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第四話 戦う力

「何ぼさっと突っ立ってんだ! 死ぬぞ!」


 グレンの怒鳴り声が聞こえて、おそるおそる目を開く。


 すると、二メートルくらいある猫が私の前に立ちはだかり、次々と飛んでくる斧を弾き返していた。


 猫はグレンみたいに二本足で立っていて、黒と白のハチワレ模様。けれど、グレンとは違って赤いスカーフを身につけ、上半身には鎧、手には炎に包まれたナックルを付けていた。水色と黄色のオッドアイの瞳は、燃えるような赤。


 グレンとは背丈も目の色も違うけど、でもさっきの声はたしかに……。


「え、もしかして、グレン……?」

「そうだ。だけど、今のおいらのことはフレイムって呼んでくれよ」


 グレンはナックルで斧を殴り返しながら、私を見ずにそう言った。


「流星くんがノワールで、グレンがフレイム? 何がどうなってるのか全然分からないよ」

「流星のことは分からんが、戦う姿のおいらがフレイムと思っておけばいい。……クッ、次から次へと」


 話している最中にも、またノワールから斧が飛んできて、グレ――フレイムが顔をしかめる。


「おい、瑠璃! 今は細かいことを気にしてる場合じゃない! さっさと逃げないと、本気で殺されるぞ!」


 ナックルで斧を弾き飛ばし、フレイムが叫ぶ。


「う、うん。だけど、足がすくんじゃって……」


 私だって、早く逃げたい。

 流星くんが私を殺そうとしてるなんて信じたくないし、いきなりノワールとか言われても理解出来ないけど、今はとにかく逃げなきゃいけないんだと思う。


 だけど、さっきから足が震えて動かないんだ。

 それに、逃げるって言ったって、ひたすら闇が続いている空間のどこに逃げればいいの?


 ガクガク震える足をどうにかしようとしている間に、フレイムの腕にノワールが投げた斧がかすった。ちょうど鎧がついていない位置に当たり、フレイムの黒い毛から血が流れる。


「フレイム!」


 すぐにフレイムに駆け寄りたいのに、足が動いてくれない。


 助けを求めて周りを見ても、仮面で顔を覆ったノワールの姿しかない。優しかった流星くんも、私たちを助けてくれるような人もどこにもいない。


 どうしよう……どうしよう……! このままじゃ……!

 涙が溢れて、目の前がにじむ。


「しっかりしろ、瑠璃! 泣いてる場合じゃないぞ!」


 フレイムがこちらを振り返り、檄を飛ばす。


「お前が諦めたら、終わりだ」

「え……」

「ここはお前の夢の中、願えばなんでも叶う世界だ。お前の心さえ強くあれば、ノワールにだって勝てる」


 ボタボタと血が流れている右腕を押さえながら、フレイムは私の目を見据える。


「さあ、願え! 瑠璃!」


 願う? 何を?

 私なんかに何が出来るの?


 現実では、緑川さんや流星くんが話しかけてくれても、いつもまともな返事さえ出来ない。

 今だって、命がけでフレイムが私を守ってくれているのに、ただ泣いているだけしか出来ない弱い私なんかが……。


「無駄だ。いくらフレイムが瑠璃を信じていても、そいつ自身が自分を信じていないからな」


 ノワールが冷たく言って、またこちらに鎖が巻きついた斧を飛ばそうとしていた。


「ノワール、もうやめて! グレンを傷つけないで……! もしあなたが流星くんの一部なら、あなたにも誰かを傷つけてほしくないの!」


 気がついたら、私は泣きながら叫んでいた。


 一瞬、ノワールがためらったような気がした。

 けれど、すぐに斧を握り直し、こちらにそれを投げる。


 させないよ、ノワール。

 私は、弱い。ノワールに言われた通り、現実から逃げているし、自分を信じてない。


 だけど、だけど……!


 ――フレイムを守りたい。それから、私の不用意な一言で流星くんを傷つけてしまったのなら、ちゃんと謝りたい。フレイムも流星くんも守って、二人の傷を癒したい。


 涙ながらにノワールを見据えた瞬間。

 涙も蒸発するぐらいの熱に包まれたと思ったら、静寂が訪れ、ひんやりとした空気で満たされる。そして、私とフレイムの周りを青く透き通った水の膜が覆っていた。

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