―その夜
「……じゃあ、今夜もここで寝ることにするのです」
「ありがたく泊まらせていただく」
昨日、社屋での寝床に困ってうちに来たセラスは、何故か正座のまま寝ようとしていた。
「布団、あと一組しかないけど……まあ、なんとかなるか」
色々あって、その夜は私の部屋、3LDKの一室で女神と佳苗と3人で寝ることになった。
「……そういえば、こたつ会社に持ってったんだった」
「うむ。神の座として大変気に入った故、すでに社の聖域とした」
「聖域って言うな……ただの会議スペースだよ」
「私もあそこ好きなのです~。居心地いいからもう寝床にしたいのです」
「だめだよ。あれ会社なんだから。家でちゃんと寝なさい」
結局、今夜は布団1枚に毛布、座布団を駆使して、三人それぞれ寝る場所を確保することにした。
ギリギリの工夫だったけど、なんとかなった。
私はベッドに潜り込んで、天井を見つめる。
(……電気もないし、事業の中身も決まってない)
(利益を出さなきゃ、ただの仲良しクラブになっちゃうし)
(売るもの……売れること……なにか、ないかな……)
耳をすますと、リビングからは、佳苗と女神の小さな笑い声。
「リィナ様、ゲームのパッドはこうやって持つのです~」
「左手の親指が疲れる構造、これは神の試練……!」
(あーもう、何やってんのよ、あの二人)
クスッと笑いながら、私は目を閉じた。
(……まあ、明日考えよう)
そう思ったところで、ふっと意識が落ちていった。
朝――。
「……ふあぁ……」
まぶしい日差しに顔をしかめながら、私はベッドから起き上がる。時計を見ると、まだ7時すぎ。寝坊じゃない、よし。
(今日は会社の片付けと、新しい事業について考えないと……)
リビングの扉を開けると、そこには、
──まるで戦場のような静けさが広がっていた。
「……なにこれ」
ソファでは、女神リィナがバスタオル一枚で寝転がっており、髪がカーペットにファンシーに広がっている。
隣の座椅子では、佳苗がスマホを握ったまま口を半開きにして寝ていた。
「こたつを破壊したくなったのです」
と意味不明な寝言を言っている。
そして、ソファの端――床に正座したまま突っ伏しているのが、我が家の最新メンバー、エルフのセラス。
(なにこの、全滅寸前のパーティみたいな光景)
私は額を押さえて台所に向かった。
冷蔵庫を開ける。中は……ちょっと寂しい。
(冷凍ご飯と卵と、業務スーパーのソーセージ……ギリギリ朝ごはんって言えるか……?)
フライパンに油を引き、卵を割る。
**ジュッッ……**という音が鳴ると同時に、
「……その音は……神への供物……?」
バスタオルの女神がもぞもぞ起きる。
「違うわ、朝ごはん。神でも働かないと食えないからな、ここでは」
「神、厳しい現代社会に適応中……」
そこにセラスが、こっくりと頭を下げながら顔を上げた。
「……昨夜の地上は冷えましたね……。この世界には、風の精霊の祝福が足りない……」
「うん、おはよう。でもエアコンつけっぱなしだったし、君がカーテン開けたのも覚えてるよ」
佳苗だけが変わらず寝ていた。
私は冷凍ごはんをチンしながら、ふと考えた。
(この家、もともと3人暮らしでも手狭だったのに、今4人でギリギリなんだよな……)
(……本当に、このままいくのかな。4人で同居して、会社立て直して……家賃払えるの? 利益ってどうやって出すの?)
ガコンッと電子レンジが鳴る。
「……とりあえず、今は腹ごしらえか」
静かに始まる、新しい一日だった。
次の問題は、住まい。そして、お金。
この世界で異世界人と暮らしていくのは、思ったよりハードモードだ。
朝の喧騒も過ぎて、ようやく会社(という名のボロビル)に到着した私たちは、ドアに貼られた一枚の紙を見て言葉を失った。
「面接希望:本日伺います。貴社の土と気配を感じたので。」
「……え、なにこれ。怖いんだけど」
「霊的感応による応募……波動が高い系かもしれぬな」
女神・リィナが厳かに言う。
「波動じゃねえよ、霊媒師かよ。ってか”土と気配”ってなんだよ」
ぶつぶつ言いながら会社のドアを開けた瞬間――
土の匂いとともに、埴輪がいた。
いや、埴輪じゃなかった。その後ろに立ってる人物のせいで、埴輪が脇役になってるだけだった。
「……貴殿が、社主であるか?」
そこには、上半身裸に古代の布を巻いた土まみれの男が、両手で粘土壺を掲げていた。
背後には、なぜか無言で佇む埴輪が一体。壁のポスターと同化している。
「え、何その格好!? 今度こそコスプレ!? しかも太鼓の時代の!?」
「お初にお目にかかる。ハニベ・ヨモツと申す。土に生き、土に還る者なり」
「いやキャッチコピーじゃなくて!」
⸻
彼は、埴輪職人だった。弥生時代から来たという彼は、“土の気配”を頼りにビルにたどり着いたらしい。
「このビル、元は土を焼く神殿だったと見ゆる。祭祀の気配が残っておる」
「ただの駅前オフィスビルだよ!! 駅前! 土じゃなくてアスファルト!!」
「我、貴社の広報部門において、飾り物の造形を志望す――拙作の埴輪、見たまえ」
そう言って差し出されたのは……
女神リィナそっくりの埴輪だった。
「いや似てる!? なにこれ!? 怖!!」
「この土像は神の加護を再現せしもの。腹部に小窓を設け、観音開きとなっておる」
「観音開き……?」
「収納付きである」
「なんで女神の埴輪に収納なんだよ!
というか、なに入れんの!? 神の気まぐれとか!?」
⸻
「ふむ……この者、神の気配を読み、像に宿す霊性を持つ……」
女神が、真剣にヨモツの埴輪を撫でながらうなずいた。
「神の像を作れる職人を置くことは、すなわち神の御業を形にすることなり。よって……」
「……ああ、嫌な予感する……」
「ハニベ・ヨモツを、“神像開発部主任代理(陶芸特化)”に任ず!」
「また肩書き長い!! ていうか開発部なんて作ってないよ!? うち、何の会社だっけ!?」
⸻
「で、住まいは……?」
「無い!! もう部屋が無いの!! ていうか土の人を3LDKに入れたら汚れるの!!」
「ふむ、屋上に土窯を……」
「絶対ダメ!!!」
この日から、ピコリーナ・カンパニーは、土の魂を背負った職人と共に、さらにカオスな運命を歩むこととなったのだった。
……ただし、家賃の振込期限は、あと15日だった。
「……で、うちって何の会社だっけ。神とエルフと埴輪職人がいるって、もはや宗教団体じゃない?」