「ところで、お二人はどうしてこちらへ?」
俺もジョッキに口をつけながら、場の空気を落ち着ける意味でも気になっていた話題を振る。
この問いに答えてくれたのはケネトさん。整ったこげ茶色のヒゲに泡を乗せたまま、和やかな口調で語りだす。
「珍しくも良質な衣服を着た御仁が童女らを連れ、何やら街を歩き回っていると報告があったのです」
どうやら、俺たちのラクスジット観光の噂が届いてしまったようだ。
一方、情報を得たゴルドさんたちは、こちらの身の安全を考えて合流すべく捜索を開始。その途中、例の薄汚い探索者四人組を見つけ出したという。
「ですが時すでに遅く、ずいぶん前に帰還したと聞かされました。そこで我々はいったん引き上げたのです。けれども我が主は、『また破落戸どもに目をつけられてはいまいか』と案じておりました」
あの探索者たち、武装した護衛の方々に囲まれて事情聴取されたそうだ。ちょっと気の毒に思う……また会ったらお詫びしよう、と俺は心に留めた。
それはともかく、ゴルドさんたちはいったん帰宅したにもかかわらず、こうして駆けつけてくれた。サリアさんがいるとはいえ、注目の的になったばかり。不測の事態があってはいけない、と。
さらに俺の姿をひと目確認せねばと廃聖堂内を探索した結果、この地下通路の発見に至る。
「なるほど、いろいろとご心配をおかけして申し訳ない」
「なに、こちらが勝手に気を揉んだだけのこと。サクタロー殿はお気に召されるな」
俺の謝辞に対し、ゴルドさんはマフィアのファーザーもかくやの笑みを浮かべて応じる。
強面すぎるが、本当にいい人だ。これで商人だというのだから、ちゃんとやれているのか逆に心配になってくる。彼らが困っているときは必ず力になろう。
「それにしても、サクタロー殿には驚かされてばかりであるな。いやはや、神の抜け道がこのような場所に存在するなど思いもせなんだ」
言って、残り少ないビールをぐいっと飲み干すゴルドさん。
その視線は真っすぐこちらへ向けられている――ひいては、この通路の先が気になって仕方がないといった様子。
まあ、それは後ほどってことで。
よし、そろそろメインディッシュを持ってくるか。
俺はいったんキッチンへ引っ込み、温め直したカレーの鍋と炊飯器、福神漬けのタッパーや皿などを順に地下通路へ運び込み、物置用のテーブルへ置いていく。
続いて、カレーライスを盛りつけた皿を全員の前にサーブした……のだが、そこで場の空気が凍りついた。
「……サクタロー殿。匂いは良いが、これは本当に食べ物なのか?」
鼻をくんくんやりながら尋ねてくるサリアさん。
食べ物かどうか迷うとか、やはりカレーの見栄えは不評らしい……エマとルルも、へにょんと獣耳を倒して悲しそう。ああ、おいたわしや。
ゴルドさんとケネトさんも、のけぞって絶句している――だが、すかさず救世主が弾むような声をあげた。
「わーい、カレーだ! いただきますっ!」
自分専用のキッズスプーンを高々と掲げたのは、誰あろうリリだった。この子だけは調理中に味見していたので、特に抵抗はないのである。
続けて全員の注目を集めつつ、皿のカレーライスをひと掬いしてパクリ、もぐもぐ……ゴクリと喉を動かしたら、ぱっと破顔して再び口を開く。
「う~ん、おいしいっ! ねぇサクタロー、なんでみんなたべないの? リリがぜんぶたべてもいい?」
「もちろん、たくさん食べてね。でも、せっかくリリがお手伝いしてくれたんだし、皆にも食べてもらいたくない?」
俺の問いかけに、リリは元気よく「たべてほしい!」とお返事してくれた。
この素直な反応に影響されたのか、エマが「いただきますっ!」と言ってスプーンを持つ。次いで、意を決した様子でカレーライスをもぐもぐと……犬っぽい獣耳をピコピコ動かしながら目を白黒させ、最終的にぱっと明るい笑顔を浮かべる。
「お、おいしいっ! これリリがおてつだいしたの? すごいね!」
「ね、おいしいよね! リリね、おなべたくさんグルグルしたんだよ!」
エマとリリは顔を見合わせてニッコリ笑うと、カレーライスをもりもり食べ始めた。
ここでサリアさんが動く。間をおかずゴルドさんとケネトさんも、ステンレスのスプーンを手に取ってカレーライスを口に運ぶ。すると、立て続けに感嘆の声が上がった。
「な、なんたる美味……ッ! 香り高く、奥深く、複雑な味わいが見事に調和しておる! 神々の晩餐に供される逸品と言われても驚かぬぞ」
「ええ、これは本当に素晴らしい……おそらく、香辛料がふんだんに使われていると思うのですが、その過程がまったく想像できません」
ゴルドさんとケネトさんは、うまいうまいと取り憑かれたみたいにスプーンを動かす。サリアさんなんて、とっくに無言でかっくらっている。
よかった、お口に合ったようだ。幼女たちでも食べやすいよう今回は甘口を用意したが、初カレーは刺激弱めでちょうど良かったかもしれない。
唯一ルルだけは、スプーンを手に取らない……あ、取った。
それから流れるような身のこなしで椅子を降りたかと思えば、俺の元へやって来てスルリと膝の上に収まった。さらにこちらを仰ぎ見て、パカッと口を開く。
これは、催促だ。
食べさせろ、とキラキラの青い瞳が雄弁に語っている。
甘やかすのはよくないんだよなあ……でも、こんなに可愛いんだもの。今日くらいはいいよね、の精神でカレーを食べさせてあげることにした。まだあまり上手にスプーンを使えないしね。
当然、エマとリリから『ズルい!』のクレームが入ったので、交代で食べさせて回る。おまけに、大人たちのおかわりを皿によそったりして、俺だけとても忙しいディナータイムとなった。
ほどなく、鍋と炊飯器の中身は空となる。
結局カレーライスをぺろりと平らげたみんなは至福の表情を浮かべ、ゆったりとした食休みを過ごした。これで幼女たちの白米に対する認識も変わったはず。大満足である。
その後、俺のおもてなしミッションは最終フェーズに突入。
ゲスト二人と護衛のサリアさんを連れ、軽く我が家を案内してみせた。
その際、何気なく交わされた会話でちょっと曖昧な返答をしてみたところ……。
「やはりサクタロー殿は、遥か遠き大国のやんごとなきご身分であらせられたか!」
「これまでのご無礼、ご容赦賜りますよう伏してお願い申し上げます」
ゴルドさんとケネトさんは、盛大に真意を読み間違ってしまう。
完全に誤解している。さらには我が家のリビングで両手を組んで跪き、俺に頭を垂れるのであった……こちらこそ、なんかごめんなさい。