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第8話 新しい服とりんごジュース

 のぼせないうちに風呂からあがり、洗面所に戻るとさらなる歓喜の声が響く。

 騒ぎの元は新しい服。三人とも、着替えは違和感の少なそうなワンピースタイプの物を選んである。俺はすでにスウェットに着替え済み。


「すごい、すごいっ!」


「とってもきれいな服……!」


 リリとエマは服を手にして喜色満面の笑顔を浮かべ、ルルは飛び跳ねて全身で喜びを表現している。獣耳と尻尾も動きまくりで、ほっこりかわいい。

 聞けば、こんなにきれいな服を見たのは初めてだそうだ。ゆえに納得の反応である。


 ただ、せっかくの感動に水を差すようで申し訳ないが……実は、俺が今回用意した服は姪の夏実ちゃんのお下がりの方なのだ。よって、新しい服ではあるものの『新品』ではない。


 もちろん意地悪したわけじゃない。ちゃんと理由がある。それは幼女たちの身体的特徴、つまり尻尾を考慮してのこと。


 彼女たちが元々着ていたワンピース(ボロキレ)を確認すると、腰の付近に穴が開けられていた。考えるまでもなく尻尾を通す用のものだ。


 しかし、日本では尻尾穴のある服は非常に珍しい。おそらく 、コスプレ品かぬいぐるみ用の物しか存在しないだろう。そのため、既存の衣服に穴をあける必要が生じた。


 とはいえ、いきなり新品に手を加えるのも戸惑われたので、今回は古着の方を選択したというわけだ。


「この辺かな。位置は大丈夫そう?」


「は、はい、たぶん……?」


 流石に下着類のおさがりはなかったので新品にスリットを入れた。一度履いてもらい、慎重に位置を合わせたので大丈夫だろう。


 衣服の方も同様、腰部にスリットを入れてある。今回はハサミで切って穴を開けただけだが、後々ほつれたりしないよう端を縫ってきちんと仕上げたい。


「わあ、すごい! リリ、ルル、すっごくかわいい!」


 俺が三人にワンピースを着せ終わると、エマが胸の前で手を合わせて妹たちを絶賛した。


 たしかに元が整った顔立ちをしているだけに、お風呂できれいになった今は文句なしの美幼女だ。けれどもそれは、褒め言葉を口にする本人にも当てはまる。


「二人ともよく似合っているよ、もちろんエマもね。まるでお姫様みたいだ」


「ほ、ほんとですか? えへへ」


 すまん、俺は嘘をついた……裾をつかんではにかむエマの愛らしさといったら、もはや天使と形容した方が適切だ。もちろん照れくさそうにしているリリとルルも天使。つまり、天使の三姉妹の降臨である。


「うんうん、みんなすっかり見違えたね。じゃあ最後は髪を乾かすよ」


 ドライヤーの音に怯える幼女たちを落ち着かせながら髪に温風を当てていく。仕上がりは、エンジェルリングの降りるうるつや美髪。ほら、やっぱ天使なんじゃん。


 入浴後は、居間へ戻ってりんごジュースを提供する。お風呂上がりには水分補給が必須だ。


 三人はローテーブル周りのクッションに座り、コップを持って夢中で喉をこくこく動かしている。並びは昼食のときと同じ。すでに自分の席と認識しているらしい。


「おいしいっ! あまいっ、ほっぺたへんになる!」


「ほんとだぁ。おいしいね、リリ。神様はみんなこれをのむのかな……あ、ルルだめ!? そんなに持ち上げたらこぼれちゃう!」


 声につられて視線を動かすと、ルルがコップを傾けすぎて中身をこぼす寸前だった。


 本当にエマは周囲をよく見ている。三人の中では年長という理由もあるだろうけれど、気配り上手で面倒見もよく、優しくてがんばり屋、という素敵な性格の影響が大きいように思う。


 けれど反面、無理をしがちなところがありそうだ。大人がきちんと気を配っておかなくては。


 と、俺が性格分析に勤しんでいたそのとき、不意に立ち上がったルルが近寄ってくる。続けてずいっと空のコップが差し出された。


「ああ、おかわりが欲しいのね。もっと飲みたい?」


 聞けば、こくこくと頷く。やはり無言だ……エマが言うには、ルルは一度も喋ったことがないそうだ。


 泣いたり笑ったりするので感情がないわけではないし、言葉の意味を理解しているので耳が聞こえないということもない。ただ、絶対に声を発さないのである。


 俺としては、心の問題からきているのではないかと考えている。とはいえ、全身で感情表現をするので逆にわかりやすい。そのため治療を急ぐつもりはなく、様子を見て本格的に困ることがあれば対処するつもりだ。


「二人もおかわりはどう? もっと飲みたくない?」


「いいの!? リリは飲むっ!」


「わたしも飲みたいっ、です!」


 三人ともすっかり気に入ったようだ。俺はりんごジュースのパックを持ってきて、空になったコップにおかわりを注ぐ。ついでに暗くなってきたことに気づき、部屋の電気をつける。


 窓の外では、秋めく山々が鮮やかな夕焼けに染め上げられていた。もうまもなく日没を迎え、わずかなブルーモーメントを経て夜が訪れる。


 幼女たちには、今日はこのままお泊りをしてもらおう。

 では、そろそろ夕飯の支度に取りかかるかな。


「俺はご飯を作ってくるけど、みんなはここで待っていてね」


「え、神様……じゃなくてサクタローさん、どこかいっちゃうの……?」


 俺が立ち上がると、エマが不安げな声を漏らした。リリとルルもピンと耳を立て、こちらの様子をじっとうかがっている。テレビでも見ながら待っていてもらおうと思ったが、この調子だと側を離れない方がよさそうだ。


「じゃあ、みんなにもご飯の準備を手伝ってもらおうかな」


「はい、お手伝いしますっ! リリ、ルル、行くよ!」


 尻尾を振りつつ嬉しそうに立ち上がるエマ。妹二人もそれに続き、結局は全員で台所へ移動することになった。

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