ファングボアとやらの干し肉はちょっとクセがあるものの、非常に濃厚な肉の味がする。医食同源ではないが、食べるだけで活力がもりもり湧いてきそうだ。
うちの獣耳幼女たちも笑顔をこぼし、夢中でもぐもぐ口を動かしている。やっぱり美味しかったみたい。
「この街では、迷宮の魔物からたっぷり肉が取れる。だから食肉業が盛んで、値段も手頃なんだ。もちろん味も悪くない、と探索者ギルドで私は習った」
朝食を大量に食べたはずのサリアさんが、これまた信じられない勢いで干し肉を胃に収めながら貴重な情報を教えてくれた。
迷宮に生息する魔物の中には、食用に適した種が数多く存在し、このラクスジットが属するリベルトリア王国の首都や周辺地域の需要のかなりの部分をまかなっている。
その関係で、市場などでは加工した肉製品がお安く手に入る。エマたちが今おかわりを所望しているファングボアの干し肉は、代表的な特産物のひとつだそうだ。
「どれだけ魔物を狩っても、迷宮の力でそのうち新たな個体が産まれる。ゆえにラクスジットは、リベルトリア王国の食料庫としても名高い」
超効率的だ……魔物は数が減ると、どこからともなく産み出されて生息数が回復する。迷宮を創造した神の力は、エネルギー保存の法則なんて軽く超越するらしい。
とはいえ、魔物は人を積極的に襲う危険な生物なので、相応にリスクも大きいようだが。
「わっ、いいニオイ……!」
「ふむ……市場の奥からだな。これはホーンラビットの串焼きに違いないぞ!」
ふと芳ばしい匂いが風に運ばれてきた。干し肉を噛むエマの言う通り、とてもいい匂いがする。続けてサリアさんが鼻をクンクンさせ、正体を看破した……なんだか、仕草が犬っぽい。
ともあれ、俺もやや遅れて暴力的な匂いの元へ視線を向ける。前に来た時もそうだったが、市場の奥の一画には屋台が集っていた。
「この街では屋台も名物で、色々な種類の肉を食べられるのだ。どれもなかなかウマいぞ」
「へえ、そうなんだ……もしかして、みんな食べたいの?」
サリアさんの説明に耳を傾けていたら、ふとズボンを引かれる感覚が。次いで顔を下へ向けると、干し肉を握りしめたまま瞳をキラキラさせる幼女たちの姿があった。
それぞれ、期待に尻尾を揺らしている。とても可愛いおねだりだけど、キミたち朝ゴハンしっかり食べたよね?
「まあ、でも……せっかくだし、少し味見してみようか」
「やったー! エマ、ルル、はやくいこ――わっ!?」
「おっと、危ない。ダメだよ、リリ。俺たちのそばから離れないでね」
俺の返事にテンションが一気に上がり、たちまち駆け出そうとする幼女たち。だが、その寸前でリリとルルを両腕に捕らえた。エマは、すかさずサリアさんが抱き上げてくれた。
はしゃぐ三人を抱え、そのまま屋台へと向かう。
さて、今度はホーンラビットか……直訳するとツノウサギだ。
木串に通されたカット肉が焼台で炙られ、芳醇な香りと共にゆらゆらと煙を立ち上らせている。見たところ、日本の縁日などで見られる牛串って感じ。ただし、サイズは倍くらい大きい。
「店主、五本もらおう」
「あいよ。さっと焼き上げちまうから、ちょっと待っててくれ」
あの、サリアさん……全員分注文したみたいだけど、絶対多いよね?
しかし、本人に「あまったら私が食べる」と押し切られてしまったので承諾した。
それから支払いを済ませ、品を受け取ったら屋台の脇のスペースへ移動し、さっそく食べ始める……その前に、幼女たちが火傷しないようふーふーして少し冷ます。
「おいしいっ! サクタローさん、ありがとう!」
肉にかぶりついたエマが、ニッコニコでお礼を言ってくれた。
この子、控えめだけどお肉が好物なんだよね。ただ、口の周りが肉汁でベッタベタなので、食べ終わったらキレイにふこうね。
リリとルルも似たような状態だ。あとサリアさんも……アナタ大人でしょうに。
こんなこともあろうかと、ウェットティッシュを持ってきて正解だった。
それはそうと、俺もいただくとしよう。口を大きくあけて、ホーンラビットの肉にかぶりつく。
ああ、これも美味い……味付けは岩塩だけらしいが、素材の味は日本で売っている肉に負けていない。何より、すごく滋養によさそうな気がする。
注文したときは量が多すぎると思ったけど、結局はみんなペロリと平らげてしまった。大人はまだしも、うちの幼女たちは本当によく食べるね。でも、体型の変化にはますます注意が必要そうだ。
「さて。腹もまあまあ満たされたし、職人街へ向かうとするか」
サリアさんは干し肉を再び齧りながら、次の目的地を告げた。
あれでまあまあって……いや、エマたちも干し肉をまたおかわりしてるわ。俺はお昼もいらないくらいなんだけどな。
とにかく、あらかじめ決めていた通り、次は職人街へ向かう。目的は、サリアさんの装備の確保。護衛をするのに丸腰じゃ相手にナメられてしまうらしく、不要な争いを避けるためにも必要なのだそうだ。いわゆる『示威行為』である。
というわけで、今度はリリを肩車して出発した。エマとルルは、サリアさんに手を繋いでもらって跳ねるように歩いている。
道中、レトロな街並みや人々を眺めて楽しんでいると、エマとリリ、それにサリアさんがフェアリープリンセスの歌を口ずさみ始めた。ルルもノリノリで頭を横に振っている。みんないつの間にか覚えたみたいだ。
明らかにミスマッチだが、とても微笑ましい光景だった。おかげで、散策気分でのんびり足を進められた。