サリアさんとのマヨネーズ談義に一区切りつく。
するとそこで、ルルが自分の塗り絵帳とクレヨンを持って、俺の膝の上に滑り込んできた。
どうやら遊べといいたいみたい。この様子を見たエマとリリが、『ズルい!』と抗議しながら自分たちの分を急いで用意していた。この流れだと、昨晩と同じく交代で膝に乗せながら塗り絵をやることになりそうだ。
今日はジグナール魔法具工房の店主さんが来訪する予定だったけど、ゴルドさんに代行を頼んだので延期となっている。
だから、このあと廃聖堂内の掃除でもしようと思っていたんだけど。拠点とするには荒れ過ぎているものな……まあ、少しだったらいいか。
ここ最近はバタバタ気味だったし、ちょっとのんびりしよう。
そんなわけで、さっそくルルの塗り絵帳のページを捲る。
「うーん……何度見ても、個性的でとっても素晴らしいね!」
そう言ってルルの頭をなでなですれば、くすぐったげに黒い猫耳が揺れる。
俺の感想はお世辞でもなんでもない。キャラクターの輪郭が青く塗られていたりして色使いは自由奔放だが、不思議と全体は調和しているのだ。
この子の感性は本当に素晴らしい。きっと天才に違いない。そのまま、まっすぐ伸ばしていってほしい。
「つぎはリリのばん!」
「はい、おいで。ルルはお隣ね」
しばらくすると、リリが強引に割り込んできたので交代してもらう。
この子の塗り絵は、細かいところまでよく見て書き込んである。観察力が鋭いのだろう。配色も見本に忠実で、記憶力も相当しっかりしていそうだ。
この感性は本当に素晴らしい。おそらく、天才だな。このまま、まっすぐ伸びていってほしい。その黄金色の頭を撫でて褒めちぎるのも忘れない。狐っぽい獣耳が嬉しそうに揺れている。
「あの、つぎは……」
「もちろんエマの番ね。ほら、おいで」
リリが場所をあけると、すかさずエマが懐へ潜り込んでくる。
この子の塗り絵は、本当に丁寧だ。線からのはみ出しがほとんどなく、多彩な塗り方が目立つ。特に色を重ねた濃淡の作り方が見事で、子どもらしからぬ確かな意図を感じさせた。色彩感覚が豊かだからこその技法だろう。
この感性は本当に素晴らしい。間違いなく天才だ。このまま伸ばしていかないと、美術界にとって取り返しがつかない損失が生じるな。頭を撫で回すと、亜麻色の髪と同色の犬っぽい獣耳がフリフリ揺れる。
「ふむ。では、次は私だな」
「サリアさんは無理でしょ」
なんで立派なレディのアナタが順番待ちしているんですかね……当然、エマとリリにも『サリアはもう大きいでしょ!』とツッコミを入れられていた。ルルも、次はまた自分の番だとばかりに懐へ潜り込もうとしている。
「はいはい、みんな落ち着いて。自分の席に座って塗り絵しようね。俺は順番に見て回るね」
みんな一斉に騒ぎ出したので、いったん自分の席に戻るよう促す。
ちょっと可哀想だし、次はサリアさんの塗り絵帳も見せてもらおうかな。
彼女もしっかり夢中で、余分に買っておいた甲斐があるというもの。それに、昨晩はゆっくり見られなかったし……おお、すごいな。剣やら鎧やらが書き足してある。自由で素晴らしい。
こうして、しばらくは塗り絵タイムを楽しむことになった。
そこで俺はふと音が欲しくなり、BGM代わりにテレビをつける。ワイドショーでも横目で眺めようと思ったのだ。
すると、いきなり見過ごせない話題が飛び込んでくる――『有名ITベンチャー企業の若手経営者が、手術のため再入院する』という報道が流れていた。ネットへの露出が多いだけに、世間の注目も大きいようだ。
というか、この経営者の方と昔からの知り合いだったりする……実は、年上の幼馴染なんだよね。ここ数年は疎遠になっていたものの、かなり心配だ。
たしか以前、エマたちに初めてテレビを見せた際に緊急入院したって聞いたんだっけ。あのときは『初期検査で異常なし』と報じられていた。しかし後の精密検査で、手術が必要と判明したのだとか。
不意に『生命薬』のことが頭をよぎったが、それは流石にマズいよな。でも、最悪は隠して……とにかく、どうにかして一度連絡を取ってみよう。
「サクタローさん……?」
「ん? ああ、ごめんね。それにしても、エマは本当に塗り絵が上手だね。将来は絵描きさんになるのかな」
いつの間にかエマが隣にやってきて、ヘーゼルの瞳を揺らしながらこちらを覗き込んでいた。どうやら心配が顔に出ていたようだ。
俺はすぐに笑みを浮かべ、塗り途中のページを絶賛する。この年齢でこれだけの完成度なら、異世界で歴史に名を刻む画家に……そんな未来もあるかもしれない。
「ねぇねぇ、リリは?」
「もちろん上手だよ。おっと、ルルもね。三人とも、将来が楽しみだね!」
エマに続き、リリとルルも自分の席を離れてこちらへ寄ってきた。ついでにサリアさんも加わり、結局は全員でくっついてわいわい過ごす。
その後、フェアリープリンセスのアニメ鑑賞タイムを挟み、気づけば時計の短針は『10時』を指し示していた。
結構のんびりできたな。そろそろ廃聖堂の掃除に取り掛かろう。正午過ぎには、幼女たちを昼寝させなきゃならない。
そして、安全が確認された廃聖堂へ幼女たちを連れて移動した俺は、これぞファンタジーと思わず唸ってしまうような光景を目にする。
「瓦礫が多いな。まあ、力仕事は私に任せろ。身体強化の魔法を使って、ざっと端に寄せてしまおう」
そう言うなり、サリアさんの全身が淡く輝き始めた。