前に配信を切っておこう。


「あの、怪我はしていませんか?」

「大丈夫です。助けていただいてありがとうございました」

「一応ですが、このまま手助けを必要としていたりしますか?」

「……」


 この流れで口を紡ぐということは、何かしらの事情があるに違いない。

 どんな内容だとしても、配信を切っておいて正解だった。


「無理にとは言いません。お邪魔でしたら僕はこのまま移動しますので」

「……」

「事情は人それぞれだと理解していますので。それでは、お気をつけて」

「あ……あの!」


 振り返ろうとするのを止めると、俯いていた少女が目線を上げた。


「初めて会う人にこんなお願いをするのは図々しいとはわかっています。でも、どうしても今はお金が必要で」

「ごめんなさい、僕は見ての通りでそんなにお金を持ってはいませんので。残念ながらお力添えはできそうにないです」

「違うんです」

「と言いますと?」

「お金が必要なので、少しの間だけパーティを組んでいただけませんか?」

「まあそれぐらいなら」

「本当ですか!? ありがとうございます!」


 今のところ特に予定はないし、断る理由もないしね。

 でも、受け入れた一番の理由はこの少女が、どこか危なっかしいというか無茶をしすぎてしまうのではないかと懸念しているからだ。

 事情を把握していないし、これから深堀するつもりはないけど、なぜか焦っているようにも感じる。


「それでなんですけど……」

「時間には余裕がありますので、討伐する数は遠慮なく言ってもらって大丈夫です」

「今日中に3万円ほど集めたいんです」


 目線を逸らしたり泳がせている。

 やましさや後ろめたい気持ちがあるのかもしれないけど、自らの命を懸けてまで資金を集めたいんだろう。

 パッと見ただけで、年齢もかなり近そうに見える。


「それで、どれぐらいのモンスターを討伐すればいいんですか? 僕、その辺のことはあまり詳しくなくて」

「私も詳しくは把握していないのですが、【ミニウルフ】換算だと……最低でも200体ほどだと思います」

「わかりました。それって、僕が討伐しても大丈夫なんですか?」

「こうやってパーティを組めば大丈夫です」


 ブレスレットをかざして、操作すればパーティを組めるらしい。

 これを機に、ブレスレットで何ができるのか帰ったら試してみよう。


「あ、でもそうしたら討伐数も倍になっちゃう……」

「全然大丈夫ですよ?」

「で、でも……お兄さん、レベル2ですよね」

「あー。まあ、協力してやっていけば大丈夫ですよ。ちなみに、ブレスレットで確認しました?」

「はい。ブレスレットのメニュー画面を展開して、パーティを組むと専用の項目が出てきますので、そこで確認できます」


 言われた通りに確認すると、本当に【パーティ】の項目が出現している。

 そこには柏田かしわだ莉奈りなという名前と、レベル7というのが表記されていた。

 できればフリガナを振ってほしいものだけど、名前の下にKashiwada rinaと表記されているから読み方は間違っていないはず。


 それにしても、第5階層で狩りをすること自体は別に問題があるわけじゃない。

 でも、それはパーティを組んでのこと。

 少なくとも2人、3人ぐらいじゃないと不安は拭えない。

 だから、こうしてたった1人で――しかも200体のモンスターを討伐するなんてかなり無謀だ。

 それほどまでに切羽詰まっている、ということか。


「時間も惜しいですし、パパッと始めましょうか。休憩が欲しい場合は都度、声をかけてください」

「そうですね。長時間になると思いますが、よろしくお願いします」

「あ、できればなんですけど僕はこのまま階層移動しないで狩りますけど、柏田かしわださんは戻ってもらっても大丈夫ですか?」

「え、でもそれじゃあ……」

「言いたいことはわかります。ですが、僕にもいろいろと試したいことがありますので。ぜひ、僕のやりたい事にも協力すると思ってもらえませんか」

「わ……わかりました。私が言うのは違うと思いますが、無理だけはしないでくださいね」

「ありがとうございます。それと、目標討伐数に達したら帰ってもらって大丈夫ですので」

「そういうわけにはいきませんよ」

「ごめんなさい。やりたいことってのは長くなりそうなので、お願いします。それに、報酬はそれぞれに振り込まれるから問題はありませんよね?」

「そ、そうですけど……」

「まあ、ここで出会ったのは偶然ですし、このまま別れるのもそれはそれでいいんじゃないかなって思います」

「……わかりました。今日の御恩は絶対に忘れません。残りの時間もお互いに頑張りましょう」

「そうですね。どこかでまたお会いしたら、そのときにでもお話ししましょう」


 柏田さんは深々と頭を下げ、そのまま階段を上って行った。


「いろいろと疑問に思われているだろうし、これから討伐数を見たらどんなことを思うのかはわからないな。でも、これで周りの目を気にせず気兼ねなくできる」


 よし、始めよう。

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