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第4話 千歳、会社に土の魂を宿す。

―その夜


「……じゃあ、今夜もここで寝ることにするのです」


「ありがたく泊まらせていただく」


昨日、社屋での寝床に困ってうちに来たセラスは、何故か正座のまま寝ようとしていた。


「布団、あと一組しかないけど……まあ、なんとかなるか」


色々あって、その夜は私の部屋、3LDKの一室で女神と佳苗と3人で寝ることになった。


「……そういえば、こたつ会社に持ってったんだった」


「うむ。神の座として大変気に入った故、すでに社の聖域とした」


「聖域って言うな……ただの会議スペースだよ」


「私もあそこ好きなのです~。居心地いいからもう寝床にしたいのです」


「だめだよ。あれ会社なんだから。家でちゃんと寝なさい」


結局、今夜は布団1枚に毛布、座布団を駆使して、三人それぞれ寝る場所を確保することにした。


ギリギリの工夫だったけど、なんとかなった。


私はベッドに潜り込んで、天井を見つめる。


(……電気もないし、事業の中身も決まってない)


(利益を出さなきゃ、ただの仲良しクラブになっちゃうし)


(売るもの……売れること……なにか、ないかな……)


耳をすますと、リビングからは、佳苗と女神の小さな笑い声。


「リィナ様、ゲームのパッドはこうやって持つのです~」


「左手の親指が疲れる構造、これは神の試練……!」


(あーもう、何やってんのよ、あの二人)


クスッと笑いながら、私は目を閉じた。


(……まあ、明日考えよう)


そう思ったところで、ふっと意識が落ちていった。


朝――。


「……ふあぁ……」


まぶしい日差しに顔をしかめながら、私はベッドから起き上がる。時計を見ると、まだ7時すぎ。寝坊じゃない、よし。


(今日は会社の片付けと、新しい事業について考えないと……)


リビングの扉を開けると、そこには、


──まるで戦場のような静けさが広がっていた。


「……なにこれ」


ソファでは、女神リィナがバスタオル一枚で寝転がっており、髪がカーペットにファンシーに広がっている。


隣の座椅子では、佳苗がスマホを握ったまま口を半開きにして寝ていた。


「こたつを破壊したくなったのです」


と意味不明な寝言を言っている。


そして、ソファの端――床に正座したまま突っ伏しているのが、我が家の最新メンバー、エルフのセラス。


(なにこの、全滅寸前のパーティみたいな光景)


私は額を押さえて台所に向かった。


冷蔵庫を開ける。中は……ちょっと寂しい。


(冷凍ご飯と卵と、業務スーパーのソーセージ……ギリギリ朝ごはんって言えるか……?)


フライパンに油を引き、卵を割る。


**ジュッッ……**という音が鳴ると同時に、


「……その音は……神への供物……?」


バスタオルの女神がもぞもぞ起きる。


「違うわ、朝ごはん。神でも働かないと食えないからな、ここでは」


「神、厳しい現代社会に適応中……」


そこにセラスが、こっくりと頭を下げながら顔を上げた。


「……昨夜の地上は冷えましたね……。この世界には、風の精霊の祝福が足りない……」


「うん、おはよう。でもエアコンつけっぱなしだったし、君がカーテン開けたのも覚えてるよ」


佳苗だけが変わらず寝ていた。


私は冷凍ごはんをチンしながら、ふと考えた。


(この家、もともと3人暮らしでも手狭だったのに、今4人でギリギリなんだよな……)


(……本当に、このままいくのかな。4人で同居して、会社立て直して……家賃払えるの? 利益ってどうやって出すの?)


ガコンッと電子レンジが鳴る。


「……とりあえず、今は腹ごしらえか」


静かに始まる、新しい一日だった。

次の問題は、住まい。そして、お金。


この世界で異世界人と暮らしていくのは、思ったよりハードモードだ。


朝の喧騒も過ぎて、ようやく会社(という名のボロビル)に到着した私たちは、ドアに貼られた一枚の紙を見て言葉を失った。


「面接希望:本日伺います。貴社の土と気配を感じたので。」


「……え、なにこれ。怖いんだけど」


「霊的感応による応募……波動が高い系かもしれぬな」

女神・リィナが厳かに言う。


「波動じゃねえよ、霊媒師かよ。ってか”土と気配”ってなんだよ」


ぶつぶつ言いながら会社のドアを開けた瞬間――


土の匂いとともに、埴輪がいた。


いや、埴輪じゃなかった。その後ろに立ってる人物のせいで、埴輪が脇役になってるだけだった。


「……貴殿が、社主であるか?」


そこには、上半身裸に古代の布を巻いた土まみれの男が、両手で粘土壺を掲げていた。


背後には、なぜか無言で佇む埴輪が一体。壁のポスターと同化している。


「え、何その格好!? 今度こそコスプレ!? しかも太鼓の時代の!?」


「お初にお目にかかる。ハニベ・ヨモツと申す。土に生き、土に還る者なり」


「いやキャッチコピーじゃなくて!」



彼は、埴輪職人だった。弥生時代から来たという彼は、“土の気配”を頼りにビルにたどり着いたらしい。


「このビル、元は土を焼く神殿だったと見ゆる。祭祀の気配が残っておる」


「ただの駅前オフィスビルだよ!! 駅前! 土じゃなくてアスファルト!!」


「我、貴社の広報部門において、飾り物の造形を志望す――拙作の埴輪、見たまえ」


そう言って差し出されたのは……

女神リィナそっくりの埴輪だった。


「いや似てる!? なにこれ!? 怖!!」


「この土像は神の加護を再現せしもの。腹部に小窓を設け、観音開きとなっておる」


「観音開き……?」


「収納付きである」


「なんで女神の埴輪に収納なんだよ!

というか、なに入れんの!? 神の気まぐれとか!?」



「ふむ……この者、神の気配を読み、像に宿す霊性を持つ……」


女神が、真剣にヨモツの埴輪を撫でながらうなずいた。


「神の像を作れる職人を置くことは、すなわち神の御業を形にすることなり。よって……」


「……ああ、嫌な予感する……」


「ハニベ・ヨモツを、“神像開発部主任代理(陶芸特化)”に任ず!」


「また肩書き長い!! ていうか開発部なんて作ってないよ!? うち、何の会社だっけ!?」



「で、住まいは……?」


「無い!! もう部屋が無いの!! ていうか土の人を3LDKに入れたら汚れるの!!」


「ふむ、屋上に土窯を……」


「絶対ダメ!!!」


この日から、ピコリーナ・カンパニーは、土の魂を背負った職人と共に、さらにカオスな運命を歩むこととなったのだった。


……ただし、家賃の振込期限は、あと15日だった。


「……で、うちって何の会社だっけ。神とエルフと埴輪職人がいるって、もはや宗教団体じゃない?」


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